表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勘違い野郎、異世界を征く

「じゃあな、柴原」

「バイバイ、柴原君。また明日〜」

 校門にて、別れの挨拶を交わしながら帰路に就かんとする学生二人。そんな彼らに対し、


「じゃあな、二人共! もしモンスターが出たら、すぐ俺に知らせるんだぞ!」

 その男子生徒――柴原勇しばはらいさみは、やたらとギラついた笑顔を浮かべながら、この現代日本においては妄言としか言い様がないセリフを返した。指ぬきグローブをはめたその手でビッ! と親指を立てながら。


「……おう。そん時は頼む……」

「……頼りになるわー……」

 彼の斜め上発言を普段から聞き慣れている友人達は、気のない返事でその暑苦しい言動を受け流す。


 実際の所、勇は自身を『選ばれし勇者』だと強烈に思い込んでいる。幼い頃のとあるきっかけで、己には正義を守る使命があるのだと心底から確信している。

 おかげで、周囲の人間からは、満場一致で変人認定されている。もちろん、本人はそんな事はまるで気にもせず、本日も快調に飛ばしまくっているのだが。


「しかしだな、もしかすると俺はしばらくの間、お前達を守る事が出来ないかも知れない!」

 唐突にそんな事を言い始めた勇に、友人の男子生徒が怪訝顔で尋ねる。


「一応聞くが、一体何でだよ?」

「もちろん異世界召喚されて、悪の魔王を倒さねばならんかも知れないからだ!」

「なるほど。微塵も分からん」


 予想以上に斜め上過ぎた発言内容に感情がまるで追い付かない友人は、むしろ穏やかな笑みさえ浮かべて頷いた。


「昨日見た雑誌の占いで、『新しい出会いがあるかも?』と書かれていた! つまり、異世界に召喚されて魔王と戦う以外考えられん!」

「私は改めて、それ以外の考えが浮かばない柴原君が凄いと思ったわ。色んな意味で」

 たらりと汗を流しながら、女子生徒は呟く。と、その時――


 突然、勇の身体を光が包み込んだ。


 友人達は一瞬、それは幻覚かと思った。しかし、次第にまばゆさを増すその輝きは、明らかに現実のものであった。そしてその光は勇を完全に覆い尽くすと、一際強く輝き、そして弾けた。


 あまりの光に思わず目を塞ぐ二人。徐々に戻って行く視力で、恐る恐る眼前の光景を確認する。

 そこには、本来あるべき勇の姿が忽然と消えていた。影も形も残さずに。


「「…………ほ…………」」

 しばらくの間、呆然としていた二人は揃って口を開き、


「「本当に異世界行ったーーーーーー!?!?!?」」

 勇の影響を少なからず受けた内容の驚愕の叫びを上げるのであった。






「……ううん……。……? こ、ここは……?」

 混濁する意識が徐々に明瞭さを取り戻すにつれ、勇は自身の取り巻く環境が校門前のそれとは大きくかけ離れている事に気が付いた。


 真っ先に目に飛び込んできた、白い石造りの天井や壁。

 神秘的な雰囲気を醸し出す、床に描かれた魔法陣。

 そして、その上に立つ――中世ファンタジー風の衣装を身に纏った男女二人。


 勇は脳内で、これらの光景から現状認識を行う。明らかに現代日本とは一線を画す調度類に装飾。光の粒子を散らせながら、淡く輝く魔法陣。日本人離れした男女の顔立ち。

 それ以前に起こった自身の異変と照らし合わせ、結論を下す。絶対的なまでの確信に満ち溢れながら。


 間違いない。俺は――





「だぁぁぁーーーーーー!! 失敗したぁーーーーーー!!」

 魔法国家マジラント王国第三王女、アリスは頭を抱えながら落胆の悲鳴を上げ

た。使い魔の召喚魔法の訓練を行った結果、本来のターゲットとはまるで無関係な人物を呼び寄せてしまったためである。


「ええ。つまりはいつも通りの結果と言う訳ですね」

 ため息混じりにこぼすのは、付き人のコリンである。彼女の召喚魔法の精度が著しく低い事を、彼はよく知っていた。


「……ああ、彼が目覚めたみたいですよ。服装を見るに、どうやらニホンとか言う世界から召喚されて来た人物のようですね」

「うう、ニホンかぁ……。説明が面倒なのよねぇ……」


 ゆっくりと上体を起こし周囲を見渡す少年の様子を眺め、アリスはぼやく。ニホンなる世界から間違えて召喚したケースはいくつか経験済みではあるのだが、魔法と言うものが存在しないかの世界の住民への説明は、実に面倒なのである。


「召喚魔法に失敗しちゃった、メンゴ☆」だけで済む(済まないが)他の世界への説明に比べ、まず最初に魔法と言う概念を説明しなければならない。大抵の場合彼らは取り乱しており、魔法の存在をなかなか受け入れてはくれないのである。


「ほら、彼がこっちを見てますよ。まずは落ち着かせましょうか」

「そうね……。あー、どうも初めまして。ちょっと信じられない話かも知れないけどね、あなたは」


「……それで、どこに魔王は居るんだ!! この俺が来たからにはもう心配要らないぜ!!」


「どうしようコリン!? この人の言ってる事、まるで訳が分からないんだけど!?」 恐ろしくギラついた笑顔で親指をビッ! と立て放たれた少年の言葉に、アリスは取り乱しながら付き人に泣き付くのであった。






