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世界が平和たらんことを切に願う  作者: 赤色ぼっち
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第二話 「死ぬまで戦い続けてやるだけだ」

 夢前町の中で〝みどり丘〟と呼ばれる地区は、山を削った丘の上にある。そのため村の入り口から最奥までは成人でも息が切れるほどの、かなりの急斜面となっている。広さ自体はそれほどでもないものの全ての家が密着して建てられているために、夢前町という田舎に分類されるこの町の中で、みどり丘は唯一の住宅街らしい住宅街といえるかもしれない。ただ、町の小学校までずいぶんと距離があるために、子供の足では通学に苦労を要するというのが珠に傷であろうか。しかし他所から越してきた者は新居を真新しい家々が並ぶみどり丘に構えることが多く、夢前町に存在するいくつかの地区の中では最も若者の多い場所でもある。そのため年に一度の秋祭りの時などには人数こそ少ないものの非常に盛り上がり、他の地区をも巻き込んで毎年一際大きく騒ぎ立てていたものだ。。


 賑やかさ、騒がしさ、すなわち活気。小さいながらも明るいこの村に住む人々は誰も疑うことなどなかっただろう。あの日もいつもと何も変わらぬ一日が始まると、誰もがそう思っていただろう。


「……くだらねえ」


 夢前町みどり丘、今にも崩れそうな廃墟と化したとある一軒家の一室に佇み、京介は“ほんの数年前まで自分が住んでいた村”の姿を思い出して舌打ちをこぼした。毎日自宅の布団に潜り込み目を閉じれば必ず明日を迎えていた、今では遠すぎる日常の姿を。


 しかし脳裏に浮かんだ全ての記憶を、すぐに彼方へと押し返す。今や自らの手で掴み取らなければ明日を迎えることができなくなったこの世界で、昔の思い出など邪魔なだけだ。捨て去ってしまわなければ、今の世界では生き残れない。生き苦しいというべきか。戦場において、躊躇いなく引き金を引くためには自らの感情、心をも氷のように凍てつかせ純粋な機械になっていなければならない。それがどんなに理不尽なことでも、どんなに非人道的な行いであったとしても、どこまでも冷静に状況を見極め常に最善の選択を取り続けなければならないが故に。


 それを徹底しているが故に、京介は一兵士として図抜けて優秀であるといえた。


 京介は今自分がいる場所、昔の活気など見る影もないほどに廃れてしまった民家の一室を見渡し、もう一度舌打ちをこぼした。この部屋はおそらく子供部屋だろう。特にそれらしい物が置かれているわけではないが、子供部屋というものは何となくそれと分かるものである。学習机であったり、少しサイズの小さいベッドであったりと。だが今この部屋はそんな部屋の主の個性など微塵も窺わせないほどに、荒れ果てていた。それはこの部屋に限らずこの家、いや、みどり丘全体がと言った方がいいかもしれない。人の手が入らなくなり徐々に廃れ朽ちていった建造物を廃墟というのなら、今のこの村はまさにそれにあたる。家の壁には無数のヒビが入り、窓ガラスなどは割れていない方が珍しい。怪獣にでも踏みつぶされたかのように原型を留めていない民家もある。廃墟というよりも、廃村といったほうがしっくりくる有様だ。


 一つの世界が滅んでいく様を前に、人間は何もできなかった。京介がその内心で抑えきれない憎悪を抱いているのは、滅び行く故郷を前に何もできなかった自身に対してだ。世界に異常が起きたあの時、何かできることがあったのではないかと、そう思わない日は一日たりとてなかった。何もできないくらいならいっそ希望を捨てた時に自分も死ぬべきだったのではないかと、そう考えたこともある。

 だが現実とはどこまでも皮肉なもので、次々と仲間たちが倒れていく中、京介は今もこうして戦場のど真ん中で隊長として戦っている。


「なら、死ぬまで戦い続けてやるだけだ」


 子供部屋の扉を閉めながら、誰にともなくそう呟く。およそ数年ぶりに訪れたこの土地に何か感じるものがあったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。どちらにしろ、そんな感慨はとうの昔に捨ててきたものだ。今さら拾ってこようなどとは思わない。


