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「失礼しても・・・・宜しいでしょうか?」
扉の前で深呼吸をしてアルバは扉の向こうに居るはずの父にそう声を掛けた。
アルバがレオンに、依頼主が父であると言うことを告白した後、
レオンは、改めてアルバの顔を見つめ
その顔が父に似ていると言った。
アルバの顔はどちらかと言うと母のエーティルに似ていたが、
ふとした表情や雰囲気、面差しが父と良く似ているという事だった。
何より、髪の色と質がそっくりそのままだった。
レオンは、
「今まで気付かなかったのが不思議な程だ」
と言った後、アルバに父と会うことを勧めた。
きっと本当は会いたいと望んでいらっしゃると思う
とレオンはそう言った。
「・・・・どうぞ」
付き人なのだろう、初老の男がそう言ってアルバの為に扉を開けてくれた。
レオンが、何だか知らないが、しきりと驚かないように
と言っていた事を思い出しながら何についてだろうと首を傾げ
少しドキドキしつつアルバは、ゆっくりと部屋に入って行った。
エーティルはふと何かに気付いて振り返る。
(まただわ・・・・・何かしら?
昔からこんな事が有ったけど船に乗ってから余計に増えた気がする・・・
視線を感じて振り向くのだけれど誰も居ない・・。)
その時に心にふんわりと懐かしい気持ちを感じて、
とても気になるのだけれど・・・
そう思いながら、エーティルは、もう一つ、
最近、直ぐに何処かに行ってしまうアルバの事も
何をしているのか気になっていた。
「あの子も随分と大きくなってしっかりしてきたから
皆さんの邪魔はしていないと思うけれど・・・」
あの子が生まれてきてくれてほんとうに良かった
記憶を失った私だけれど、アルバの父親である人をきっと愛していた。
そうエーティルは思えた。
アルバがあんなに愛しいのだから、
ふとした拍子に見せる表情、面差しに
涙が出るくらいの懐かしさを感じる。
アルバの朱金の暁の髪に何時までも触れていたいと思う。
記憶の彼方に居る愛しい人、思い出そうとすると、
切ないくらいに苦しくて哀しい気持ちにさせられるのに愛しくて堪らない人。
何処に居るの?
貴方は・・・・・誰・・・・?
もうすぐアルバが目的地としていた巫子王国サフラに着く。
どうしてか分からないのだけれど、
その国に着くというのが嬉しく感じてしまう
まるで故郷に帰って来た様に、
「母様・・・・・・」
物思いに耽っていたエーティルは息子のアルバの声に我に返った。
すぐに笑みを浮かべて「お帰り」と言ってから
その表情を怪訝に思ってどうしたの?と首を傾げてみる。
「母・・・・様・・・・・・病気なの・・・・傍に行ってあげて・・・・・・。」
見ている間にアルバの瞳から
涙が見る見る間に溢れてきて、今にも涙の雫が零れ落ちそうな顔で
アルバは、エーティルを見上げた。
アルバのその様子と言葉に訳が分からなくて、
でも、その哀しみを何とか和らげたくて、
エーティルは、アルバの涙を指で拭いながら何度も「分かったわ」と頷く。
「行って上げて・・・行って上げて・・・・
許しているって・・・言って・・・・愛してるって・・言って・・・名前、呼んでるの
本当は会いたいの・・・凄く会いたいの・・・だから・・・
行って・・行ってぇ・・」
訳の分からないながらアルバに背中を押されてエーティルは向かった。
行ってはならないと言われた船の奥に・・・
そこに居たのは・・・
光を遮る為なのかベットに仕切りをひいた、
シルエットしか見えない人物だった。
傍に居たレオンが言う。
「この方は、・・・・・病気で先が長くない事を知って・・・
遠目で良いから、愛する人と子どもを見たいと言ってこの船に依頼をした。・・・
愛する女性と子どもはあの島にいるからと・・・・・それが貴方達を乗せた島です。」
グスグス泣きながらアルバが言う。
「この人は、もう、起き上がれない・・・・・・さっき急変して
うわ言を・・・・・」
エーティルは訳が分からないながら
ベットの仕切りに近づく
掠れた力ない声が聞こえた。
「ルー・・・ジュ・・・・ルー・・・ジュ・・・・・
済・・まない・・・・」
「・・・僕、看病に来てたんだ・・・・
この人は、船に乗った時から既に起き上がれない状態になってた」
アルバの声を聞きながらエーティルは垣間見えるベッドの上の人物の
朱金の髪をただ見つめていた。
分からない
分からない
分からない・・・・何も
この人の事、何も知らない
知らない
知らないけれど・・・何故?
エーティルの頬を涙が伝った。