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世界が平和たらんことを切に願う  作者: 赤色ぼっち
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第十一話 「お前は、俺が殺してやる」

 殺してやる。それを意識した途端、京介は自分の中で爆発しそうな何かが疼いた気がした。その意識の高揚に耐え切れず、痛みを訴える四肢を強引に動かしその場に立ち上がる。たったそれだけの動作なのに手足が重い。まるで鉛でも入っているかのように。たったそれだけの思考をするのに頭が熱い。焼き切れてしまいそうなほどに。そしてそれ以上に、耳鳴りが酷くて何も聞こえない。


「あああ、ああああ……!!」

 遠くで誰かの声が聞こえる。それが自らの慟哭であると気付いても、溢れ出る感情の奔流を抑えることは、京介にはできなかった。


「ああああああああああああッ!!」

 ――俺達はいつまでこんな事を続けなければならない? 生きて、泣いて、笑って、戦い殺して、殺されて。それでもまだ戦って。親が死んでも友が死んでも、仲間が殺されても、俺はなぜ戦っている? なぜ生き長らえている?


「何がお前の背中は任せろだ、何が守ってやるだ……!」

 涙は流れなかった。そんなものはとうの昔に枯れ果てている。だが仲間の死を嘆き涙を流すことすらできない自分が恨めしく、それがまた京介の首を絞める。


「何が隊長だ、何が優秀な兵士だ……!」

 そんな肩書は何の役にもたたない。仲間一人、好きな女の子すら守ることができない。

 大蜘蛛は京介の呟きに反応するかのようにその身を起こした。蜘蛛の口、鋏角にはべっとりと赤い血と肉が滴っている。それまで真冬が倒れていた場所には捨て置かれたようにズタボロの衣服と銃器があるだけで、その体は原型など留めてはいない。そこにあるのは散らばった肉と、内臓。


 それを見て京介は口の端を強く噛みしめた。なぜこの蜘蛛に銃もスタングレネードも効かなかったのか、今なら理解できる。


 最初の蜘蛛に遭遇したとき、京介はナイフを振るった。その時は殺すことこそできなかったものの、甲殻に傷を作ることはできたのだ。だが次第に、ナイフは効かなくなっていった。銃にしてもそうだ。真冬がアサルトライフルを撃った時、最初は甲殻をえぐり動きを止めることができた。だがすぐに弾が直撃してもまったく効果をみせなくなった。ここから京介は蜘蛛が進化していると仮説を立てたのだが、それだけではなかったのだ。


 さっき京介は二匹の蜘蛛から逃れるために最後のスタングレネードを使った。公民館の中で真冬が使用した時にはかなりの効果があったため有効だと判断したのだ。閃光弾は見事に蜘蛛の眼前で炸裂し、視界を奪うことに成功したものとして二人はその場を離れた。


 だがあの時、本当に閃光弾は効いていたのだろうか?


 京介も真冬も光が消える前に走り出したために確認はしなかった。だがもしも京介の推測が成り立つならば、二匹の内一匹には効果がなかった可能性がある。もしこの蜘蛛がその場で適応、進化しているだけではなく、〝耐性〟を作っていたとしたら。公民館の中にいた蜘蛛は一度使用していたことによって、閃光弾に対して耐性をもっていた可能性があるのだ。


 だとすると話は簡単だ。京介が閃光弾を投げて走り出した直後、あの蜘蛛はその後を付いてきていたのだろう。そして屋根の上にでも跳び上がり、獲物が隙を見せるのを待っていた。後ろを振り返ったところで蜘蛛がいないのは当然だ、視界を奪われてなどいなかったのだから。京介は蜘蛛が一匹消えていたことに気付きながらも、思考を放棄し背中を向けてしまったのだ。その安易な行動が今の最悪の結末へと繋がっている。つまり何のことはない。話は単純にして明快。


 ――全部、俺のせいじゃねえか。


 もっと早い段階で蜘蛛の特性に気付いていたなら、少なくとも真冬が命を落とすことはなかった。ナイフにしろ銃にしろ閃光弾にしろ、そうと分かるピースはいくつも転がっていたのに。生きることに急いて、見誤った。取り返しのつかないミスをしてしまった。真司と真冬はもういない。たった一度の判断で二人の姿を見ることは永遠に叶わなくなってしまったのだ。それが隊長の責任だと割り切ることは簡単だ。背負うべきものだと切って捨てることも。しかし仲間の死に対して、京介はそこまで非情になることはできなかった。


 真司は全身を無数の肉片へと断割されて。真冬は首から上を吹き飛ばされ、原型すら残さぬほどに食い荒らされて。二人とも京介の目の前で死んだ。手を伸ばせば届く場所で。今まで仲間の死は幾度となく目にしてきたが、そんな光景を目の当たりにしながら兵士としての理性を保つことなど、できるわけがなかった。


「……もう、いい。お前は、俺が殺してやる」

 今さらどうしたって生きて帰ることはできないだろう。銃は効かない、仲間もいない。一人で逃げ切れるとも思えない。

 蜘蛛は頭を上げて体をぐるりと反転させると、赤い眼で京介を睨みつけるように対峙した。さっきまで蜘蛛がいた場所に真冬の姿はもう存在しない。赤い血だまりが残っているだけで、体は一片たりとも残っていなかった。それでも蜘蛛はまだ食い足りないのか、八つの眼を不気味に光らせながら京介を捉える。見逃してくれる気など微塵もないらしい。


 心配しなくても、逃げようなんて気はさらさらない。仲間二人を殺されて自分だけ助かれるなんて思っていない。死人に口なし、二人は京介が死ぬことを望んでいないだとか、生温いことを言うつもりはないが、どうしたって今の状況は変わらない。京介の意志など関係なく、状況はもう決定してしまっているのだ。


 生きて帰るのが不可能なら、この蜘蛛に一矢報いてやる。

 蜘蛛は上体を反らし、腹部を大きく持ち上げた。もう二度もその動作を目にしているために、それが何を意味するかはよく知っている。あと数秒もすれば撃ち出される糸の塊によって、京介も仲間と同じ運命を辿ることになるだろう。そんな未来を想像すると不意に、本当にごく自然に笑みが零れた。


 これだけ同じものを見ていれば、どれだけそれが速かろうと避けられる。だがここで最後の手榴弾は使わない。どのみち耐性を作るこの蜘蛛には効かない可能性もあるが、それ以上に、今使えば自分も死ぬ。それは困る、それじゃあ気がすまない。


 どうせ最後だというのなら、好きなようにやらせてもらう。

 その瞬間、頭の中が急激に燃えるように熱くなり、京介は自らの内側で黒い〝何か〟が激しい音を立てて燃え上がったような気がした。


 ――くる。





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