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旅の終わり

人間の国、オルデン国。

国をあげて、豪勢な祭りが行われていた。


ついに魔王は打ち倒され、その立役者である勇者たちの帰還を祝う祭りだった。

城下町ではたくさんの露店が並び、人々は踊れや歌えやの大騒ぎ。

人々は魔物たちに脅かされなくてよいことを祝い、騒いでいた。

朝から始まった祭りは夜になっても勢いは衰えずに続いている。


僕は今、王城のテラスで夜風に当たっていた。

僕は色んな人から賛辞の言葉をもらって、色んなところへ引っ張りだこだった。

少し休ませてほしいと言って、ようやく解放されたのだ。

兵士たちも祭りに参加しているのか、テラスには人気ひとけがない。

僕は一人のんびりとテラスから町の様子を眺めていた。


ついに僕は魔王を倒し、この平和を手に入れたのだ。

そう言われても、なかなか実感がわかなかった。

達成感たっせいかんはあったが、何か腑に落ちない感覚が残っている。

きっと、それは……。


「ここにいたんですか、ユージ」

後ろから声がして振り返ると、マーテルが立っていた。

「世界を救った勇者様が一人で何をやってるんですか?」

マーテルは嬉しそうに笑う。

魔王を倒し、世界に平和が戻ってきたのでご機嫌なんだろうか。

「……世界を救った、ね」

「そうですよ。魔王は滅び、魔物たちも弱体化しました。魔物が滅ぶのも時間の問題でしょう。まだまだ魔物の被害による傷痕は残っていますけど、人々が手を取り合って復興していくでしょう。そしてこの世界に平和が戻ってくるんです。これは世界を救ったといっても過言ではないですよ」

