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騎士の誓い

 僕としたことがここ数日人助けばかりだな。とブッチャーはなんとなしに思った。ガラクシーをフラッシュバックの中から拾い上げ、それから行き倒れのナイツとかいう小僧。それからまた一人。

 だが、最後の一人は助かりそうにもなかった。

 ピットの乱雑する花畑を超え、緩やかな丘に差し掛かった直後だった。鬱蒼とした背の高い草藪に囲まれ、視界の極端に悪いポイントで、なるべくなら早めに抜けたい所だったのだが、そこで、見慣れた赤い飛沫が点在していることに気が付いた。

 それは紛れもなく血で、血の跡を追うのはブッチャーの長年の人生に置いて身に着いた習性の一つだった。悪癖と言っても良い。

 案の上、というべきか、そこで血だまりに倒れている男を見つけた。

フルフェイスのヘルムを被ったなんとも場違いな男で、そのヘルムの中からはおびただしい量の出血が見て取れる。鎖を編み込んだ鎧も無残に引き裂かれ、その腹からは肉が見えた。そして……そして、今や血に汚れ見る影もないが鎧に描かれた、竜を従えた王冠を被った騎士の紋章は、間違えようがなく、ヘイムズ騎士団の紋章だった。

 とはいえ、もちろん、眼前の男がヘイムズ騎士である筈がない。彼らは三年も前に、国を守ることも出来ずに消えていったのだから。

 ヘイムズ騎士の忘れ形見くらい、どこにでも落ちている。もっとも、まともに使用に耐えうるものは少ないが。大方、それを拾った再開拓者だろう。

「誰か、いる、のか」

 今にも消え入りそうなか細い声で、男が言う。僅かに顔を上げなにかを探すように首を振った。

「……誰か」

「喋るな、傷は……まぁ、深くは、ない」

 気の利いたことの一つも言えやしなかった。

「人? ……本当に、人か?」

 この地でなら、人以外のモノに声を掛けられることも珍しくはない。騎士らしいその男は既に眼が見えていないらしく、疑るかのような様子だった。

「僕は再開拓者のブッチャー。ただの通りすがりだが……まぁ、信じてもらう他ない。立て……ないよな……くそ、すまない、正直に言うと……君は……助けられそうにない。なぁ、なにか僕に手伝えることはあるか? 名前は?」

 そう尋ねた後、少しの静寂。それから予想外の反応が返ってきた。

 空気が漏れるかのような、小さな笑い。瀕死の男の笑い声など、普段ならゾッとする所だったが、それはヘイムズの陰鬱さと戦うような快闊さもあった。

 それから呆気にとられる間もなく、嗚咽が漏れた。騎士の正装をしたその男は、恥も外聞もなく泣いている。滂沱の嗚咽だった。

「長い……永い旅だった」

「なぁ、大丈夫か? その」

「聞いてくれ、通りすがりの方、そして伝えてくれ……伝えて……王に……それから、民達に。私はヘイムズ騎士団のヴィクトール、きっと最後の……だけど、最後まで戦ったんだと、それを……伝えてくれ、王の為に、この国の為に、それから民の、家族の為に……騎士団の名誉の為に、闘って、しかし敗れたと……」

 つかえつかえながらも、ヴィクトールを名乗った男は淀みなく言った。予め言うべき言葉を考えていたかのような調子ですらあった。

「ヘイムズの騎士だと?」

「しかし、誰もが騎士として、最後まで……最期まで……みんな、ゆうかん、だった……そう、伝えて……ありがとう、通りすがりの方、きいてくれて……ありがとう……君のおかげで……私たちのたたか……いが……無駄に……ならずに……ありがと……魂を救ってくれて……このために、いきながらえ……」

 男は明らかに朦朧としていて、もはやこちらに語りかけているのか、宙に言葉を投げかけているのか判らない有様だった。しかしだからと言って、語っている内容までもが、夢物語というわけではなさそうだった。

 すぐには男が言っていることが飲み込めず、唖然とする。男の言っていることが真実だとしたら、恐らくは彼こそが探し求めていた、魔王来訪の生き証人だった。

 三年もの間、どこをどう旅してきたのか? 他の人々はどこに消えたのか? 様々な疑問がいっぺんに頭を過るが、それを尋ねた所で答えが返ってくるとは思えなかった。伝えて、伝えて……と男は呟き、かぼそい呼吸がみるみる内に小さくなっていく。

(伝える……誰にだ……)

 今や、この地に、彼が守ろうとしていた民も王も居ない。騎士団の勇敢な最期など、今更誰が興味を持つものか! ブッチャーは心の底で絶叫を上げた。それどころか外つ国では、ヘイムズ騎士団など、何一つを守れずに消えていった脆弱な騎士達として嘲笑の的でさえあった。

(誰にだ、何を……お前が守ろうとしていたものなんて、ここにはなにも……全て無駄だったのに)

 なぜ、会ったばかりの他人の死にここまで動揺しているのか、自身には全く心当たりがなかった。だが、実際に動悸が激しくなり、心の臓が痛み始める。動揺していることそのものに動揺し、怯えていることに怯え、男から逃げるように一歩後ろに下がった。

 そしてそれ以上の暇はなかった。後方から、がさり、と草藪を踏み仕切る音が聞こえ、

血を追う悪癖を持ったモノが自分一人ではないことを思いだし、ハっとする。

 直進――。獲物を見つけた獣のように、というよりは、まさにそのままに、それは一直線にこちらに向かってきた。血の匂いに招かれ、肉を食らう為に。

(グール! こんな時に!)

 そして迎え撃つ準備は、なにもかもが一歩遅れた。まず、動揺の所為だろうが、いつもよりも僅かに斧を構えるのが遅く、それから草むらから飛び出してきた悪臭漂うその異形をその眼で確認した後、斧を振るうのも僅かに遅れた。

 痩せ細り、骨と皮だけの、血走った眼をしたその怪物――グールは、いや、グールと呼ぶことによって、今までなんとなく正当化していたが……その怪物は明らかに、ヘイムズの民のなれの果てだった。

「ぐ……! 畜生めが!」

 グールが、絶叫を上げ一直線に飛び掛かってくる。間合いが合わずに、斧の切っ先はするりと抜けられ、慌てて膝を繰り出す。

 膝に、枯れ木をへし折ったかのような感触が伝わる。確実に、胸骨をぶち折ってやった。グールが唾と涎を撒き散らして、地面に倒れこんだ。

 当然、その隙は逃さない。斧を振り上げ、頭に目がけて振り下ろしたが、グールは人とは思えない機敏な動きで地面を跳ね、その場から離脱していった。

 殺しそびれた……が、ともあれ一呼吸する間は出来た。大きく息を吸い、相手を正面から見据える。落ち着きさえすれば不覚を取るような相手ではない。

(ヴィクトールとやらは生きてるか?)

 流石にグールから目を逸らすわけにはいかず、背後に居る筈の騎士が生きているのか、それとも既に息絶えたのか、それすら判らなかった。

(これが、今のヘイムズの有様だ、ヴィクトールとやら。貴方が守ろうとした者は、みな消えたか、僅かに残った者はみんな正気を失って人食いになっている。この地に居るのは、今や僕らのようなハイエナばかり。そして、ますますこの地は狂っていくだろう。だけどそれは、それは決して、ヴィクトール、貴方の力が及ばなかったわけではない、決して、それだけは……)

「誓って伝える、ヴィクトール」

 畜生め、僕は嘘吐きだ。だけど聞こえていてほしい、ブッチャーはそう毒吐く。



流し斬りが完全に入ったのに……

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