1章-1 心折れた者
「ああ、昨日言い忘れていたけど、ここは色んな世界から罪人が来てるからね。多少何があっても驚かないように。」
エンマ大王から説明を受けた。出来れば昨日のうちに言って欲しいところだった。夜中隣から物凄い爆音(お隣さんのいびきだった。生まれて初めて、ではなく死んで初めて壁ドンした)で起こされたり、朝方には絶叫(マンドラゴラであった。どこかの魔法学校にありそうな植物。村のエルフの奥さんが味噌汁に入れるんだとか)で鼓膜が破れかけたり、日が昇ったと同時に男の叫び声(森に迷い込んだ竜を岩を遠投して撃ち落としたオークの声であった。声を出さないと力が出ないんだとか)で目が覚めたからだ。
「寝るときには耳栓は必須よ?高級な耳栓は飛竜の咆哮をもシャットダウンしてくれるわ。」
購買に売ってるからよろしくとさりげなく宣伝するエンマ大王。
「地獄に来て早くも心が折れそうだよ。」
つい弱音を吐いてしまった。それを見てエンマ大王は「あら」と意地悪そうな顔をする。
「ここは地獄と言われているのよ?快適な訳ないじゃない。あと仕事探しじゃないんならさっさと何処かに行きなさいな。私も暇じゃないのよ、愚痴なら他所でなさい。」
エンマ大王は虫を払うかのようにシッシッと手を動かす。確かに俺以外にも仕事を探している者も沢山いた。コルクボードに貼ってある紙(不動産屋みたいな感じ。エンマ大王推しのクエストが大きな紙に張り出してある)をみんな必死にいい仕事がないかと探している。
「どれもこれも報酬安いな。」
地獄には最低賃金という概念が無いのかどの仕事もコンビニも驚きの額の報酬金額である。報酬が大根とか金銭でないものあった。
「だからと言って野良ドラゴンの撃退とかできる訳ないしな。」
早朝のドラゴンを撃ち落としていたオークを思い出す。あんなにたくましい筋肉は持ち合わせていないし無理なのは明らかだ。今からでも筋トレをするべきだろうか。
「スライムくらいなら退治できるかね。あのスライムだし。」
スライムといえばRPGでも再序盤に出てくる雑魚のイメージである。さすがにこれなら俺でもイケるだろう。
「スライムの撃退ね、依頼者は村の農家さんよ。頑張ってねー。」
エンマ大王が両手を振って見送ってくれた。こういうところだけ見ればただの美少女である。まあ、俺だけでなくみんなにもこんな風に見送っているんだろうけど。
「よし、それじゃ頑張るか。」
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「あー、失敗したなー。」
教会の前の大樹の前で横になる。今さっき教会で蘇生されたところだ。まさかあんなにスライムが強いとは思わなかった。こっちが全力で蹴ったところスライムは物凄い力で殴り返してきた。そこからスライムが俺の上に馬乗りになり俺の顔面を執拗に殴って来た。どんどん意識が薄らいでいき初めて死に行く感覚を覚えたのである。よく考えたら人外の農家さんが手を焼く程の魔物だ、人間の俺でどうのこうのなるものではなかったのだろう。それを仕事を請け負った際に警告してくれなかったエンマ大王の性格の悪さ。せめて武器の一つくらい渡してくれても良かったのじゃないか。
「はあ、仕事失敗したか。」
深いため息が出てしまう。すると大樹を挟んで向こう側から笑い声が聞こえた。
「はっはっはっ、いいため息じゃないか。」
皮肉が一杯に込められていたのは男の声であった。大樹の方を見やると先ほどは居なかったのだが長身の男が大樹の根元にもたれかかっていた。ボサボサの黒い頭髪は長く顔に掛かっているため表情は全く分からない。上半身は衣類を着ておらず、体中には痛々しい何かが貫通したような穴があり、血で体中が真っ赤であった。
「初めて見る顔だが新入りかい?」
「あ、ああ昨日ここに来たんだ。」
「どうやらその様子ではエンマの小娘にしてやられたらしい。」
そう言うと男は乾いた声で笑った。
「ああ、全くだ、武器の一つでもくれればよかったのにな。」
男はどこに隠していたのか、短い剣をこっちに投げやった。鞘は付いていないが緑色のきれいな刀身である。
「それを持って行くといい、もう俺には必要の無いものだからな。」
「いいのか、結構いいものに見えるけど。」
俺は聞きながらそれを手に取った。ただでもらっていいような代物ではない気がするが、まあ、くれるのなら何でももらうって決めてるし。
「おうおう、持って行け。」
これがあればさっきのスライムにもリベンジできるのではないかと期待してしまう。
「よし、これでスライムにリベンジして来る!!」
俺は貰った緑の短剣を持って立ち上がる。
「おや、もう行くのかい?」
「この剣ありがたく使わせてもらうよ。」
俺はエンマ大王の屋敷に向かうことにする。この何か凄そうな剣があればきっとスライムも倒せるはずだ。