「………………」

腑に落ちない感覚、僕の心の中でもやもやした感覚はどうして抑えられなかった。


「なあ、マーテル? 質問があるんだけど」

心なしか声が震える。

魔王はもう倒したんだ、あとは女神がコンタクトをとってくるのを待てばいい。

そしてそのまま元の世界に帰ればいい。

そうすればいい。

そうすればいいのに、僕は今、しなくてもいいことをしようとしていた。

「お前の本当の目的は何だったんだ? マーテル」

僕は間違っててほしいと思いながら、別の名前を告げる。

「いや、こういった方がいいかな。女神様」


………………………………。

夜風が二人の間を通り抜ける。

しばらくして、マーテルが不思議そうな顔をして言った。


「どうしてわかったんですか? 私の正体」


彼女はいつもと変わらずに、優しく微笑んでそう言った。

あまりにあっさりと正体を明かしたので、僕はどう反応していいかわからなかった。

僕を召喚した本人にして、白い部屋からこの異世界へ送り出した張本人。

その人物は僕に素性を隠して、ずっと旅を続けていたのだ。


「あっさりと正体をバラすんだな」

「だって、もう隠す必要もありませんしね」

白い部屋では見せなかった茶目っ気たっぷりの表情で答える。

「それでどうしてわかったんですか? 私の正体。確かに姿かたちは同じだけど、別人物を演じたはずですよ」

「………………」

正直、これはハッタリだった。

もしかして、と思って言っただけだったのだが、まさか本当にマーテルと女神が同一人物だったとは……。

「それにしても、ここは寒いですね。ちょっと場所を変えましょう」

女神は指を振ると、一瞬にして景色が変わる。

白い壁、白い床、白い天井。

それは初めて女神と会った場所、白い部屋の中だった。

「勇者は宴の最中人知れずに旅立った。こういうことにしてしまいましょう」

「おいそれって……」

「あっ、別に秘密を知られたから口封じというわけじゃないですよ。もちろん勇治を元の世界に返します。でも最後に」

彼女はくるりと回るといつものローブ姿から初めて会った時と同じ白いワンピースに変わっていた。

「お話ししましょうよ」


     †


僕は彼女を疑うきっかけについて話す。

「魔領に入る前の夜、会話したことを覚えているか?」

「ええ、覚えてますよ。たくさんおしゃべりしましたね」

そうあの夜は色んなことを話した。

女神のこと、ドッペルゲンガーのこと、僕の親友の昴のこと、元のいた世界のこと、"女神の加護"のこと。


その会話の中で僕が違和感を覚えた話題を挙げる。

「……ドッペルゲンガーの話は覚えているか?」

「ええ、勇治の世界の怪談のようなものですね」

「ああ、ドッペルゲンガーという単語を出したとき、マーテルは言ったんだ『前にも言ってましたね』って」

「………………」

「だけど俺はこの世界に来てからそんな単語を言った覚えはないんだ。そもそも日常生活で使わない単語だしな。『ドッペルゲンガー』って」

彼女は黙って、微笑んで聞いている。

「俺は思い出したんだ。この世界に来る前、あの白い部屋で、僕は『ドッペルゲンガー』と呟いたんだ、女神の前で」

白い部屋でみた過去の映像。

その映像に映っていた僕を見て、思わず『ドッペルゲンガー』と呟いた。

あの時、あの一瞬は僕はあれが本当にドッペルゲンガーだと思ったのだ。

「女神は僕の呟きを聞いていた、だからマーテルの時にもつい漏らしてしまったんだ『前にも言ってましたね』」

こんなもの本当はどうとでも理由はつけられる。

僕が寝ぼけているときについ口走ったしまったとか、何かの単語を聞き間違えたとか、いくらでも考えられるのだ。

だけど、僕はそこから疑念を持ってしまった。

マーテルと女神が同一人物ではないかという疑念を、それは小さな疑念だったけど僕の心に残り続けていたのだ。


「そうですね。これは私のうっかりでしたね」

女神は相変わらず微笑んでいる。

「ええと、それでなんの話でしたっけ? 私の目的でしたっけ?」

「ああ、なんで女神が正体を隠し、勇者の仲間となっていたんだ? 白い部屋では『世界に直接干渉できない』なんて言ってたけど、あれも嘘なんじゃないのか」

白い部屋からさも出られないようなことをほのめかせておいて、こうしてこの世界に降りたって一緒に冒険しているのだから。

「お前は一体何が目的だったんだよ!」

もうマーテルと呼びたくもないし、女神とも呼びたくなかった。

こいつはずっと僕のことを騙していたのだから。


彼女は困ったように微笑む。

どう説明していいか困っているというより、僕が怒っていることに困っているように見えた。

彼女はしばらく悩んだ様子を見せた後、「そうですね。言ってしまいましょう」と軽く答えた。


「まず初めに、私の目的は世界を救うことです。世界を救う。これはもちろん人間たちが滅びないようにするということです。この異世界セフィリアでは平和な状態が続いていました。だけど人間は平和に慣れると争いが起こりやすくなります。痛みを忘れ、傷を忘れ、相手を痛めつけ、相手を傷つける。そして人間は欲深いです。あれが欲しい、これが欲しいと他人の物を欲しがり、他人から奪おうとします。食べ物、お金、装飾品、土地、そして命。痛みと傷を忘れた人間が欲望の先にたどり着く、それが戦争です」

「……戦争」

そういえば、平和と安寧の世界だと女神は言っていたっけ?

人々は戦争もなく手を取り穏やかに暮らしていた、と。

本当にそんなこと可能なのか。ただただ平和と安寧の世界はあり得るのか。


「戦争は恐ろしいです。たくさんの人が死に、たくさんの不幸を生み出します。単純なことしか言えませんが、その悲しみと憎しみの連鎖はいつまでも続いていき、やがては人間たちを滅亡するでしょう。だから私たちは人間たちの間で戦争が起きそうになったとき、それを止めるために共通の敵を造ったのです」

「!……、ちょっと待て、その共通の敵って……」

「それが魔王です」

彼女は僕が口に出す前に簡潔に答えた。

「魔王、魔物を生みだす魔法装置にして、人間たちの憎む対象。魔王の存在により人間たち命を脅かされ、生き残るために結束し、痛みと傷を知り、平和のために戦うのです」

「なんだよそれ、矛盾してないか。結局は戦争は起こってるじゃないか」

「ええ、だけど人間同士が行う戦争より、被害が少なくなるように計算されているのです。それに人間たちの争いは簡単には止まらない。同じ人間なのに、同じ人間だからこそ滅ぼしあう。だからこそ魔王が必要なのです」

