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勇者Ⅰ 運命は廻る

「……勇治。聞こえますか勇治」

どこからか声が聞こえる。

それは優しげな少女の声のようだ。

遠くから僕の名前を呼んでいる。


一体誰が起こしているのだろう。

ぼんやりとした意識の中、僕の頭の中はだんだんとはっきりしていく。


「勇治、起きてください勇治」

声が再び僕の名前を呼ぶ。

その声に応えようと、僕はゆっくりと目を開ける。


「――――っ!」


目を開けた瞬間、あまりのまぶしさに思わず目を細める。

そして目が明るさに慣れてくると、ようやく僕が今いる場所がわかった。


「ここは、どこだ……」

僕がいたのは白い部屋の中だった。

壁も白い。床も白い。天井も白い。

遠近感を失いそうになる。

部屋には窓やドアらしいものは見当たらない。

ただ部屋の真ん中に白いテーブルと白いイスが二脚置いてあるだけだった。


もしかして誘拐か!?

そう思い自分の姿を思わず見る。

紺色のブレザーに灰色のスラックス、普段の学生服姿だった。

怪我や傷もなければ、痛いとか苦しいとか体調に異常はない。


「目が覚めましたか、勇治」

「うわぁ!」

すぐ横から声をかけられ、びっくりして飛び上がる。

僕のそばには白いワンピースを着た長い黒髪の少女が立っていた。

見た目は僕と同じくらいか少し下くらい、16か15歳に見える。

その少女はなんというか、説明しにくいが不思議な少女だった。

美しい少女だと思うが、どことなく人間離れしており、それでいて儚げで幻想的なオーラをまとっていた。


「あ、あなたは誰ですか?」

同年代くらいなのに思わず敬語を使ってしまった。

人間離れした少女の存在がそうさせたのかもしれない。

僕の動揺をよそに少女はただゆっくり微笑んで僕の質問に応えた。


「私は女神です」

少女の言葉に思わずあっけにとられる。

「…………はい?」

数瞬遅れて、僕はそう返すことしかできなかった。

少女が何を言っているのかわからない。

何か危ないカルト宗教なんだろうか?

