4章-1 開幕
「今日は仕事を受けに来た人が少なかったようね。」
エンマ大王は書斎の椅子に座って一息ついていた。エンマ大王は夜はこうやって次の日に新たに地獄にやって来る罪人の書類を整理している。そのため机の周りは罪人達の人生を綴った黒い本で溢れている。
「地獄のあちこちでストライキが起きているそうです。」
「ストライキ?私は団結権とか認めた記憶は無いのだけれど。」
黒の長髪の女性、シルクの報告を受けてエンマ大王は真顔で返す。
「基本的人権も尊重されていない、基本給も低いじゃいつかこうなることってことはわかっていただろうに。」
大量に黒い本を抱えて茶髪で胡散臭い男が部屋に入って来た。「よいしょ」と言ってそのまま机の上に置く。
「レディの部屋に入るときは『ノック』、いつもそう言っているでしょ、ブレーメン。」
エンマ大王はブレーメンの方を睨む。一方のブレーメンは「怖い怖い」とおどけて見せる。
「あくまで罪人は罪人よ。拷問せずに部屋まで与えてやって、娯楽街も建ててあげたじゃない。これ以上何かを要求するというのは贅沢という気がするのだけれど。」
エンマ大王はシルクの方を向き直す。
「それで、こういったことには指導者がいるはずよ、リーダーがね。誰だか調べは付いてる?」
「はあ、それが。」
シルクは若干言葉を濁してエンマ大王から視線を逸らす。
「チグリス様とその周辺の貴族だそうで。」
シルクが言い終わると同時に机の上の受話器が鳴る。エンマ大王は面倒くさそうに受話器を取る。
「何の用?姉さん。」
『無様ね、無様ねナイル!でも当然よね、闘技場であんなもの見せられたらね。』
電話の主、チグリスは甲高い声で言った。先日の闘技場で起こった化け物騒動のことである。
『普段溜まっていた不満が不安と一緒に爆発したんでしょう。『何だあれ!?もしかしてエンマ大王によって俺らの体も改造されているんじゃないか!?』って具合にね。』
「やっぱり姉さんのせいだったのね。」
『オークはやっぱり馬鹿ねー、『これを飲んだら力が増幅される』とか適当なこと言ったら疑いもせずに飲んでくれたもの。』
エンマ大王が溜息を吐くとチグリスは笑った。甲高い声が非常に耳障りである。
「私の方が優れているというのはもう示されているんだと思うんだけど、姉さんも娯楽街で楽しんでいるじゃない。」
『うるさいうるさい、姉より優れる妹は居ないの!』
チグリスは他人の批判はするが代わりの案を用意しないタイプの性格だ。
「それで?何か要求があって電話をかけて来たんでしょう?」
エンマ大王が言うと笑い声が止む。
『ええ、こちら側の要求としては『あなたがエンマ大王を辞任する』と『この前の賭けで損した分を寄越せ』よ。まあ、賭けの方はこっちの貴族が勝手に言ってることだけどね。』
「賭け事は負けることもあるって前提なのにね、子供かしら。あと『労働者の賃金を上げる』は無いの?そうやって罪人達を誑かしたんでしょうに。」
『罪人?あんなのはただの駒よ。私がエンマ大王になった瞬間針山に落としてやるんだから。』
エンマ大王はココアを飲みながらチグリスの話を聞いている。
『それじゃ、私達は魔王城に引き籠るからね!さっさと辞任の書類をまとめて持たせてくること。じゃないとこっちから攻め込んじゃうんだからね!』
チグリスが言いたいことを一方的に言って電話を切った。エンマ大王は「ふう」と溜息を吐きながら受話器を戻す。
「罪人達も馬鹿よね、私がエンマ大王を辞めたら元の地獄に戻るというのに。」
「それでどうするんだい?あっちさんがどこまで本気か知らないが。」
ブレーメンが聞くとエンマ大王はニコッと笑う。エンマ大王が笑う時は大抵いいことは起きない。
「シルク、指名手配の準備を進めて頂戴。そうね、金額はー。」
エンマ大王は机の隣の金庫を開ける。流石この地獄の支配者というだけあってかなりの量の貴金属、札束が入っている。
「『チグリス』を捕まえた者に3億、『貴族』は3人毎で1億かしらね。このくらいなら大半の罪人は美味しいと思ってくれるでしょう。」
「では今すぐに手配書を用意します。」
シルクは金額をメモすると急ぎ足で部屋から出て行った。
「他の罪人も巻き込んで遊ぶとはあまりいい趣味じゃないな。」
ブレーメンが鼻で笑うとエンマ大王も「ふふふ」と笑った。さっきまでイラついていたのに今は機嫌が良さそうに猫のような耳と尻尾が大きく揺れている。
「せっかく姉さんが用意してくれたゲームだもの、楽しまないとね。」




