第零話
日が沈み始めた、夕刻。もくもくと空を漂う入道雲。町の中心を流れる川。広がる閑静な住宅街。その全てがオレンジ色に染まった世界の中、京介は走った。
畑に囲まれた畦道を突っ切り、急勾配の丘を駆け上がる。頂上、そこから一望できる町を見下ろしながら、足を止めることなく、跳ぶ。家屋の屋根に飛び移り、前に転がることによって衝撃を殺す。止まることなく再び走り出し、屋根の上を飛び移りながら一直線に前へ、前へ、前へ。
両の手には二丁のサブマシンガン。それらを手放すことなく、京介は風のように走り続ける。
しばらく走り続けて、微かな悲鳴が耳に届いた。
――近い。
そう確信して地を蹴る足に力を込める。
もっと速く、速く、速く!
今やはっきりと聞こえる悲鳴、人々の逃げ惑う声。一人や二人ではない。もっと大勢のそれだ。
前方にそびえる一際大きな建物の壁を駆け上がる。柵に手を掛け身を翻し、屋上にふわりと着地する。降り立った三階建ての建物、その目の前は公園だった。悲鳴はそこから聞こえている。
沈む夕日が血のように赤く染まっていく中で、しかし、その公園はもっと深い、暗い赤色に染まりきっていた。
そこに転がる――“人の形を成していたもの”。そして、人をゴミのように壊していく、“奴ら”。
京介の中の何かが激しい音をたてて崩れていく。両手で握った銃を強く握り締めた。
許さない。
それ以上何も考えることなく、京介は飛んだ。そしてそのまま狙いを定め、トリガーを引き絞る。甲高い銃声が辺りに響き渡り、血飛沫を巻き上げた。
生き残っていた人々が空を仰ぎ見、歓声をあげる。「助けがきたぞ」、「もう大丈夫だ」。口々にそう言い合い、京介に視線を送る。
着地の寸前、京介は体を捻り、できうる限りの衝撃を殺して地に降り立った。抑えきれなかった衝撃が鈍い痛みとなって全身を駆け巡るが、それら全てを無理やり押さえ込み、京介は“奴ら”を睨みつけた。
日本をぶち壊し、この地獄を作り出した元凶である、奴らを。
京介は二丁のサブマシンガンをその場に捨て去り、腰からふた振りのナイフを取り出した。
「……貴様ら、生きて帰れると思うなよ」
対峙する両者が動いたのは同時だった。
京介はナイフを振りかぶる。奴らを一匹残らず根絶やしにすることだけを夢にみて。