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世界が平和たらんことを切に願う  作者: 赤色ぼっち
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第八話 「どうしたら償えるんだろうね」

「……君、京介君! 大丈夫!?」

 玄関から庭先を飛び越え道路の端まで吹き飛ばされた京介は、そんな真冬の呼び声で目を覚ました。体を起こそうと力を込めるだけで全身が痛み、神経が締め上げられるかのような痛みが走る。さらに口の中いっぱいに鉄の味が広がっている始末だ。

「……ああ、何とか生きてる。お前は怪我、ないか?」

「もう、心配ばっかり掛けないでようちの男どもは! 京介君にまでもしものことがあったら、私は……」

 真冬は言葉を切り目元を拭った。


「私は、おかげ様で動けなくなるような怪我はしてないわ。京介君が庇ってくれたからね。蜘蛛がどうなったかは分からないけど」

 真冬は右肩を痛めたのか、左手で押さえながら立ち上がり、爆発の余韻を残しながら目の前で燃え続けている公民館を仰ぎ見た。京介も体を起こし、今しがたの大爆発を思い出す。

「……もしこれで生きてたらびっくりだな。まったく開発部のやつら、安全面を考慮して作ったとか言いながら、どんな威力だよこれ。何てもん持たせてくれてんだ」


 ほんの数時間前、みどり丘に来る前に手榴弾を手渡してくれた仲間の姿を思い浮かべてぼそりと呟く。もしこれが暴発でもしていたら人間の体など木端微塵だ。腰のポーチの中にはもう一つ手榴弾が収められているだけに、ぞっとする。


 だが今回はその予想以上の威力のお蔭で助かったのもまた事実だ。これほどの爆発でなければ大量にいたあの蜘蛛を一掃することはできなかったかもしれない。ただし、こちらも死にかけたので非常に業腹なのだが。


 しかし、みどり丘に入ってから感じていた疑問は解消された。

 この村に入ってから妙に静かだと京介は思っていた。他の生物の気配がないと。しかし今なら分かる。あの大蜘蛛、あいつが原因だ。奴らは一定のテリトリーの中で生活するが、もし“みどり丘全体”があの蜘蛛のテリトリーだったとするならば、納得はいく。京介らがあの部屋に入ったとき、部屋の窓は大きく開け放たれていた。そこから出入りして村の中で狩りを行っていた可能性は充分にあるだろう。京介達は運悪く、その蜘蛛の巣の中に迷い込んでしまったというわけだ。

 しかしともかくだ。


「今回も、何とか生き残れた」

「そう、ね。京介君が手榴弾のピンを抜いた時はさすがに死ぬかと思ったけれど。それに、真司君が……ね」

 その言葉にはっとし、京介の表情も変わった。

「……俺の責任だ。あの時真司を一人で向かわせたから」

「別に京介君のせいじゃないでしょ。私たちはいつもと同じようにやってた。真司君が死んだのは、彼自身の責任。だからこれは、私の気持ちの問題。それより今は早くここを離れましょう。さっきの爆発で他の生物が集まってくるかもしれない。虫ならともかく、動物が来たらまずいわ」

「……だな。こんなところで死ねるか。絶対生きて帰るぞ」


 ここで死んだ仲間を英雄にするか犬死にとするかは、残された自分たちの行動で変わる。無論、真司を犬死にで終わらせるつもりなどない。


 そう口には出さず京介は焼け崩れていく廃墟を背にして静かに歩き出した。あれだけの炎では雨でも降らない限り火の手は止まらないだろう。じきに周囲の家々にも燃え移る。そして燃えれば燃えるほど、京介たちの身は危険に晒されていく。危険とは炎に巻かれることではなく、灯りに他の生物が集まってくることだ。さっきの爆発のこともある。もしも近くに動物がいたならそろそろ集まってくる頃だろう。あまり悠長に話している場合ではない。


 二人は一刻も早くみどり丘を脱出するべく、早足でこの場を後にした。





「何で、こんな世界になっちゃったんだろうね」

 三人で来た時とは違い、橙色に彩られた住宅街の一角を二人で歩きながら真冬が小さく呟いた。時刻は深夜をまわった頃だろうか。元々こんな夜に行動していたのは暗闇に紛れ姿を隠すためだ。それがこれだけ赤々と照らされていればもはやそんな思惑は何の意味も為していない。そのため自然足は早くなり、少しでも遠くへと頭が危険信号を発している。

「さあな。そんなこと考えるのは五年前のあの日にやめたんだ」



 ――五年前、日本に謎の感染症が蔓延し、突如としてあらゆる生物が巨大化、狂暴化する事件が起こった。今まで可愛がっていた犬や猫、家畜だった牛や鳥、その他ありとあらゆる生物が感染し、人間に牙を剥いた。


 つまり、人を食うようになったのだ。


 それに対して、日本政府の対応は遅すぎた。対策が取られるよりも早く、大量の異常生物たちによって東京が強襲され壊滅的な被害を受けた。初めのうちは日本に介入し協力する姿勢を見せていた海外諸国も自らの国への感染を恐れ、次第に支援物資を寄越すだけとなり、今では月に一度食料や武器弾薬を届ける以外何の干渉もしてこない。それも上空から飛行機で落とすだけという徹底ぶりだ。そのため生き残った人々は誰に頼るでもなく、自らの力で生きるほかはなくなったのだ。


