召喚勇者と転生魔王
「あとはお前だけだな、勇者」
青白い肌に赤い瞳、人形のように端正な顔立ちだが、頭から禍々しい二本の角が生えている。
貴族のような服にマントを羽織り、そいつは不敵に笑みを浮かべ、立っていた。
魔王城の玉座の間、そこに立っているのは僕と魔王だけだった。
剣を構え、息も絶え絶えな僕と、余裕の表情を見せる魔王。
他の仲間はガイストとアムは倒れている。
二人とも魔王の攻撃に耐えきれず、倒れてしまったのだ。
安否を確認したかったが、目の前の魔王のせいで、その隙を取れないでいた。
油断を見せたらやられてしまう。なぜなら目の前にいるのは数多くの強者を倒してきた魔王なのだから。
早くこいつを倒さなければ、マーテルが……!
彼女は魔王城を探索しているときに、罠にはまった僕たちをかばった。
罠で出てきた瘴気を彼女はバリアで食い止める。
瘴気の中で人間は安定した精神状態を保てない。
この城は全て魔王の力で動いているらしいので、魔王を倒せば瘴気を止められるらしい。
僕は一刻も早く魔王を倒し、ここに戻ってくることを誓い、先に進んだ。
僕らはマーテルを残して、ここまで来たのだが魔王の力は予想以上のものだった。
ガイストの竜を一撃で倒した大技もアムの三十体の魔物を壊滅させた魔法も効かなかった。
物理も魔法も効かず、弱点があるのではないかと色々試したが見つけることはできない。
最後の希望だと言って、ガイストもアムも僕をかばって倒れてしまったのだ。
体は震え、心臓が跳ねるように鼓動する。
絶望と恐怖が心を支配しながら、それに負けないように己を奮い立たせる。
「伝説の勇者と言ってもこの程度か、失望だな」
魔王はそんな僕を見て、嘲るように笑った。
「前に来た奴らの方が、強かったぞ。それに比べてお前は仲間ばかりに攻撃を任せて恥ずかしくないのか?」
「………………」
仲間に攻撃を任せたのは作戦だった。
僕は勇者という立場上、優先して生き残らなければならない。
例え負けても、生き延びて再び魔王に挑まなければならない。
ガイストとアムはそういって、自ら進んで攻撃役になったのだ。
もちろん機会があれば攻撃を行うが、僕の役割はサポートに近かった。
そうだ、僕は生き延びなければならないのか?
勇者だから僕は生き延びなければならない。
魔王との距離は五メートル、扉までの距離は三メートルくらい。
隙をつくって走れば、逃げられる……。
いや、違う。
そんな選択肢は存在しない。
僕はかばって倒れた二人――ガイストとアムを見た。
そしてこの城には僕たちをかばったマーテルが残っている。
仲間たちを置いていくなんてできなかった。
僕はただ魔王をにらみつける。
今の魔王は完全に油断している。必ず転機となる瞬間が訪れるはずだ。
だがそんな僕の考えは甘かった。
「ま、勇者と言ってもただの人間か。そろそろ終わりにさせよう」
魔王はすべての感情が抜け落ちたような、淡白な声でいった。
「俺はな、お前のことが殺したいほど憎かったんだよ」
「………………」
「憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて、憎かったんだよ! なんでかわかるか?」
僕は答えない。いや答えられなかった。
強烈な憎悪で動けなかったからだ。頭の中がくらくらする。
全身が震え、心から恐怖が湧き上がってくる。
こんな強い感情を他人から向けられたのは初めてだった。
喉元から上ってくる吐き気。魔王から目を離すことができない。僕は立っているのがやっとだった。
魔王はさっきまでの余裕はなく、突然、狂乱したようにしか見えなかった。
「わかんないだろうな、お前には。でもな俺はお前が殺したいほど憎かった。きっと俺はお前を殺すことができないと諦めていたが、奇跡のような瞬間が来た! お前を殺せるなんて思ってもみなかった!」
魔王は片手をあげ、黒い球を生み出す。それが魔法の一種で強力なものだろうというのは一瞬でわかった。黒い球はだんだんと大きくなり、稲妻を帯びる。
「さあ! 今! 死ね!」
魔王が投げた黒い球は僕に向かってくる。
だんだん大きくなって、僕を飲み込む。
反射的に防御の構えを取るが、この魔法を防げるとは思えなかった。
やられる――――――
――――ユージ!
