10章-10 決戦前
ブレーメンは勇者がどこかに走って行くのを見送るとその場に座り込む。表情には出ないように心掛けているが、体は正直である。あんな怪力を受け流したのだ、体中あちこちが軋んでいる。
「はっは、やっぱり煙草は辞めるべきかね。」
シルクにも心配はされている。だが辞める気は更々無い。
ブレーメンは騎士候補生時代からもほぼ頂点に立っていた天才である。その剣裁きは美しく誰も真似ができない。だが、それは技術によるものだけではない。彼自身がそれに気付いたのは何時であっただろうか、他人にとっての『一秒』を彼は『二秒』と感じるのである。そして体もそれに応じて動かすことができる。つまり彼は他人とは違う『加速世界』に住んでおり、常人の『二倍』の速度で状況を把握し反応しているのである。そんな彼に全く才能の無い勇者が傷を付けられるはずがない。だが、それは同時に残酷なことを表している。彼は常人より速い世界住んでいるのである。それはつまりーー。
「さて、おっさんも明日の準備を済ませるかね。」
ブレーメンは魔王城へと続く洞窟の方角を見やる。何としてでも明日は成功させねば。
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キングオークのアトラスは今日も魔王城の門番を務めていた。強化が施された鎧を体中に纏い大斧を担ぎながら出入りする罪人を確認していた。明日開戦で今日は前夜祭をしているらしいが彼には関係ない、いつも通りに役目を全うするだけだ。
ライオンマスクの乱入によって首を吹き飛ばされた闘技大会の日のこと、チグリスには黙っていたが実は記憶に残っている。そのあと彼が異形と化したこと、そしてそれが今守っている城の主チグリスによるものということも分かっていた。だが、彼はそんな彼女の側に立っている。彼にとって体を改造されたことは些細なことでしかない。
何故エンマ大王がここまで放置していたかは分からないが、超人の中の超人集団である騎士団でもミノタウロス百体を相手にするのは無理であろう。もう結果は見えている。そしてチグリスがエンマ大王として君臨したあとこの地獄がどうなってしまうのか、彼はそれにも気付いている。
要するにこちらが優勢であっても、そしてその先に本当の地獄が待っていようとも彼がやることはただ一つである。
「俺がやることは一つ、この門を守ることだ。」