「………………」

「この世界は百年定期で魔王を復活させます。人間たちの争いを防ぎ、戦争を起こさせないように人間たちに充分被害を与えてから、魔王を倒す勇者を誕生させる。これがこの世界のシステムなのです」

僕は何も言えなかった。

なんだそれ、なんだそれは。

それってマッチポンプ、自作自演ってことじゃないか。

僕は勇者という役割を女神の手のひらで踊ってたってことじゃないか。

いや、手のひらの上にいたのは僕だけじゃない。

「魔王もそうなのか?」

僕は訊かずにはいられなかった。勇者と対となる存在である魔王。

彼も僕と同じで、女神の手のひらの上の存在だっただろうか。


「もちろん」

彼女の声はいつも通りだったが、それが逆に恐ろしく思えた。

「魔王の器に罪深き魂を与えることで魔王は復活する。彼は前世で人間不審に陥り、自殺という罪を犯した人間でした。なので、自分の存在を認めてくれるものを渇望し、とても都合がよかったです。私はマスカと名乗って、魔王を誘導し続けたんですよ」

「………………」

「私は女神ですからね。空間移動もできるんですよ。昼は勇者の仲間マーテルとして、夜は魔王の側近マスカとして、二人を監視し続けていたのです」


茶番だ。

なんてひどい茶番なのだろう。

これは最初からシナリオが決まっていたストーリー。

勇者が魔王を倒すという女神に決められた王道ファンタジー。

この旅の中でやってきたこと。

僕の想いも、僕の感情も、僕の努力も、意味なんてなかった。


「? どうして泣いていんですか?」

女神に言われて、僕は自分の頬が濡れていることに気づいた。

その瞬間、足の力が抜け、跪いて、僕は涙を流した。

もう悲しみと怒りと悔しさがごっちゃになって、なんで泣いているのかわからない。

「あなたを利用したこと、騙したこと、脅したことは謝ります。でもどうかわかって下さい。人間たちの平和な世界をつくるために仕方がなかったのです」


彼女は申し訳なさそうに謝るが、価値観の差に絶望するしかなかった。

結局のところ僕は女神を――旅の仲間であるマーテルのことを何一つ理解していなかったのだ。


彼女は人間を愛している。それは間違いなく疑いようもない事実だ。

だけどその愛は過保護でありながら独善的だ。

人間は争うものだと決めつけ、平和を管理しないといけないと思っている。

人間は戦争を起こさないように変わっていける。そんな可能性を信じないし、考えてもいない。

そんな歪んだ愛なのだ。

僕には、理解できなかった。


僕はただ泣き続けた。

悲しくて、苦しくて、悔しくて、憎たらしくて、ただ泣き続けた。


     †


「落ち着きましたか」

僕の様子を見て、女神が声をかけてくる。

喉がからからに乾き、鼻の奥がぐずぐずしていたが、僕は「ああ」と一言答えた。


この世界ではもう僕にできることはない。何をしていいかわからない。

もう自分が手を出せない領域にいるんだ。

だからもう僕は、自分の世界に帰ることを望むことにした。


「元の世界には返してくれるんだろうな」

「ええ、もちろんです」

「じゃあ帰してくれ」

「では元の世界を戻す前に"女神の加護"を与えましょう」

「"女神の加護"……」

「ええ、このまま元の世界に戻すとあなたはトラックに轢かれて死んでしまいます。あなたの命を守る魔法を与えます」

「………………」

「“女神の加護”は魂の祝福。その魂に宿る肉体はあらゆる災厄を寄せ付けないそうです。病気、事故、そして他者からの攻撃など、死につながるもの防ぎます」

僕は彼女の説明をぼんやりと聞いていた。

もう僕の感情はすり切れていたし、前にも聞いた話だったからだ。

「だけど気を付けてください。この魔法には防げないものは二つ。寿命と自殺は防げません。いえ、正しくは自分からの攻撃は防げない、ですね」

自殺と自分からの攻撃を防げない。どちらも同じことじゃないか。

