魔王Ⅰ 目覚めの時
「……魔王様、聞こえますか魔王様」
どこからか声が聞こえる。
それは淡々とした冷たい女の声のようだ。
遠くから俺を呼んでいる。
誰が起こしているのかはわかっている。
ぼんやりとした意識の中、俺の頭の中はだんだんはっきりしていく。
「魔王様、起きてください魔王様」
声が再び俺を呼ぶ。
その声に応えようと、俺はゆっくりと目を開ける。
「うるさいぞ、今起きる」
俺は気だるいからだを起こした、まだ頭の中がぼんやりしている。
「おはようございます、魔王様」
冷たい言葉が響く。俺専用のキングサイズ天蓋つきベッドの傍に女が立っている。
メイド服に鉄の仮面、小柄な少女のような体型。
彼女はマスカ、俺の側近であり、秘書のような役割している。
いつも仮面をかぶっているせいで、何を考えているかわからない奴
まあ、仕事ぶりが有能なので気にしないが。
余談だが、彼女の仮面を見るたび俺は前世の記憶が思い出される。
教科書でみた“太陽の塔”の顔だ。
「お休み中、申し訳ありません魔王様」
棒読みのような平坦な口調で淡々と話す。
「この城に侵入者が入ったようです」
侵入者……。今週はもう来ないかと思っていた。
「わかった準備する。廊下で待ってろ」
「承知しました」
マスカは一礼して部屋を出ていった。
俺はベッドから出て、着替えるために洋服ダンスの前に向かう。
†
貴族服にマントを付け、部屋を出るとドアの前でマスカが待っていた。
「待たせたな」
「いえ、待つのも使用人の仕事ですから」
そう言ってマスカは歩き出す。俺は後ろからついていく。
「で、侵入者は? 今度はどんな奴だ? 傭兵か? 暗殺者か? それとも賞金稼ぎか?」
「人間のふりをして接触したところ、オルデン国が雇った傭兵たちのようです。剣士一、戦士一、僧侶一、魔法使い一、計四名です」
「こりないな、あの爺さんも」
人間によって統治されている国、オルデン国。
その国王が毎週刺客を送ってくるのだ。
最初は大量に兵士を投入してこの城を攻め落とそうとしたが、それを魔物と俺が総力をかけて返り討ちにした。
それからは少数精鋭で強者を雇ったり、賞金を懸けたりして俺を殺そうとしているのだ。
「それで今は侵入者はどこらへんにいるんだ?」
「現在第五階層で足止めをしています。あと十五分程度で突破されると予想されます」
マスカは淡々と報告する。
「私が処理をいたしましょうか?」
「いや俺が相手する。マスカ、ご一行様を玉座の間まで誘導、いやご案内してさしあげろ。俺が直々に相手をする。あ、それと全力で戦いたいから玉座の間の前に回復の魔法陣をセットしなおしてくれ、今の奴消えかかっているから」
マスカは俺の指示にためらいを見せる。
「……その余計なお世話かもしれませんが、玉座の間を闘技場のように扱うのはいかがなものかと思います。掃除も大変ですし」
ぼそりと最後に本音が付け加えられる。
「いいだろ、俺にはこれくらいしか楽しみがないし。それに魔王は玉座の間で勇者を出迎えるのがお約束なんだから」
「はあ」
あまり意味を理解してない顔で曖昧に相槌を打つ。
まあ、そう言いながらも最初から玉座の間に向かっているのは、俺の意見を聞いてくれるからだろう。
そして会話をしながら、玉座の間の隠し扉の前に立つ。
ここを通れば、玉座の間の後ろの壁から出ることができるのだ。
「じゃあ、任せたぞ。俺は先に待っているから」
「承知いたしました」
マスカは一礼し、姿が掻き消える。
きっと侵入者たちをここに誘導しに行ったのだろう。
俺は隠し扉を通り、玉座の間に入る。
そして玉座にゆっくりと腰を下ろす。
侵入者が来るのを待っている間、なんとなしに部屋の中を見回す。
そういえば俺がこの世界に来て、目が覚めたのはこの場所だったな。
俺はここに初めて来たときのことを思い出す。
暗闇の中、俺は意識として漂っていた。そこから急に引っ張り出されたという感覚を覚えている。
例えるなら、布団の中で頭まで毛布をかぶって気持ちよく眠っているところを強引に引きずり出されたと言ったところだろうか。
とにかく強引に引っ張りだされ、訳も分からずこの部屋で目覚めたというわけだ。
目の前に映ったのは広い空間。
そして俺の目の前には鉄仮面が立っていた。
「お気づきになりましたか?」
冷淡な女の声。
最初は鉄仮面から声が出ているとは思わず、誰が言っているのか周りを見回そうとした。
首が動かない……。いや身体を動かそうとしたがやはり動かなかった。
「お…………、あ……?」
ここはどこだ?