「いきなりこんなことを言っても信じられませんよね」

彼女は部屋のテーブルに近づき、僕を手招きする。

「とりあえず座ってお話しましょう」


     †


「さて何から話しましょうか」

僕と少女、いや女神と名乗っているので女神を呼ぶこととしよう。

僕と女神はイスに座っていた。

テーブルを挟んで対面する形だ。

部屋の中にはドアもなければ窓もない。

逃げ出すことができない僕は女神の言う通りにするしかなかったのだ。


「あまりゆっくりお話しする時間がないので、本題に入ります」

女神はしばらく考えてから口を開いた。

「質問はあとで聞くので、まずは私の話を聞いてください」

僕はこの状況について一刻も早く訊きたかったが、女神からそんな口出しができない雰囲気があったので、不満はあったが頷くことにした。

僕の了承を確認すると、女神は話し始めた。


「勇治、どうか世界を救ってほしいのです」

とっぴな言葉だった。

いきなり世界を救えなんて唐突すぎる。

きっと聞き間違えをしたのだろうと思い、聞き返す。

「あの、もう一度言ってくれませんか?」

「勇治、どうか私の住む世界を救ってほしいのです」

女神ははっきりとそう言った。


唐突な言葉に一体どう反応すればいいんだろう。

そんなことを思っていると女神が口を開く。

「そうですね。実際に見てもらった方がよいでしょう」

女神はそう言って、人差し指を振るうと白い部屋に異変が起こった。

部屋の壁と床、天井が消え、緑の平原と青空が広がった。


「!? なんだこれ!」

思わず立ち上がり、辺りを見回す。

「映像です。私の投影魔法で映しているのです」

「……魔法?」

僕はしゃがみこみ地面に生えている草に触れようとするが、草には触れず平らな固い床の感触がするだけだった。


「ここが私の住む世界“セフィリア”です」

女神が立ち上がり両手を広げる。

僕はそれにつられるように立ち上がった。

風に揺れるように草が薙ぐが、僕には風を感じることができなかった。


「ここは平和と安穏の世界です」

女神の言葉で映像が次々に入れ替わる。

中性ヨーロッパのような街並み、羊毛と麻の服を着た人が何人も行き交う。

たくさんの露店が並ぶ市場、たくさんの人が集まり、お祭りのようなさわぎだった。

木造の家が立ち並ぶ村、畑を耕す農夫、井戸の前で談笑する女性たち、追いかけっこして遊ぶ子供。

女神の言う通り平和な光景だった。大きな争いもなくギスギスとした空気も感じられない。

女神は話を続ける。

「人々は戦争もなく手を取り穏やかに暮らしていました。しかし……」

声のトーンが低くなる。

「10年前に魔王と呼ばれる存在が現れました」

空には暗雲が立ち込め、日光を遮る。

見上げると雲が徐々に真っ赤に染まり、稲妻を帯び始めた。

映像だとわかっているのに、その光景にどうしても不安が湧き上がる。


突然、悲鳴が上がった。

声をした方を探すと、ソレと目が合った。

村の入り口にソレは立っている。

醜悪な姿で敵意ある瞳でこちらをにらみつけている。

茶色の肌に、豚のような大きな鼻、黒い粒のような目が爛々(らんらん)と輝く。

小柄だが筋肉質で、木の棍棒を持っていた。


「あれはゴブリンといって、低級の魔物ですが、一体でも大の大人と同等の力を持っています」

「魔物……」

「ええ、魔王の存在によって、魔の領域から産まれたもの、それが魔物です。魔物は好戦的なものが多く、人間を襲うのです」

「でも一体くらいなら……」

そう言おうとして言葉が止まる。

後ろから同じ魔物が現れたのだ。

数体、いや数十体と現れる。

そして先頭の一体が咆哮ほうこうを上げる。

まるでそれが戦闘開始だと言うように、ゴブリンたちは一斉に駆け出し人々を襲いだした。


村人たちが逃げようとするが、すでに村を包囲しているのか様々な場所からゴブリンが現れる。

雑踏。

悲鳴。

破壊音。

子供の泣き声。

ゴブリンの雄たけび。

村は息つく間もなく、惨憺せいさんたる有り様に陥った。


一体のゴブリンの背後に男がくわを持って近づいているのに気付いた。

その男の顔は怒りに歪み、攻撃する機会をうかがっていた。

男はゴブリンの間後ろに立ち、勢いよく鍬を振り下ろす。

打撃音。

頭を殴られたゴブリンはそのまま前に倒れ、動かなくなる。

そしてそのゴブリンの体は急に崩れだした。

体全体から黒い砂がこぼれる。

やがてゴブリンの倒れたところには黒色の砂と棍棒が残っているだけだった。


男は振り下ろした鍬を構えなおそうとするが、次の瞬間、男もそのまま倒れこむ。

おとこの背後に三匹のゴブリンが立っている。

ゴブリンが男の頭を殴ったのだ。

ゴブリンは男を囲み、棍棒で何回も殴打する。

男はなんとか逃げようと体を起こそうとするが、別のゴブリンが男の背中に乗り棍棒を振るう。

男は救いを求めるように手を上げるが、しばらくして力尽きたように地面に落ちた。


「やめろ、やめてくれ!」

気がついたら僕は叫んでいた。

胸の奥から吐きそうになるのを抑えて叫んでいた。

何も見えないように頭を抱え座り込み、何も聞こえないように大声を出す。

しばらくその体勢のまま恐怖から震えていた。

女神は何も言わなかった。


やがて気分が落ち着いてくると、地面はさっきのように白い床に戻っていることに気づく。

のろのろと顔を上げると壁も天井も白い床に戻っている。

「落ち着きましたか?」

女神が僕をいたわるように声をかける。

「この世界の現状を伝えたかったのですが、もう少し穏便に行うべきでしたね」

そう言って、女神は僕に椅子に座るように促し、言うがままになっていた。


「魔物たちは先ほどのように村や町を襲い、人を殺しています。魔の領域に近いいくつかの村や町はすでに滅ぼされてしまいました。魔物たちは勢力を伸ばしていき、このままだと人間が滅んでしまいます。勇治、どうか私たちを救ってください」

