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『「聖暦40年(カルー6年)
巫子王国サフラの双子国主、カルー女王とシルク巫子王の時代、
まだ胎児であるシルク巫子王の御子、
母君と共にサフラ国を出られる。』
少女エーティルには、全ての記憶がなかった。
気が付いたときには自分を守ってくれる数人の騎士と
侍女と共に旅をしていた。
名前すらも覚えていなかったエーティルは
海に囲まれたその国で名を聞かれて
咄嗟に答えた名前が『エーティル』だったらしい。
エーティルの記憶も意識も最近まであやふやで
まるで赤子のようだったと周りの者は言っていた。
「・・・・・本当に覚えていない・・・・
とても大切な記憶があったのでは無いかしら?
私はどこかで愛に包まれていたのでは無いのかしら?」
何故かエーティルは言葉が話せなかった。
しかし、最近になってゆっくりとではあるけれど声が出るようになって
守ってくれている周りの者は、涙を零しながら喜んでくれた。
想ってくれている気持ちを私も返したいのに
そう思いながらエーティルは、下腹部を撫ぜさすって見た。
「ねえ・・・・貴方は誰の子どもなの?・・・
私は誰を愛したのかしら」
お腹の中には子どもが宿っていた。
失った記憶はとても温かい物だった気がするのに
でもそれと同時に身を切られるような切なさを感じる。
記憶を失っているはずなのに
頬に涙が伝う
トクン
そんなエーティルを慰めるように
お腹が温かくなった。
「・・・・・ありがとう、私の赤ちゃん
愛しい私の子。」
エーティルは、両手で自分のお腹を抱きしめた。