そう訊こうとしたが、言葉にならずうめき声にしかならなかった。
「無理なさらないでください。まだ魂が肉体に馴染んでないのでございます」
肉体? 魂? なんの話をしているんだ?
もう一度腕を動かそうとするが、うまく力が入らずただぷるぷると腕が震えるだけだった。
「もう少ししたら、身体を動かすことができるでしょう」
何が起こっているのかわからなかった。
何で俺がここにいるのか? 何で俺がこんな状態なのか?
俺の様子(といっても目くらいしか動かせない)から疑問に察したのか、彼女は答える。
「あなたは死にました」
「し…………?」
「あなたは過去をどれくらい覚えていますか?」
過去? 俺の、過去?
脳内に映像がフラッシュバックする。
天井と二本の蛍光灯の光。
家、高校。
黒く塗りつぶされた人の顔。
暗い部屋、天井から垂れ下がるロープの輪。
頭がズキリと痛んだ。
「あなたは死んだのです。冥府の門よりあなたの魂を見つけ出し、この器に込めたのです」
「な…………て……」
なんだって?
にわかには信じられない話だが、確かに俺には記憶があった。
死んだときの記憶が。
俺は自ら命を絶った。
あの世界には俺の居場所はなかった。
俺は俺でいるために死ぬしかなかったのだ。
まあ、そんなことは今はどうでもいい。
魂とか器とか、なんの話だ。俺は今どこにいる?
広い部屋、高い天井、灰色の壁。どこかの劇場? いや城のようだ。
「ここ……どこだ?」
少しずつ声が出せるようになってきた。
「今、説明いたします」
そう言って、鉄仮面は語り始めた。
それはまた突拍子もない話だった。
ここは俺が今まで住んでいた世界ではなく、“セフィリア”という世界であること。
人間と魔族と呼ばれる種族が存在しているということ。
百年前に人間たちが魔族の土地を侵攻し、魔族たちは領地の端まで追いつめられた。
そして人間から奪われた土地を取り返すために侵攻しようとして何度も失敗しているということを説明した。
「ここまでの話わかっていただけましたか?」
鉄仮面が話している間、肉体は多少動かせるようになっていた。
俺は「ああ」と頷いた。
まだ短い言葉、短い動作くらいしかできないが、コミュニケーションとしては十分だろう。
「そして唐突なお願いですが、あなた様には魔王となってほしいのです」
「まおう?」
「魔物を生み出すには莫大な魔力と特殊な存在が必要なのです。それが魔王なのです」
「まおう」
「魔王の器――肉体にあなたの魂を込めました。あとはあなたが魔王と自覚することで、魔法は発動し魔物を無尽蔵に生み出すのです」
「まもの?」
「魔物は魔族が生み出した魂なき生物兵器です。主に人間を襲うようにできています。それはさておき」
鉄仮面は俺の眼を見ていった。
「あなたが必要なのです。魔王となって私たちを導いてください」
「ああ」
俺はすんなり頷いた、自分でも驚くくらい即答だった。
「い、いいのですか?」
あまりの即答に冷静な鉄仮面の方が驚いた。
「ああ」
話を聞いている限り、悪いのは人間らしいし、魔族の土地を取り返すのが正しく思えた。
しかし何より、俺は俺らしく生きたかった。
俺の知っているやつがいない、ゼロの世界で俺は俺らしく生きたいのだ。
その答えにたどり着いたとき、俺は天啓のように悟った。
俺が求めていたのはこの世界だったのだと。
そして俺は今まで十年間魔王をやっている。
魔物は野放しに好き勝手にさせている。
人間の国に攻め込もうなんていう話もあったが、俺はただこの世界で楽しく暮らせればいいので、積極的には考えてない。しかし魔物が目障りな連中には俺の存在が邪魔らしく、俺を殺すために何人もの人間がやってくる。
そんな過去を回想していると玉座の間の扉が開く。
ほら、また俺を殺すために人間がやってきた。
†
玉座の間の扉を開ける。
廊下にはいつから待っていたのかマスカが立っていた。
