第一話 「……絶対に、生きて帰るぞ」
あなたのSF。
S・F。サバイバル・ファイト。
これを読んでくださる方がいらっしゃるのかは甚だ疑問ですが、もし読まれて、少しでも楽しい気分になってくださればこれ幸いです!
一応気にはしているのですが、設定等、少し粗いところがあるかと思います。辛口可ではありますが、優しくご指摘くださると、心臓の弱い私にとってそれに勝るものはございません……。
西暦二〇XX年。ここはとある田舎町、夢前町。この町は迫る都会の影響を受けておらず、どこを見てもあるのは山と畑のみ。申し訳程度に工場や住居が建て並んでいるが、それでも町で最も高い建築物が丘の上に建つ中学校という、ごくありふれた普通の町だ。
唯一他所に誇れるものと言えば、県内でも有名な清流、夢前川。町の中央を流れるこの川には夏ともなれば他県からたくさんの人が訪れ、バーベキューやらで中々の活気を見ることができる。
風の声と川のせせらぎだけが町が生きていることを証明しているかのような静かな町、夢前町。ここは誰がどう見ても平和そのもの。
――だがある日、この町に、この世界に――異常が起きた。
◇
季節も十一月ともなれば長袖が手放せなくなる程には肌寒い。ましてそれが夜ともなれば尚のこと。ここ、夢前町は冬の始まりを告げる冷たい風に覆われている。田舎であるため空気は痛いほどに澄んでいるし、夜空を飾る無数の星々が我も我もと圧倒的な光をばら撒いている。
しかし、だ。街のはずれの片田舎、都会の喧騒も届かぬような場所とは言っても夢前町を包む夜空の星は、あまりに多い。それは異様と言ってもいいほどに。不自然な点と言えばもう一つ。現在は日も暮れて、辺りは黒に塗りつぶされたように夜闇に包まれている。それ故に今が夜であることは疑いようもないのだが、それにしてもこの町は暗い。田舎であるということを差し引いても、だ。
だがそれらについての理由は簡単だ。今もこの町にいる者なら誰もが知っている。町のあらゆる場所にある民家に一切の明かりが灯っていないのだ。民家どころか各所に設置された外灯にさえも。暗いのも当然だろう。ただでさえ薄暗い田舎町であるのに、月明かりだけが唯一の光源というのではいかにも頼りない。空で光る大量の星を目にすることができるのもそのせいだ。町が暗ければ見える星も当然多い。空気が澄んでいることもそれに拍車をかけているだろう。
そしてどこにも明かりが点いていないのは、別に町全体が停電しているからというわけではない。至極簡単、人がいないのだ。
まだ時刻は午後七時前だというのに静まり返った住宅街を歩く者はどこにも見当たらないし、車道にも車一台走っていない。夢前町の人口はおよそ二万人だと言われているが、ここからは二万人どころか人の気配そのものが消え失せていた。
それはまるで、町そのものが死んでいるかのような。
そしてその死んだかのような町の中で、京介は物陰に身を隠し、息を潜めていた。
「……クリアだ、行くぞ」
できる限り声を殺し、少し離れた場所にいる仲間の二人に合図を送る。それを聞き取った仲間たちは小さく頷き、素早く移動して次の物陰にまた身を隠した。
どのくらいの間そうやって移動を繰り返しただろうか。少しずつではあるが、確実に前には進んでいる。今自分たちが置かれている状況を考えれば用心しすぎるということはない。走って物陰に滑り込みクリアリング、そしてまた走り物陰に。そんな気の遠くなるような行動を何度も繰り返す。最低限の会話しか交わさず月明かりのみを頼りにして静かに、だが確実に歩を進めていく。
京介はじっとりと滲んだ汗を背中に感じながら、手にしたアサルトライフルを握りしめた。
《AK‐47》、ベトナムで生まれた突撃小銃。発射速度、毎分六百発。有効射程距離、およそ六百メートル。ベトナム戦争を皮切りに数々の戦争、紛争で重宝され、そして今自分の手の中にずっしりとした重さを与えてくれている無二の盟友を見つめ、知らずの内に笑みが零れた。
そうして村の半ばまで来たころであろうか、京介の前を行っていた仲間の一人が家と家の間で立ち止まり、後ろを振り返った。年は京介と同じ二十歳、男だというのに肩下まで伸びた髪を一本にくくりつけ、上下に暗い紺の軍服を纏い銃を担いでいる。どちらかというと白衣の方が似合いそうな佇まいに理知的な雰囲気、眼鏡の下のつり眼が特徴的なその男、真司は言葉を発することなく左手を小さく振り、こちらへ来るように指示を寄越した。その合図に京介たちは一度周囲を確認してから素早く駆け寄る。目的の場所に到着したのだ。
「ここまでは無事に来られたね。これも京介の的確な指示があってこそだよ」
真司から掛けられた賞賛の言葉に、京介の頬が小さく緩んだ。