それにしても、最初からこれがあれば旅も楽に進めただろうに、何で最初からくれなかったのだろう。

その時、僕はひらめいた。

理由もない、ただ漠然とそう思っただけの単なる勘だった。


「なあ、女神様。もしかして失敗してもよかったんじゃないのか?」

「突然、なんです?」

説明を遮られ、女神は怪訝な顔をする。

「この旅は魔物や魔王と戦う、危険な旅だ。命を落とすこともあり得る。それなら最初から勇者に“女神の加護”を付けておけば、危険性は大幅に排除されるはずだ」

以前にも話したことだが、“女神の加護”はそれほど強力なものだ。

もし勇者が魔王を倒すというシナリオを進めたいならば、勇者が死ぬかもしれないという可能性を最小限にしておきたいはずだ。

「だけど僕には“女神の加護”をつけなかった。それはこの旅が――勇者と魔王のシステムが成功するか失敗するか、天に賭けたんじゃないのか」

「………………」

「成功すれば今まで通り、失敗すればシステムは崩壊する」

勇者が旅の途中で死んでいたら、どうなっていたのだろうか?

魔王によって人間が滅びるかもしれない、人間と魔王の争いが延々と続くかもしれない、もしかしたら人間と魔王が友好を結び、別の平和な世界が生まれたかもしれない。


女神自身、この勇者と魔王のシステムについて思うところがあったのだろう。

何が正しいかわからずに全て天に任せたのかもしれない。

勇者が死ぬか、魔王が死ぬか、本当は彼女も別の道を模索していたのだろうか。

そう考えると、僕は彼女のことを少しは理解できる気がした。


「さあ? どうですかね?」

女神は背中を向け、僕から顔を隠す。

「結局、私は人間のためにどうすればよかったんですかね」

彼女の声は穏やかだったが、悲しそうだった。


     †


「さて、“女神の加護”も与えましたし、そろそろ勇治を元の世界に返します」

僕と女神は向かい合って立っていた。

騙されたことは腹立たしいし、色々と整理はできてない。

だけど彼女は彼女なりにシステムに抗っているのを知ったから、憎むことはできなかった。

僕も彼女に、旅をしていたときみたいに接することができるような気がする。

「向こうの世界についたら、トラックが目の前にあるので気を付けてくださいね」

「……気を付けろって言われても」

「死ぬことはないですけど、擦り傷とか、頭をぶつけるとか、骨折とかは覚悟した方がいいです」

「えっ、怪我するのか!?」

「“女神の加護”はあくまでも死を防いだり、避けたりする魔法なので……」

……気が重い。

向こうの世界に帰っても即入院生活かもしれない。

「何か言いたいこととか、伝えたいこととかありますか?」

「…………ガイストとアムに、『お別れも言わずにごめん。みんなとの旅は楽しかった』って」

「わかりました。伝えておきます」

「言っておくけど、これはマーテルにも言ったんだからな」

女神はきょとんした顔をするが、すぐに「はい」と嬉しそうに頷いた。

苦しくて辛いこともあったし、くじけそうになったこともあった。

女神によって仕組まれた旅だったけど、みんなと旅できて本当によかった。

この気持ちは嘘じゃない。一生の宝物だ。


女神は両手を胸の前で合わせる。

「それではあなたを元の世界へ導きましょう」

合わせた手から光があふれ、だんだんとそれが大きくなっていく。

僕はその光に体が飲み込まれていくのを感じる。

光は眩しさを増し、僕は目を開けることさえできない。

その中で声が聞こえた。


「勇治、元の世界へ戻ってもどうか健やかに」

女神の声が頭の中に響いている。

「苦しいことも、辛いこともあるでしょう。でもどうかあなたなら乗り越えられると信じています」

だんだんと声が遠ざかっていくような気がする。

「勇治、あなたは生きてください」


そして僕の意識は光に包まれた。



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