プロローグ 鎖で繋がれた世界
「ん、ここは?」
目が開けると青い空が広がっていた。どうやら横になっていたのはどうやら小さな舟の上らしい、ガタガタと揺れ、時折水飛沫が顔に掛かる。そして自分の他には舟を漕いでいる麦わら帽子を被ったおっさんが居た。
「おう、ようやく目が覚めたかい。」
茶色でボサボサの長髪を後ろで結んでいるおっさんがオールを漕ぎながらこちらに声をかけてきた。赤い目が特徴的であり、どことなく非人間的なものを感じる。
「ど、どうも。」
おっさんに軽くお辞儀をしながら周囲を見渡す。一本の鎖の周りを水がウォータースライダーのように流れていて、その上を舟で進んでいた。むしろ流されているのだろうか、鎖の遥か先には大きな大陸が宙に浮いており(ラピュ〇みたい)どうやらそこに向かっているらしい。
「いきなりで悪いんですけど、おじさん、ここはどこですか?」
鎖を囲った済んだ色の水流と無限に広がる大空に感動しながらオールを漕いでいる同乗者に聞いた。
「見ての通り鎖の上だが―――。」
おっさんは言いながら、「ああ」と何か納得したようだった。
「そうだな、『三途の川』って呼ばれることもあるな。」
おっさんはオールの手を止め今向かっている大陸の方を指さす。
「そしてあそこが目的地。『桃源郷』だとか『地獄』とか呼ばれてるね。」
「へー、『三途の川』に『桃源郷』。」
それならこんなに絶景でもおかしくない。え?今なんて言った?
「え?おじさんここはどこだって?」
「いや、だから『三途の川』だって、おまえは死んだんだよ。」
え?俺が死んだ?ちょっと待てー!!
「おいバカやめろ!!」
鎖の上を駆ける水流に身を乗り出した俺をおっさんはがっしり掴む。確かに向かっている先とは逆方向の水流の遥か先に球体が見えた。地球だ。
「離せ、おっさん俺は帰るんだ!!」
「馬鹿野郎、死んだ上にまた溺死するつもりか!?」
確かに水流の流れは速く泳げる気がしない。それでも抵抗せざるを得ない。
「離せ、俺にはまだやり残したことがあるんだ!!やっと念願の大学入学を果たしたんだ、これからサークルに入って、女の子とキャッキャウフフするんだ!!」
「ええい、この聞き分けのない馬鹿め!!俺まで落ちたらどうするんだ!!一旦寝てろ!!」
後頭部を何かで殴られて意識が飛んだ。
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「ん?ここは?」
目が覚めると暗い天井が見えた。どうやらどこかの部屋らしい。壁には血で染まった大きなペンチがぶら下がっていた。
(拷問部屋か何かか?)
「あら、やっと目が覚めたみたいね。」
透き通るような声の主は紫色の長髪で水色のドレスを着た少女だった。背丈的には中学生くらいだろうか。そして何よりも特徴的だったのは猫を思わせる耳と、とても立派な胸だった。
「えー、こほん。」
少女は軽く咳払いをした。
「そんなに胸をじろじろと見られたら私でも恥ずかしいのだけども。」
少女は右腕で胸を隠すような動きをするが口で言うほど恥ずかしがってはいないようだった。意地悪そうな目でこちらを見ながら、ニヤニヤしている。耳と尻尾もぴょこぴょこと動いていて明らかに楽しんでやっている。それでも気まずいので俺は目をそらした。
「す、すみません。」
「本当のところはそこのペンチで舌を抜いて針山に投げ込んでやりたいけど、見逃してあげる。時間も惜しいしね。」
少女は手を広げて大きく胸を張った。
「ようこそ地獄へ。エンマ大王である私が歓迎するわ。」
エンマ大王と名乗った少女はドヤ顔でこちらを見ている。金色で大きな瞳だ。
「いや、死んだ記憶がないんですけど。」
「でもここに来たってことは確かに死んだのよ。」
そう言ってエンマ大王は近くの机の上に載っていた大きな黒い本を手に取り開いた。
「可哀そうに、頭にゲーム機ぶつけて即死だって。」
エンマ大王が本を見ながらくすくすと笑った。
「即死なら死ぬ記憶もないわよね。」