 感染した生物は人間を見れば問答無用で襲いかかってくるが、奴らは各々の縄張りを持っており滅多なことがなければそこを動かない。五年前、組織が作られる前はそんなことも分かってはいなかったのだが、夢前町に住む人々は感染した生物から逃れるために町の北端にある市の自衛隊駐屯地に避難した。そして保管されていた武器を使い、何十人、何百人もの犠牲を出しながら、何とか奴らの撃退に成功したのだ。おかげで駐屯地付近を縄張りとする奴らはいなくなり、そしてその生き残った人々の中で結成されたのが今の名前もない組織だ。京介や真冬が今の部隊に身を置いたのもその頃である。組織は自衛隊駐屯地の付近だけでなく、少しずつ奴らから土地を奪い返し、その日その日を命からがら乗り切る日々が続いている。


 この感染症は虫から動物、さらには植物にも感染するのだが、不思議なことに人間にはほとんど感染しなかった。しかしまったく感染しないというわけでもなく、過去に感染した人間は動物以上に狂暴な化け物に姿を変え、やはり人間を食いだした。発症する直前の症状こそある程度判明してはいるものの、感染する条件はまるで分かっていない。分かっているのは感染すれば元に戻す方法は一つもなく、被害を少しでも食い止めるために同じ人の手で殺すしかないということ。京介は早々に淡い夢は切り捨て生きることだけに専念してきた。五年前、化け物に姿を変えてしまった両親を自らの手で殺した、その時から。



「考えたって仕方ない。今の状況が変わるわけでもない。俺が考えるのはどうすれば生き残れるか、それだけだ」

「死んだ仲間の事は、少しも考えないの?」

「……考えずに済むなら、どんなに楽だろうな。それでも今の俺は隊長なんだ。死んだ仲間の事よりも生きてる仲間の事を考えなくちゃいけない」

 何気ない会話の中でそう言った京介に、真冬は小さく微笑んだ。


「優しいね、それに合理的。京介君らしいよ。でもそんな京介君だから私や真司君はずっと付いていってたんだけどね。もし私が死んだら、京介君はどうする?」

「愚問だな。俺は隊長だと言ったろ。その時は俺一人でも生き残る手段を考えるだけだ」

「ずいぶん酷い扱いだね」

「考える必要がないだけだ。お前はこんなところで死なない。当然、俺もな」

 先を急ぐべく話を切り上げようとした京介に、だが真冬は突然立ち止まった。

「どうした? 急がないと……」

 振り向いてそう言いかけた京介は、真冬の顔を見て口をつぐんだ。彼女の顔が何だか泣きそうに見えたからだ。


「……こうやって毎日毎日殺して、殺されて、それが当たり前になって。こんな生活数年前の世界なら考えられなかったよね。知ってる? もし人間が感染すると、急激に身体能力が跳ね上がるらしいよ。そして罪の意識がなくなって、生き物を殺すことに躊躇がなくなっていくって。もしかしたら私たちも……とっくにあの化け物と同じように感染してるのかもしれないね」


 どこか思いつめたかのような仲間の姿に、京介は何も言葉をかけることができなかった。とっくに感染しているのかも――それが、あまりにも的を射すぎていて。


 生きるために殺す、それは感染した生物と何も変わらないのではないか。今の世界で動物や虫が人を食うのは生きるためだ。人間がそんな生物を殺すのは、殺されず、生きるため。方向は違えど、生きるためという結論は何も変わらない。だとすれば最も性質の悪い生物は、己の都合で動物を殺す人間以外の何物でもない。京介には彼女がそう言っているように聞こえた。

 真冬の言葉は尚も続く。


「だから私、最近思うのよ。感染した生物がなぜ人間ばかりを襲うのか。それはきっと、食物連鎖の頂点にふんぞり返って調子に乗りすぎた、人間に対する罰なんじゃないかって。蜘蛛にしたって、今まで小さな虫を食べてたのに、突然人間を襲うようになった。だからこれはきっと許されない罪を犯した人間への罰なんだよ。どうしたら償えるんだろうね」


 人間が生きることは罪か。例え許されない過ちを犯してしまったとして、それを償っていくことはできないのか。理不尽だ。死ぬことそれ自体が償いだと? 殺されてしまえば償うこともできはしない。真冬の言っていることはそういう世界のことだ。それは違う。言わなければいけない。隊長としてではなく、西条京介という一人の人間として、氷堂真冬に。


「……そうだとしても、今を生きている俺達が殺される理由にはならないだろ。命は何の前にも平等だなんて綺麗ごとを言うつもりはないが、今の世界が天から下された罰で、俺達を殺そうとしてるのなら、そんな世界、俺は認めない。罪を犯した者は死ぬことでしか償えないなんて俺は思わない。どんなに腐った人間でも、気持ち一つでやり直すことはできるはずだろ? それでもお前はこの世界が嫌で、まだ泣き言を言うのなら、俺が聞いてやる。どんな奴が相手でも、俺が守ってやる。だからお前はこの世界で、俺の隣で最後まで生きてろ。惚れた女の一人くらい、隣に置いとく器量は持ち合わせてるつもりだ」


 真冬の言葉を待たずに京介は歩きだした。迂闊にも、告白ともとれる青い台詞を口走ってしまった自分を内心で恥じながら。今度こそ本当に話は打ち切りだ。

 呆気にとられたように固まっていた真冬も、すぐに顔をほころばせ嬉しそうな笑顔と共に走り寄ってきた。

「ねえ、今のは慰めてくれてたの? それとも愛の告白?」

「うるさい黙れ」

 真冬の顔を見ず素っ気なく言い返して気持ち足を速めた。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。こんな顔、絶対真冬には見せてやらない。

 真冬はそんな京介の心中など知ってか知らずか、さっきまでとは打って変わった真面目な声音で、


「……私は好きだよ、京介君のこと。この世界の誰よりも」


 目の前を歩く京介にも聞こえるか聞こえないかの小さな声。

 なおさら後ろを振り返ることができなくなった。






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