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勇者Ⅲ 二つの世界

「ユージ、まだ寝ないんですか?」

後ろを振り返るとマーテルが立っていた。

夜は更け、空には満天の星空が浮かぶ。

僕は横倒しの木に座り、焚き火の様子を見ていた。

「うん、眠れないからガイストに見張りの時間を代わってもらったんだ」

僕はそう答えて、火にまきをくべる。

バチっと炭化した枝がはじける音がした。

「マーテルこそ珍しいな。いつも夜寝るのが早いのに」

「……私も寝付けなくて、隣に座ってもいい?」

「どうぞ」

マーテルは僕の隣に腰を下ろす。


この世界に来てから半年の月日が流れた。

僕は森でマーテルと出会い、彼女と共に森へ抜けた。

その後、人間の国オルデンの国王に会いに行って、勇者の試練なるものを受けさせられ、見事達成した。

王様から魔王討伐の援助をしてもらい、マーテルと共に旅立つことになったのだ。

マーテルが言うにはまず魔王の幹部が支配している都市や町、村を解放しようということで、様々な土地を巡り、幹部たちを倒していたいった。


その旅では仲間も増えていった。

ある村では、妹の病気を治す薬の材料を求め、魔物がはびこる洞窟に侵入した戦士ガイストと共闘した。

ある都市では、魔物によって友人を殺されそのかたき討ちを狙っている魔法使いのアムに協力した。

そして二人は仲間となって、僕たちの旅についてくれることになったのだ。


城、都市、街、村、森、洞窟、塔、沼、荒野、火山。

様々な場所を巡り、ついに僕らは魔王が住む土地、魔境の一歩手前まで来ていたのだ。

魔境の奥地にある古城、そこに魔王がいると言われている。

つまりはその魔王を倒せば、魔物たちは滅び世界に平和が訪れる。

僕の旅もそこで終わるのだ。

そう考えるとなんというか、思うところがある。

最初は女神に出会って、僕の命と引き換えに旅に出たんだっけな。


ふと思いついたことがあって訊いてみる。

「そういえばマーテルって女神に会ったことあるんだよね」

「女神様ですよ。ユージ」

訂正された。

「……そういえばマーテルって女神様に会ったことあるんだよね」

「はい、といっても会ったのは夢の中ですけど」

そう初めてマーテルと出会ったきっかけは、彼女が女神の夢を見たからだった。

「女神様ってどんな姿をしていたんだ?」

「姿って、えっと、どういうことです?」

「いや僕の前に現れた女神様はマーテルと同じ姿だったからさ、もしかしたらマーテルの前に現れた女神様は僕と同じ姿をしていたのかなって」

自分で言っていて、女性言葉を使う自分の姿を想像してしまい、素直に気持ち悪いと思った。

「…………そうですね、私の目の前に現れた女神様は普通の女性の姿でしたよ」

「普通の女性? だれかに似ているとかなかったの?」

「ええ、夢だったのであんまり覚えてませんけど、取り立てて誰かに似てるとは思いませんでした」

「ふーん」

「女神様はどんな姿にも変身できますから、あまりどんな見た目かは意味がないのかもしれませんね」

どうやら気持ち悪いことになっていないようなので安心した。

「でも女神様が私と同じ姿で現れたらびっくりして、もうそこで目が覚めちゃうかもしれませんね」

「自分と同じ姿、ドッペルゲンガーだね」

「……そういえば前にも言ってましたね、ドッペルゲンガーって。なんですかそれ」

……前にも言ったけ? まあ、いいや。

「ドッペルゲンガーっていうのは幽霊みたいなものかな。自分の同じ姿をしたドッペルゲンガーを会うと近いうちに死んでしまうって話。怪談とか都市伝説の一種だよ、僕の世界の」

「………………怖い、話ですね」

ん? 一瞬変な間があった気がしたけど……。

「もしかして怖い話とか苦手だった?」

「ま、まあ得意ではないですね。ユージは怖い話は大丈夫なんです?」

「……僕も得意ではないかな。そういえば僕の友達も怖い話がすごくダメな奴がいてさ」

頭の中に懐かしい顔が思い浮かぶ。

力石昴すばるっていう奴でさ、普段の口調は乱暴なのに意外と小心者で、怖がっているときには敬語になるんだよ。小学校の夏のキャンプの肝試しのときには、『幽霊さん幽霊さん、来ないでください』とか震えていたっけ」

「昴さんとは仲が良いんですね」

「そうだな。幼稚園――小さい頃からの付き合いだったな」

小学校のときは周りにからかわれて疎遠になっていたけど。中学生時代の後半からまた付き合いが復活した。高校では登下校も一緒にしているし、一番の親友といっていい。

登下校の最中。僕がこの世界に来る直前、トラックに轢かれそうになって俺はあいつを突き飛ばした。

白い部屋の映像を見ている限りだと無事だと思うんだけど……。


「ユージは元の世界に帰りたいですか?」

唐突にマーテルは聞いてきた。

僕の表情から何かを察したのかもしれない。

「この世界に残る、とか考えたことありませんか?」

マーテルが真剣な目で見ている。

彼女はどんな答えを求めているのだろう。

どう答えるべきか迷ったが、今の気持ちを正直に述べることにした。

「僕は帰るよ」

「………………」

「この世界は魔物がたくさんいて、危険な世界だけどそんな中みんなが支えあって必死に生きている。マーテル、ガイスト、アムとも出会えたし、もし魔物が、魔王がいなくなったらとても居心地のいい世界になるだろうなっていうのがわかるし、魔王を倒してもみんなと一緒に冒険したいという気持ちもある。……だけど」

