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サイレンが響く  作者: トーポリ
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プロローグ「怪鳥が舞う」

プロローグ「怪鳥が舞う」


遥か上空から唸り声が響く。悪魔のサイレンだ。

隣を歩いていた衛生兵のナイゼルがビクリと肩を震わせて、空を見上げる。やはり友軍のものとはいえ、このサイレン音には驚かされるらしい。

彼につられて空を仰ぐ。敵陣に向かって真っ逆さまに急降下する、一羽の鳥...いや、あれは飛行機だ。あだ名は『怪鳥』だが...

その『怪鳥』は一定の高度に達すると、機首を水平に起こし、V字形の逆ガル翼を翻し、ぐんぐん高度を上げていった。

一方の地上では、粉塵が上がっていた。『怪鳥』が落とした爆弾が炸裂したのだ。

「スツーカ!」

背後で死体漁りをしていた、まだ幼さの残る援護兵のヨーゼフが嬉しそうに言った。

スツーカ。本来は急降下爆撃機という意味だが、今では『怪鳥』ことJu-87爆撃機の愛称となっていた。

敵の直上から急降下し、爆弾をたたきつける。そうすることで正確で精密な攻撃を行うことができる。主に対戦車攻撃に有効な手法だ。ゆえにこの爆撃機はしばしば、対戦車攻撃機として扱われることもあった。

それがスツーカだ。

そして急降下時に発生する、独特の風切り音は、敵軍をして『悪魔のサイレン』と恐れられている。

そしてそれを操縦するパイロット達は、空軍の花形である戦闘機乗りにも引けを取らない栄誉を称えられる。

そんな彼らが眩しく見えてしまうのは、自分が傭兵という栄誉もなにもあったものじゃない立場だからなのだろうか。かつては夢見た、空を自在に舞うパイロット。だが、その夢も潰えた。今の自分にできることと言ったら、せいぜいスツーカが撃ち漏らした敵の敗残兵を狩ることぐらいのものだろう。

...考えたところで俺の仕事は変わらないか......。先ほどまでの考えを頭から振り払い、二人に声をかけた。

「二人とも、スツーカに見惚れるのはお終まいだ。先に進むぞ」

そう言って歩き出した。

あとの二人も「了解」と返礼して後に続いた。

瓦礫だらけの街を横切るのはかなり大変なことだが、俺も、他の二人も、もう慣れたものだ。傭兵になって一年間で、こうも変わるのか......そう思うと、先ほどのノスタルジックな考えが、再び頭をもたげた。皮肉なものだ、かつては空を飛ぶことを夢見、今では地べたを這いずり回る薄汚れた雑兵だ。諦めたつもりでいても、やはり未練は断ち切れないのか......驚いた、俺はこれほどまでに、過去に執着していたのか...

「...長!?......隊長!...ーボが......こっ......」

ナイゼルの声がよく聞き取れない......俺はそこまで思いつめているのだろうか?...それとも、聞き辛いのはこのプロペラ音が原因なのか?......プロペラ音...?......!?

ハッと我に返った。そのとき衛生兵が何を言っていたか理解できた。

振り返ってみると、こちらに向かって、高度を下げつつ接近する航空機が。先ほどのスツーカとは違う、直線的で太いフォルムの攻撃機...「ヤーボ」!敵だ!

敵攻撃機が機銃を掃射してくる。かろうじて地面に伏せた俺とヨーゼフは機銃弾の嵐から逃れられたが、反応が遅れたナイゼルは銃弾を受けて、弾け飛んだ。伏せた俺たちは散らばった衛生兵の肉片と鮮血を被ることとなった。

「...ッ!ナイゼル!?」

ヨーゼフが叫びに近い声を上げ、まだ原型をとどめているナイゼルの上半身に駆け寄ろうとする。俺はそれを引き止めた。

「よせ!やめろ!」

「隊長!でも、ナイゼルが!」

「無駄だ、もう死んでる!それより早く逃げるんだ!また攻撃してくる!」

「!」

こちらに向かって回頭したヤーボが再び攻撃を仕掛けてくる。俺と援護兵は別々の方向へ走った。

俺は崩れかかった建物の中へ逃げ、援護兵は近くの瓦礫の下へ隠れた。

「やめろヨーゼフ!瓦礫の下はダメだ!」

叫んだがもう遅かった。

ヤーボがロケット弾を打ち出した。

煙の尾を引きながら飛ぶそれは正確にヨーゼフの隠れた瓦礫に向かって飛翔し、瓦礫ごとヨーゼフを吹き飛ばした。

爆風と瓦礫の破片が、俺の隠れている建物まで飛んできた...だがナイゼルのときのように血飛沫が飛び散ってこなかったせいで、ひどく現実味がなかった......ナイゼルとヨーゼフが死んだ。ともに一年間、傭兵として戦ってきた、生き残ってきたのに...それがこうもあっさりと...