「そんな事ねえよ。俺たちみたいな若い小隊が生き残ってるのは仲間が優秀な証拠だ。隊長なんざ名乗ってるのが恥ずかしいくらいだぜ。それに、まだ任務は始まったばかりだ。こんな所で……」
「気を抜くんじゃねーぞ、でしょ?」
そう言って京介の言葉を引き継いだのは、三人の中で唯一の女性である真冬だ。腰まで届きそうな長い黒髪をポニーテールにし、同じく紺色の軍服に袖を通している。年は京介よりも一つ下の十九歳、しかし年少でありながらもその実力は男二人に引けをとらない。頭のいい彼女は京介率いる小隊の参謀的な役割でもある。
真冬は京介の言葉を先取りしてやったとばかりに得意顔でにっこりと笑った。対する京介は苦笑いで答える。
「……まあ、そういうことだ。分かってるなら気を引き締めろ」
「あいあいさー。隊長様の言うことには逆らいませんよー」
あくまで茶化す真冬の頭をはたき、笑って見ている真司の方へと振り返る。
「真司、この辺りの地図を出してくれ。バカは放っておく」
「りょーかい」、という間の抜ける返事と共に真司からこの辺りの簡単な地図が渡される。前から常々思っていたのだが、この二人にはどうも緊張感が足りない。
京介は手渡された地図の所々につけられた赤いバツ印に目を走らせ、それを現在地と照らし合わせた。地図につけられたバツ印は今自分たちがいる場所で途切れている。それを確認し、無意識に目を細めた。
「……ここから、だな」
先ほどのふざけた様子とは打って変わり、京介含む三人の空気が緊張感を孕ませる。こうした時の切り替えの早さは我が部下ながらさすがだ。伊達に多くの死線を潜り抜けてきてはいない。
暫しの沈黙をもたせた後、京介は口を開いた。
「間違いない。ここから先はまだ調査の手が入っていない。正真正銘の未開ってやつだ。何が出てくるか分からない。何が起きても、不思議じゃない」
「だから僕たちが調査するんだ、偵察隊として。何が起こるか分からないなんて織り込み済みだよ」
肩に下げたアサルトライフルの重さを確かめるようにガチャリと構え直しながら、真司が言った。
「僕たちがこうして前線に出て、調査を重ねて、“奴ら”を殺す。そうして安全を確保していくからみんなが安心して暮らせるんだ。誰かがやらなきゃならない。その役目が自分に回ってくるなんて光栄だね」
どこか誇らしげにそう語る真司に、真冬も頷いた。
「私たちが戦い続けることで生き残ってるみんなの希望になれるのなら、命を懸ける価値はあるわね。大丈夫、今回もきっと何とかなる」
それは楽観だ、喉まで出かかった言葉を京介は飲み込んだ。空っぽの笑顔を向ける仲間に、否定の言葉を投げることは簡単で、だが声にはならなかった。
しかし京介が言葉にするまでもなかったかもしれない。それは真司も真冬も、分かりきっているだろうから。それでもそんなことを口にしたのは……。
仲間の言葉の意を汲み、京介は小さく苦笑を零した。このまま何事もなく帰れるはずがない、そんなことはここにいる全員が理解している。なぜならここは今まで誰も立ち入らなかった未調査区域なのだ。文字通り、何が起きるか分からない。全員が無傷で無事帰還できる保証などどこにもない。今の世界はそんなに都合よくできてはいない。この町がこうなってしまってからいつだって現実は厳しく残酷だ。優しかったことなど一度だってありはしない。頭ではそんなこと、とっくの昔に分かっている。だが、それでも――
「……そうだな、このまま何事もなく済めば万々歳だ。少し話しすぎた、そろそろ行くぞ。できることならこんな場所、一秒だって長居したくない」
周囲への警戒を強めながら京介は歩き出した。後ろは振り返らない。
銃の弾薬を確認しながら二人も京介の後を追う。
「私たちが戦うことは無駄じゃないんだよね」
真冬がぽつりと呟いた。例え今日生きて帰ることができなくても、戦い続けることは無意味ではないのだと、まるで自分自身に言い聞かせながら。
現実がどれほど非情だろうと、不合理に満ち溢れていようと――それでも、望まずにはいられないのだ。笑顔と希望が確かにあった、優しい世界を。そんなものはもう存在しないと頭ごなしに否定してしまえばきっと耐えられない。心がその重みで潰れてしまう。
――だから彼らは乞い願う。
このまま何も起こらないことを。平穏無事に調査を終え、誰一人欠けることなく生きて生還できることを。それが儚い幻想であるかもしれないことを頭の奥では理解しながら。しかしそんな後ろ向きな考えを抱いていては、いざという時に邪魔になる。雑念はそのまま死の可能性に直結する。故に彼らは感情と思考とを切り離し、さながら機械のように暗い闇が支配するこの世界で戦い続けるのだ。
「……絶対に、生きて帰るぞ」
そう、心に誓いながら。