誰かが呼ぶ声が聞こえた。
……………………。
…………?
「大丈夫ですか? ユージ」
目を開けると、マーテルが立っていた。
彼女の前には透明に輝く障壁、バリアがはってある。
「なんで……お前が……」
魔王が驚いたような声を出す。
何が起こったのかわからないという顔だ。
「シャドウ・バインド!」
バリアが掻き消え、マーテルが即座に呪文を唱える。
魔王の下から魔法陣が浮かび上がり、そこから白い触手のようなものが飛び出した。
その触手は魔王の手足に絡みつき、動きを封じる。魔王は触手から逃れようとするが、うまく体を動かせない。
それはまるでイソギンチャクに捉えられた魚のように見えた。
「さあ、ユージ今です!」
マーテルは僕の方を振り向かずに言った。魔法に集中しているのだ。
「私が抑えているうちに、早く!」
「で、でもガイストの斧もアムの魔法も効かなかった、だから」「あなたなら倒せます!」
マーテルは叫ぶように言った。
「信じて! ユージにしか倒せない! ユージが負けてしまったら他の誰にも勝てない!」
僕は、剣の柄を強く握りこむ。
「――行って!」
僕は走る。
魔王に向かって真っすぐに。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
今までの旅路、出会った人々、交わした会話。
色んなことが頭の中に思い浮かんだ。
元の世界もこの世界も色んなことがごっちゃになって回っていく。
「とりゃあああああああああああああ!」
強く足を踏み出し、跳躍をする。
宙を飛んだとき、魔王と目が合う。
魔王はマーテルの魔法から抜け出せず、憎しみに満ちた目を向けてきた。
だけどもう恐怖は感じない。
僕にはみんながいるから、マーテル、ガイスト、アム、今まで会った人たち。
みんなのためにお前を倒す。
「くそおおおおおおおお」
魔王が雄たけびを上げるが、もう止まらない。
僕は剣の刃先を下に向け、そのまま突き刺す。
「――――――――――――」
魔王は声にならない悲鳴を上げた。
剣は魔王の胸の真ん中に突き立てられ、真上を見たまま動かないその姿はまるで彫像みたいだった。
「……そう、か、……そう……だった……のか」
何かを悟ったように、魔王は呟く。
次の瞬間、魔王の体は黒く染まり、灰となって一瞬で崩れ落ちた。
「………………」
俺はただ魔王がいた場所を見ていた。
「ユージ」と後ろからマーテルの呼ぶ声で戦いが終わったことにようやく気付いた。
「大丈夫ですか? ユージ」
「あ、ああ。それよりガイストは!? アムは!?」
「大丈夫です、生きてます。今は気を失っているけど、じきに意識を取り戻します」
「そうか、よかった」
「ええ、ケガをしているので、回復呪文で治しておきますね」
そう言って、マーテルは呪文を唱える。
僕は黒い灰の前に立つ。
魔王が立っていた場所。
僕の前で憎しみの感情を発露した魔王。
彼は一体なんだったのだろう。
彼も彼なりで人間に対して思うところが会ったのかもしれない。
なぜか魔王のことが気になっていた。
なぜだろう、今日初めて会ったというのにまるで前にも会ったような気がする。
そう、どこかで……。
「ユージ! 二人が目を覚ましましたよ!」
「そうか! 今行く!」
今考えたことは頭から消え、僕は仲間の元へ向かった。