俺の責任だ...俺がくだらない考え事に夢中になっていたせいで...ナイゼルの言っていたことに反応できなかったせいで......

ふと、建物の中にあるものを見つけた。それはおそらく友軍の兵士のものと思われる死体だった。彼が倒れている近くの壁には幾つかの穴があいている...きっと俺たちと同じようにヤーボに襲われ、反撃の暇もなく死んでいったんだろう...だが、そんなことよりも、俺の意識は死体の手に握られたものに注がれていた。

パンツァーファウスト...我が軍が採用している携行対戦車兵器......それを見たとき、俺の頭の中に、酷く無謀で自暴自棄な考えが浮かんだ。このパンツァーファウストで、ヤーボを撃ち落そうと......通常ならそんなことは考えもしないだろう。だが、このときの俺はどうかしていた。まともに判断できるような状態ではなかった。

死んだ友軍の兵の手からパンツァーファウストをもぎ取って、今はもう、なにも聞こえていない彼らに向かってこう言った。

「借りて行く...仇はとってやる...!」

パンツァーファウストを片手に建物の窓からそっと外の様子を伺った。ヤーボはまだ獲物を探して上空を旋回している。一人撃ち漏らしたことをわかっているらしい。なかなか腕のいいパイロットだ...だが死んでもらう!ナイゼルとヨーゼフ、そして名も知らない友軍兵士の仇だ!

建物から飛び出して肩にパンツァーファウストを構え、上空のヤーボに狙いを定め、引き金を引いた。

ダチョウの卵のような弾頭が空へ向かって飛翔する。しかし、その弾速は遅い。ヤーボにはかすりもしない!そして今の攻撃で気づかれた。

ヤーボが機首をこちらへ向けた。

どうやら機銃で撃つつもりらしかった。

これから自分は死ぬのだと、自覚した。そうすると、不思議なことに涙が溢れてきた。この一年間、全く流さず、もう枯れてしまったと思っていた涙が......

「嫌だ...!...まだ死にたく無いッ...!」

祈るように放った、最期の言葉。


それを神が聞き届けたのかどうかはわからない。だが、結果として俺は生き延びた。

一機のスツーカによって、俺は救われたのだ...


...突然のことだ。こちらを射程に収め、いよいよ機銃を掃射しようとしていたヤーボが、火を吹き、空中でバラバラになってしまったのだ。

「!?」

何が起こったのかわからなかった。自分は死ぬのだとばかり思っていたために、事態に頭が追いつかない。

...!?...サイレンが聞こえる!スツーカ!

どうやら、先ほど見たあのスツーカのようだ。ヤーボを撃ち落としてくれたのは、あのスツーカらしい...

助かった、という実感を感じる間もそこそこに、スツーカは徐々に高度を落とし、やがて地面すれすれをこちらに向かって飛んでくる。おそらくは着陸するつもりなのだろうが、この不整地に着陸しようというのは、いささか無茶に感じられた。こちらを回収していってくれるのだろうか?

スツーカは2、3度地面を跳ねるようにしてなんとか滑走に入り、俺の目の前を通り過ぎて、10mほど先に停止した。

俺は無意識のうちに、スツーカに向かってかけ出していた。助けられた喜びは特になかったが、自分を救ってくれたパイロットの顔を一目拝んで見たいという、元パイロット志願者の本能がそうさせたのだ。

スツーカの真横に来ると、コクピットの風防を開けて、パイロットが顔をのぞかせた。

思っていたよりもずっと若い...多分俺と同じくらいの年齢だろうか...まあ、なんにせよ助けられたことへ対する礼をしなければならない。

「俺は『解放軍』の第七派遣小隊所属、最上定少尉だ。助けてくれたことに礼を言う!貴官の名前は?」

パイロットは、屈託の無い笑顔を浮かべると、誇らしげに答えた。

「俺の名はハンス!ハンス.ウルリッヒ.ルーデル少尉だ!」

To be Continued...


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