番外編 (白い手)
差し出された白い手がそっと青白くなったその頬に触れる。
「ル・・ジュ・・?・・・・」
閉じられた瞳が開き赤茶の夕焼けのような瞳が見える。
血の気を失った唇から掠れたような声が漏れると
その声に反応するかのようにエーティルは微笑んだ。
ポタリポタリとエーティルの瞳から零れ落ちた涙が、
病床のシルクの頬と、
触れているエーティル自身の手の甲に落ちてゆく。
「お傍に・・・・お傍に居させていただきます・・ね?」
エーティルの言葉にシルクが瞳をゆっくりと閉じると目尻から
涙が伝い、エーティルの白い手を更に濡らした。
一時は、危篤状態になったものの、
シルクはエーティルに会ったからか何とか持ち直した。
2人は、余計な言葉を交わさなかった。
持ち直したとはいえ、
床から起き上がれなくなったシルクの為
何も言わなくても、シルクが喉が渇けば水を口元に持って行き、
眠ったままの背中が痛くなればクッションを宛がった。
そして、固形の食べ物を受け付けなくなった
シルクの為に果物の汁を含ませて、口元が汚れると
柔らかい布で優しく拭き取り、
力が入らなくなったシルクの腕を取り
マッサージをして解し
退屈しないように時々海の様子や空の様子を話し
甲斐甲斐しく看病しながらエーティルは
それでも幸せそうだった。
触れてくれるエーティルの白い手と
外の様子、船の様子、アルバの様子を
エーティルが優しい声音で話してくれるのに
シルクも静かに、幸せそうに微笑んでいた。
「・・・母様、父様の事を思い出したの?
どうして母様、僕や外の様子とかだけしか話さないの?」
愛している・・・って言って上げたら良いのに
あんなに父様は、母様の事を愛しているのに
アルバは、何だか2人を見ていて哀しくて悔しかった。
愛おしむように母エーティルを見ている父、
そっと大切な物に触るようにそんな父に触れる母。
2人とも想い合っている事は確かなのに
それを言葉にしない。
それが何故なのかアルバには分からない。
じれったくて仕方が無い
アルバは、そう思っていた。
エーティルは、そんなアルバを見ながら苦笑し
小さく首を振ると、
「・・・良いの・・・良いのよ・・」
とそう言い、また、シルクの元へと向かった。
何故何故何故?
アルバには分からなかった。
日々、父の腕が手が細くなってゆく
白く白くなってゆく父にアルバは焦りを感じて、
じれったくて、哀しくて、涙を零した。
アルバは、ある日、何気なく見た、
いつもの、父の部屋で看病している母と
それを見つめている父の様子を見て、
目を見開いた。
いつもと同じ様子であるはず、
だけど、
空気の入れ替えの為、開け放たれた窓から入った
淡い太陽の光に照らされて、
カーテンを揺らす風の中、
エーティルの白い手とシルクの白い手が
お互いの存在を確かめ合う様に
触れ合っていた。
その優しくて、柔らかくて
愛情に溢れた光景に、
アルバは、じれったさや、哀しさでは無い涙が、
知らない間に頬を伝っていた。
この光景を忘れない
けして忘れはしないだろう・・
アルバは、そう思った。