「……ええと、シバハラ・イサミさん。つまりあなたは正義の勇者であって、悪の魔の手から平和を守る使命がある、と」

「ああ、そう言う事だ!」

「そう言う事だったのね。なるほど、一から十まで全てが分からないわ」

 事情を聞いたアリスは大きく頷き、そう答えた。取りあえず彼が相当に変で、なお且つ面倒な人物だと言う事に関してだけは、とても良く分かった。


「それで、アリス! 魔王は一体どこに居るんだ!」

「色々と言いたい事はあるけれども、取りあえず初対面の割にえらく馴れ馴れしいのはなぜかしら?」

「ん? なぜって、魔王との戦いが終わったら、ヒロインとは結婚するもんだよ

な?」

「いや待ちなさい。あなたの頭の中でどう言うプロットが存在しているのかは分からないけど、少なくとも私には砂粒程もそんな気はないからね?」

「そうですよイサミ様。そもそも姫様は、男性同士の恋愛にしか興味のないお方なのです。姫様の部屋に大量に隠されている、薄くて魂の篭った本がその証左です」

「貴様も待て、コリン!? なぜそれを知っている!?」


 忠実なる付き人の暴露に、アリスは凄まじい勢いで掴み掛かる。アリスと言う名の一輪のたおやかなる花は、泥沼の上に力強く根を降ろしていたのであった。


「まあそれは良い! それよりも魔王だ!」

 アリスの趣味など些末事だと言わんばかりに話を戻す勇。そんな彼に対し、深呼吸をして冷静さを取り戻したアリスは告げた。


「……居ないわよ、そんなの」

「……なに?」

 額に手を当て、やれやれと言った調子で語るアリスに、思わず聞き返す勇。


「だーかーらー、魔王なんて居ないの、この世界には。ついでに言えば、ドラゴンに襲われて困ってるとか、隣国から侵略されそうとか、そう言うのも一切ないからね」


 そう。このマジラント王国は一言で言って『平和』以外の何者でもないのであ

る。治安も良いし、特別大きな問題も存在しない。少なくともアリスは生まれてこの方、『勇者』の存在を欲するような出来事など一つたりとて聞いた事がない。


「そう言う訳で準備が整い次第、あなたはすぐに元の世界に帰って貰うからね。大丈夫、送還術はコリンが行うから」

 アリスの言葉を肯定するかのようにコリンが一礼する。しかし、勇は彼女の言葉に全身をわなわなと震わせるばかりであった。


「そ、そんな! ならば、俺は与えられた勇者の使命をどうやって果たせば良いんだ!!」

「いや、知らないわよ。第一、あなたはなぜそんな使命が与えられてると思ってるのよ?」

 素朴な疑問をこぼすと、勇は急に生き生きとした様子で説明を始めた。


「うむ、説明しよう! ……あれは、俺がまだ子供の頃の話だった……」

「あ、やっべ。うっかり質問したおかげで、なんか語り始めちゃった」


「……部屋で全裸になっていた俺は、ガラスに映る自分の尻を眺めていた……」

「のっけから状況が全く分からないんだけど、これ以上混沌に足を突っ込みたくはないからスルーさせて貰うわ」


「……その時、俺は気が付いた! 自分の尻に、なんと謎のアザが存在するではないか!」

「それって、単なる蒙古斑もうこはんじゃないの?」


「……それを見て、俺は思った! これは、俺が天に選ばれし証に違いないと!」「それが天に選ばれし証だと言うのなら、その『選ばれた人間』は掃いて捨てるほどに居ると思うわ」


「……そのアザはいつの間にか消えていたが、恐らく俺に使命を伝える役割を終えたためだろうな……」

「蒙古斑って、成長すると消えるわよ」


「……以上が、俺が自らの使命に目覚めた経緯だ!」

「なるほどね。改めてあなたの思考がブッ飛んでると言う事が分かったわ」


 彼の説明を聞き終えたアリスは、大きくため息を付いた。心なしか、遠い目をしながら。


「……だと言うのに、この世界には魔王が居ないだと!? 折角、異世界に召喚されたと言うのに!?」

「姫様、何故か魔王が居ない責任が我々にあるかのような感じになってますが?」

「…………一体、私にどうしろと?」

 ますます遠い目をしながら、アリスはぼやいた。


 気を取り直すようにゴホン、と咳払いを一つ。改めて勇に向き直り、アリスは宣言する。


「とにかく、あなたには元の世界へと帰って貰います。まあ、巻き込んじゃった事は悪いと思ってるし、準備が整うまでせめてものお詫びに、ささやかなおもてなしくらいはさせて貰うから」


 彼女の言葉を聞いているのかいないのか。勇は俯きながら、ただただじっとしている。

 傷付いてるのかしら? アリスが慰めの言葉でも掛けた方が良いのかと思案したその時、勇はいきなり顔を上げ、叫んだ。満面の笑みを浮かべながら。


「よしっ、じゃあアリス! ちょっと魔王召喚してくれ!!」


「……………………」


 そう来やがったか。

 呆然と固まるアリスの胸中に浮かぶのは、ただその一言だけであった。


「アリスが魔王を召喚してくれれば、俺も使命を果たす事が出来るぜ! 大丈夫、アリスが召喚に成功するまで、俺はこの世界で暮らすから!!」


「とっとと帰れーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」


 ズビシィッ! と親指を突き立てる勇に向かって、アリスは喉も裂けよと言わんばかりの、魂の叫びを上げるのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい文体で楽しく読ませていただきました。 そうなんですよね……蒙古斑っていつの間にか消えますよね……その着眼点は大変面白いと思いました。 また勇の性格も思い込みが激しく暴走しがちなだ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