「……僕には無理だ」

言葉は自然に出てきた。

先ほどの映像で異世界セフィリアの存在や、その世界が危ないということは大分信じられるようになった。

だからこそ、世界を救うなんて大役は僕にはできない。


「僕には無理だよ、こんなこと。それに魔王を倒したいなら自分で倒せばいいじゃないか!」

言葉に思わず熱が入る。

「女神なんだろ! 僕を呼び寄せるとか、魔法とか不思議な力があるなら、自分でやればいいじゃないか?」

女神は悲しそうにうつむく。

「それはできないのです。私の力で直接この世界に干渉することはできません。ある程度、間接的でないと力を発揮できない、だからあなた――勇治を呼んだのです」

「……僕には無理……、無理だ」


僕だってできることなら、人を助けたい、人を死なせたくない。

だけど、僕があんな魔物と戦えるわけないじゃないか。

そしてその親玉である魔王を倒すなんてとてもできやしない。無理に決まっている。

「どうか、あなたしかいないのです。私たちを助けてください」

「嫌だ。こんなところは嫌だ! 返して! 僕を元の世界に返せよ!」

怒っていた。もう何もわけがわからなくて、頭の中が混乱して、怒るしかなかった。

色んなことが起こりすぎて、頭痛がして頭を抱え込んだ。


なぜ自分がこんな目に遭わなければならない。なんで自分が魔王退治なんかしなければならない。

そんなものやりたい人がやればいい。

僕は、僕は家に帰りたい。僕の世界に帰りたい。

父さんと母さんに会いたい、友達に会いたい。


     †


沈黙が続いた。

僕は頭を抱え込んだままテーブルに突っ伏す。

女神は何も言わず、僕の言葉を待っていたようだったが、しばらくして口を開いた。


「しょうがない、ですね」

やっと諦めてくれたと思い、ほっとする。

「これは最終手段だったのですが……」

僕は慌てて頭を上げる。

最終手段? 一体何の話だ?

とにかくこの最終手段というのは僕にとって何か良くないものというのはわかる。

警戒して女神を見るが、女神は悲しそうな表情をするだけだった。


「勇治。これを見てください」

その言葉で再び白い壁、床、天井が消え、映像を映し出す。

何か嫌な予感がして、目を逸らそうとする。

しかし、見覚えあるものが目に入り込み、固まる。


「ここって、僕の街……?」

それは僕がいつも高校へ行くための通学路だった。

赤いポストに、パン屋の看板、規則正しく並べてある街路樹がいろじゅ

僕の世界の光景だった。


「一体、なんで……」

女神の方を振り返ったとき、信じられないものを目にする。

女神の後ろのその二人は歩いていた。

『勇治、今日の体育の授業ってなんだっけ?』

『マラソンじゃなかったけ』

『マジかよ、めんどくせーな。なんで長い距離をちんたら走らなきゃなんねーんだよ』

僕と友人の力石昴りきいしすばるが歩いていた。

二人ともそれぞれ学生服を着て、学生鞄を持って肩を並べて歩いている。


なんだ? これは?