 極力音を立てぬよう気を配りながら廊下の端を折れ下へと続く階段を下りる。誰が住んでいるわけでもなく、すでに廃墟と化しているので当然土足である。そこかしこから吹き込んでくる隙間風を服越しの肌で感じながら、踏めば壊れてしまいそうな階段を静かに進む。一階に下りるとリビングの扉を開き部屋の中へ。最初この家に入った時に確認したが、他の部屋と同様ぐちゃぐちゃに荒れているだけで使えそうなものは何もなかった。当然、誰も居はしない。


(この家もハズレ、と)

 念のためにリビングだけでなく、キッチン、和室と隣接している部屋を覗いてみるが、はじめに見た時と同じ、人の姿どころか元の形のまま保たれている家具がほとんど存在していない。冷蔵庫や米の貯蔵庫と思われる物が特に酷く損壊していることから、おそらくは“奴ら”に食い荒らされた後なのだろう。だとすればこれ以上の探索は無意味だ。


 京介はリビングで無造作に転がっているテレビの上に腰掛けると、懐からタバコの箱を取り出した。今では数の少ない貴重な物資だ。一本を箱から抜き取り口に咥え、ジッポライターで火を点ける。タバコを吸っている僅かな時間が戦いを常とする毎日の中で、心休まる数少ない時間と言ってもいいだろう。


 現在京介および、真司、真冬の三人が廃墟となったみどり丘に来ているのには勿論理由がある。それは未調査区域みどり丘の探索兼、“奴ら”の撃滅の為である。


 ここは夢前町の数ある地区の中でも危険地帯に挙げられているために、まだ村に調査の手は入っていない。ならば当然、ここには“奴ら”がいる。それでも無理をしてここまで来たのは武器や弾薬、そして食料にも限りがあるためそれらに余裕があるうちに捜索を行い、可能ならば食料その他必要物資を持ち帰る、という判断が生き残った人々の間で為されたからである。その重要な任務に現在三人という少数で臨んでいるのは、この土地の危険度数が不明だからという点が大きい。


 以前、未知の地区に大多数の捜索隊を派遣した際、一人も帰ってこないという事件が起きた。そしてその捜索隊は後日、派遣された村で全員が変わり果てた姿となって発見されたのだ。今回少数精鋭で臨んでいるのはその経緯を踏まえての判断である。故に、そのメンバーに選ばれた京介ら三人はただの兵士ではない。生き残った人々で結成された組織、その中に存在するいくつもの部隊の中でも五本の指に入る、まさに指折りの戦闘部隊。主に夜を活動の主軸におき町に蔓延る“奴ら”を影の中で殺す、その一芸に長けた暗殺部隊なのだ。その性質上、今回の任務に京介ら以上の適役はいないだろう。


 京介はタバコのフィルターに口をつけると、明かりのない室内にゆっくりと紫煙を吐き出した。中空に漂う青い煙を眺め、暫しの間燻らせる。だが腕につけていた時計に目をやると、短くなったタバコを投げ捨て立ち上がった。靴の裏をまだ燻っているタバコに押し付け火を揉み消す。


 今は京介と真司が別々の建物の捜索を、外では万一に備えて真冬が見張りをしている。彼らが取り決めている捜索時間は一軒につき十分。そしてすでに京介がこの家に入ってから九分が経過している。真司もじきに出てくるか、もしくはすでに外で待機しているはずである。


 ここには食料も使えそうな物資も何も残っていなかった。ならばここにはもう用はない。長居すればするほど危険度数は上がっていくということを、兵士なら誰もが自らの経験で知っている。


 廃墟に踏み入る時には警戒しながらも、誰かが生き残っているかもしれないと淡い期待を抱いているにも関わらず、いつも出るときはあっさりとしたものだ。

 自嘲気味にそんなことを思いながら京介は廃墟と化したその家を後にした。その背中は二階の子供部屋の時のように、一度として振り返ることはない。


 期待と失望。それらを呑み込み何も感じないよう努めるのが、この世界で生きていくコツなのだ。





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