「魔王様、お疲れ様でした」
「ん? ああ、いつものように片づけてくれ」
「承知いたしました」
マスカは玉座の間に扉を開けっ放しにして入ると、魔法を唱えて魔物を召喚する。
掃除用に造られた特殊な魔物だ。
「今回の侵入者はいかがでした?」
「まあまあ強かったんじゃねーの? いつもより少し手こずったし」
「いえ、そういうことを訊いているのではありません。魔王様が勝つのは当然なのですから」
「ああ、どんな奴らだったかということか? 別に普通の奴らだったよ」
俺は先ほどの戦闘を思い出す。
「普通に金で雇われて、普通に魔王を憎んでいて、それで世界のためだと言って俺に挑んできた普通の人間だ」
傲慢で自分勝手、どうやら人間たちの言う世界には魔王とか魔族は入らないらしい。
それに何が世界のためだ、金とか名誉のためのくせに。
俺は元々、前世から人間が特別好きではなかったが、ここに来てから人間たちの自分勝手さを知り、ほとほと人間嫌いになっていた。
「まったく人間たちが魔族にやったことをそのままやり返されているだけなのに、なんで文句をいうのかね」
「……しかし油断は禁物ですよ。魔王様がやられれば魔法は切れ、全ての魔物は灰になるのですから」
「ああ、わかってるわかってる」
俺の適当な返事に、マスカが呆れている雰囲気が伝わる。
「そういえば勇者の話を聞きましたか?」
マスカが唐突に話題を変えた。
「勇者? 毎週のように自称勇者が来ているだろう?」
「いえ、女神が召喚した本物の勇者の話です」
「女神か……」
伝説でしか聞いたことないが、人間に肩入れする神の一人、歴代の魔王たちを倒した勇者は女神が選定したと言われている。
もし伝説が本当ならその勇者に俺は倒されるということになる。
「本当に本物か?」
「私の調査によると本物ですよ」
「調査? どういうことだ」
「人間の国に潜入調査を行い、様々な人から話を聞く限り本物かと思われます」
「最近いないと思ったら、そんなことをやっていたのかよ」
確かにマスカには瞬間移動や変装と言った力がある。人間の国に行くのもいるのも容易いことだろう。
「なんで報告しなかったんだよ、そんな面白そうなこと」
「魔王様は我が軍の大事な生命線なので、動かれるのは困るのです。それに前回人間の国に行ったときは大変だったでしょう」
「うぐ……」
思い当たることがあるので何も言い返せない。
「じ、じゃあ何か勇者について面白い情報はあったか?」
「召喚された勇者は魔王様と同じ世界から来られたそうですよ。しかもニホンジンと種族まで同じそうです」
俺はその言葉で黙り込む。頭の中に嫌な記憶が、前世の記憶が蘇る。
ニホンジンは種族ではないと訂正する気もおきなかった。
さっきまで高揚した気分は冷めていた。
マスカは勇者の説明を続ける。
「まだ若い人間ですが、高い身体能力を持っているそうです。名前はユージといって」
「ユージだと」
思わず聞き返してまう。ユージ、ゆうじ、勇治。
その名は記憶に封印した名前だった。俺が最も憎むべき相手の名前。
なんでその名前がここで……。
いや、勇治という名前の奴なんて、この世界ならまだしも向こうの世界にはたくさんいる。
きっと名前が一緒なだけな別人なのだろう。
だってあいつは――。
「魔王様、どうなされました?」
マスカの方へ顔を向ける。
「何か思いつめた表情をしていましたよ」
「いや別になんでもない。それにしても勇者か」
名前についてはもう興味などない、興味があるのは本物の勇者であるということだけだ。
「そうか、ついに来たのか本物が」
思わず口元から笑みがこぼれる。
今までのやつらの戦いは楽しかったが、きっとこの戦いは最高に楽しめるだろう。
「くくくくくく、はははははははははははははははっ」
勇者よ。俺のところに来るまで死んでくれるなよ。
ああ、本当に楽しい、この世界は本当に飽きない。