「ドッペルゲンガー……?」

もう一人の自分という奴だろうか。

『どうせならバレーとかバスケとかしてーなー』

『昴はいいよな。運動神経抜群だし』

いや、違う。この会話、聞き覚えがある、ような気がする。

『どうせならバレーとかバスケとかしてーなー』

『昴はいいよな、運動神経いいし。体育のチーム決めでは女子にモテモテなんだろ』

『女子にモテモテって、あのなー』

昴の言葉が唐突に切れ、目線が一点に止まる。

『おい、あれ危なくねーか?』

昴の目線の先には一台の大型トラックが走っていた。

トラックはふらふらと左右に蛇行し、何度も歩道の縁石にぶつかる。

僕はこの映像を食い入るように見ていた。

この光景にひどく見覚えがある。

そしてトラックは大きくカーブし、映像の中の僕と昴に向かって突っ込んできた。

『「危ないっ!!」』

映像の中と外の僕の声が重なった。

そこからの映像はまるでスローモーションのように感じた。

映像の中の僕は昴を突き飛ばす。

肩にかけた鞄は宙を飛ぶ。

昴はトラックの進行方向外へ押し出され、植え込みに倒れようとしている。

そして、突き飛ばした体勢のまま僕に大型トラックが迫る。

――轢かれる!!

そう思ったとき、時間がピタっと止まった。


「あ……、あ……」

……思い出した、思い出した。

いつもの登校中、トラックが突っ込んできて、それから急に光に包まれて……。

そして、

そして、

「……僕は……死んだのか?」

独りごとのように言葉がこぼれた。

「いいえ、死んでません」

女神が僕の言葉を静かに否定する。

「勇治、あなたはトラックに轢かれる直前、その時間から切り取ってここに召喚しました。あなたをこのまま元の世界に返すと、そのままトラックに轢かれて、死んでしまうでしょう」

「………………」

言葉が出せなかった。

このまま元の世界に帰ったら、死ぬ?

死んでしまう?

もう何を考えていいか、何を言っていいかわからなかい。


「……もし、もしあなたが魔王を倒すことができたら」

女神は続ける。

「あなたが元の世界に戻っても、私の魔法で運命を変えてあげましょう」

「うん……めい」

「ええ、トラックに轢かれて死ぬ運命からです。傷一つなくというのは難しいですが、二、三日で治る簡単な怪我程度にすませることはできます」

「………………」

「さあ、どうしますか?」


女神は僕の答えを待つように沈黙する。

このまま元の世界に戻って、トラックに轢かれて死ぬか。

もしくは命をかけて魔王を倒し、生き残るか。

ほとんど選択の余地がない、二択だった。

だけど答えを言い出せない。

もし言ってしまったらその運命が決定づけられそうで、言い出せなかった。

声を出そうとすると、胸が痛み、喉が詰まる。

だから声を出すときには、力を込めて、絞り出すように言わなければならなかった。


「魔王を倒す。魔王を倒せばいいんだろ!」

ほとんどヤケになっていた。

女神は僕の顔を見て、悲しそうに俯く。

「脅すようなマネをして、申し訳ありません。ごめんなさい、そしてありがとう」

女神は両手を胸の前で合わせる。

「勇治、それではあなたをセフィリアに導きましょう」

合わせた手から光があふれ、だんだんとそれが大きくなっていく。

彼女が手を離すと、光の球が浮かび、部屋全体を照らしていた。

「あなたは“セフィリア”で一人の少女に出会うでしょう。彼女は良き案内人となってくれるでしょう」

「少女って、そんなこと言われても、その子は一体どんなやつなんだ?」

「会えばわかります。彼女があなたを導いてくれる」

光の球はどんどんおおきくなり、その光に体が飲み込まれていくのを感じる。

光は眩しさを増し、僕は目を開けることさえできない。

今から“セフィリア”に行く。

だけどそこに行く前にどうしても女神に聞かなきゃいけないことがある。

光で姿だけではなく、音までかき消されそうに感じ、大声で叫ぶ。

「なんで、僕なんだ!」

ずっと疑問だった。

「魔王退治なんてふさわしい人間なんてたくさんいる! もし別の世界の人間が必要だっていうなら他にもたくさんいる! だけどなんで僕が! なんで僕が選ばれたんだ!」

もう何も見えない。

体が軽くなる。宙に浮く感覚。

遠く遠く、女神から離れていくのを感じる。

頭もぼんやりしてきた。

薄れていく意識の中、声が響く。

「それは」

女神の声だ。

「あなたにしか魔王を倒せないからです」


……僕の意識は途絶えた。



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