頭にゲーム機ぶつけて即死って我ながらどんなシチュエーションなのか疑問を持つのと同時に恥ずかしくなった。
「それで何で俺は地獄に居るんだ。悪いことをした覚えはないぞ?天国に行くことはあっても地獄に行くはずはないと思うんだけど。」
「あら、ここは『地獄』であると同時に『天国』でもあるのよ。あなたも見たんじゃない?ここは地獄というにはきれいな世界なんだけど。まあ、死んだ生き物が行き着く先と考えてくれるといいわ。」
あのウォータースライダーの上で見た大陸を思い出す。そのとき近くにいたおっさんは「桃源郷」だとか「地獄」だとか言っていたが確かに前者の方が近いと思う。
「そしてあなたが生前罪を犯していないていうのも嘘。動物ってのは生きているだけで罪なのだから。」
いまいちパッとしないこちらの表情を汲んだのかエンマ大王は続ける。
「あなたたちは生きるために他の動物の命を食べているんだもの。罪がないのは光合成する植物くらいかしら。」
エンマ大王が歩いてきてこちらの顔を覗き込む。
「ここまで分かった?」
「わ、分かった。」
女の人特有のいい匂いがして驚いて体を逸らせてしまう。我ながら童貞臭い反応だったと思う。仕方ないじゃん、19歳だったんだし。その反応を見てエンマ大王はくすりと笑う。こいつ、絶対わざとやってる。
「それじゃ地獄のシステムについて説明するわね。ここ地獄では私の一つ前の代のエンマ大王までは生前の罪の分だけ『拷問』するという形式を取っていたの。でも、それって生産的ではないわよね?」
そしてエンマ大王はその立派な胸を張って、またドヤ顔をした。
「そこで私は生前の罪の分だけ『労働』するシステムに変えたわ。あなたたちも痛くない、私たち神の生活も良くなるでwinwinでしょう?」
「痛くないなら助かるな。」
地獄と聞いて何やら痛いことをされるのではないかと思ったがそんなことはなかったらしい。それならここでゆっくりー。
「ああ、でもひと月で一定額納めない『ニート』は舌を抜いて針山に投げ込むわ。」
エンマ大王にはこちらの考えが分かっていたようだ。どうやら壁のペンチはまだ現役らしい。
「それじゃ次にあなたの罪の重さを測るわね。」
そう言うとエンマ大王は机の上の大きな黒い本を「よいしょ」と持ち上げ近くの測りのようなものの上に載せた。ピという電子音が鳴り響きエンマ大王は目盛りを読む。
「あなたが犯した罪は1億円ね。これだけ納めてくれたら転生を許すわ。」
「1億!?」
こちらの様子を見たエンマ大王はクスリと笑う。
「あと今は『円』で伝えたけど、その時々で価値が変わってくるからね、気を付けてね。」
為替レートもあるらしい、どうなってるんだこの地獄は。
「あと最後に仕事なら私が紹介してあげるわ。日雇いから月契約、ホワイトな所からブラックな所まで色んな職場を紹介してあげる。いわばここは地獄のハローワークね。」
まあ、ほとんどブラックなんだけどねと聞き逃してはいけないような呟きが聞こえた。
「まあそういう訳で明日また来て頂戴ね。後ろが詰まってるの。ユリー。」
「はい、お嬢様。」
どこからかユリと呼ばれたメイドが現れた。金髪ショートヘアのかわいい感じの娘だ(胸もかわいらしい)。
「お部屋まで案内します、それではこちらへ。」
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ユリに部屋まで案内されたあともう疲れたので寝ることにした。案内された部屋はとても狭くベットと衣類をしまうタンスだけが設置してあった(トイレと風呂は共有スペースにあって、僚みたいな印象を受ける)。今日は色々なことがあった。自分は死んだらしい。そして生前の罪を償うために地獄で労働する。
「1億か。」
とんでもない額である。一体どれだけの時間がかかるんだろうか。
「あれこれ考えてても仕方ない、今日は寝よう。」
ベットの上で丸くなってると次第に意識が薄くなってきた。
こうして俺の多忙な地獄初日はエンマ大王の巨乳の夢で幕を閉じた。