これだけははっきり言える。


「僕の世界はここじゃない」


この世界に来たときから感じていた。

終わらない夢をみているような非現実感。

いつまでたっても足が地についていない、ふわふわとした浮遊感。

それは多分、この世界は僕がいるべき場所ではないということかもしれないし、僕は別の世界から来た人間ということに引け目を持っているからかもしれない。

「この世界が嫌いじゃないけど、僕にはなんというか合わないんだ。それに」

親しい人たちの顔が浮かぶ。

能天気な父に穏やかな母、それに口うるさい友人、隣の席のクラスメート、熱血漢の先生。

向こうの世界が恋しかった。

「……それにこのまま家族や友人にも会えないというのも、いやだから多分、帰ると思う」

……………………。

僕は正直に思いを告げたつもりだったが、マーテルは何も言わずにうつむいた。

少しの間微妙な空気が流れ、マーテルがぽつりと「そう、ですか」と小さく呟く。

僕は「うん」としか返せなかった。

何か気のきいた言葉が言えない自分が悔しい。

もっと女の子との会話の仕方を昴の奴に教えてもらえばよかった。


「ごめんなさい、変なこと聞いて」

マーテルは顔を上げ、僕に謝る。

さっきまでの重い空気を打ち払うような明るい口調だった。

「いや、僕の方こそなんか、ごめん」

「なんでユージが謝るんですか。私、ユージが無事に元の世界に帰れるように頑張りますから、一緒に魔王を倒しましょう!」

「うん!」


「そうだ、それなら“女神の加護”についての説明とかした方がいいかもしれませんね」

「“女神の加護”?」

聞いたことがない言葉だった。

「伝説では“女神の加護”は英雄的な行いをした人物に与えられる、らしいです。例えば『魔王を倒す』とか……」

僕たちが今やろうとしていることだ。

「魔王を倒したあと勇者――ユージにはそれが与えられるでしょう」

「その“女神の加護”って一体どういうものなんだ?」

「“女神の加護”は魂の祝福。その魂に宿る肉体はあらゆる災厄を寄せ付けないそうです。病気、事故、そして他者からの攻撃など、死につながるもの防ぐ、らしいです」

「事故……」

この世界に来る前の交通事故。

目の前に迫るトラックの光景が浮かぶ。あんな状態は普通ならば死んでしまうだろう。

白い部屋で女神は魔法で運命を変えられると言っていたが、もしかしてこれのことを言っていたのか。

僕が“女神の加護”を受けて、事故を回避する。

ん、待てよ……。他者からの攻撃?

「なあ“女神の加護”って、他者からの攻撃も防げるのか」

「はい、ケガはするかもしれませんが、致命傷になる攻撃は防ぐらしいです」

「ならなんで最初に僕にそれを与えなかったんだ?」

「えっ?」

「だって、それは“殺されない”ってことじゃないのか?」

殺されない。他者からの攻撃が効かないというのは殺されないということだ。

殺されないなら体力の続く限り攻撃できる。

「それさえあれば、この旅だってずっと楽になるし、魔王を倒す確率も上げることができるじゃないのか?」

「そう、ですね……。しかし女神様には何か深い考えがあるかと……」

マーテルが言い訳じみたことを言う。

しかし、彼女の僧侶という立場上、女神を否定するわけにはいかないのだろう。

「それに魔王は妖しい魔法を使うと言いますし、精神を操作されて自殺させるとか」

「ちょっと待った。“女神の加護”って自殺は防げないのか?」

「そうですよ。病気、事故、他者から攻撃は避けることはできるのですが、自殺は防げません」

大事なことを言うように強調する。

「自殺は生への諦め、魂の力を低下させる。だから加護が効かなくなる」

その重々しい口調に威圧され、何も言えかった。

自殺という言葉にトゲを感じたような気がした、もしかして彼女の知り合いに自殺で死んだ人間がいたのかもしれない。

「と、とにかく、“女神の加護”は強力な魔法です。何か私たちのあずかり知れないものがあるのかもしれませんよ」

「そ、そうか」

考えてみれば強力な力なら悪用もできる。

ありえない例だが、僕が魔王の仲間になってその力を人間と戦うのに使うということを警戒して、与えなかったのかもしれない。この旅で僕がその力にふさわしいのか試している、ということも考えられる。

そう考えると納得できるような気がした。


マーテルがあくびをする。

「大丈夫か?」

「ふわぁ、なんか話し込んじゃいましたね」

「そろそろ寝た方がいいんじゃないか。明日もあるんだし」

「……すみません。ではお言葉に甘えて、休ませてもらいます。色々お話できて有意義でした」

「いや僕も楽しかったよ。それにそろそろ交代の時間だから、見張りを代わってもらうよ」

マーテルは立ち上がり、お辞儀をする。

「お休みなさい、ユージ」

「おやすみ」

挨拶をして、マーテルが立ち去った。

僕はしばらくぼーっと焚き火の炎を見ていた。


そのとき僕はこの夜の会話の重要性を知らなかった。

彼女は何を思っていたのか、何を考えていたのか。

僕がそれを思い知るのはもう少し先の話だ。



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