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幼年の空想時代

 命を救ってもらった礼を言う時間くらいあるものだとなんとなく思っていたものだが、既にブッチャーは砦を去っていた。話によると、砦に戻って半日の休憩すら取ることなく去って行ったらしい。

 彼を良く知る人物は砦にはいなかった。どこから来たのか、なにをしに来たのか……いや、それを言うなら、この地にいるほぼ全ての人間がそんなちょっとした謎を秘めた人物ではあるが、それにしても秘密主義の王様のような男、というのが周囲の人間の見解だった。

「身の軽い根っからの一匹狼と言った感じですね。しかも、この地をよく知っている。知り尽くしている。知り過ぎているというほどのものでもないですが……彼を追うのですか、きっと追いつけませんよ」

「どうかな、俺だってこの場所は知ってるぜ。うっすらとだが覚えてる」

 物見ヶ丘と呼ばれている丘のことも覚えている。裏ドア砦の西に位置する背の高い丘で、その頂上からはヘイムズ王城の全体像が見て取れた。

 場所は判っている。

「それは十年前の話でしょう。人間の世界だったヘイムズの話でしょうに。だけどまぁ、貴方はこの地を見て回る必要があります。なにが変わったのか、なにが変わっていないのか、可能な限り正確に知る必要があります。ブッチャーを追いましょう」

「以外に乗り気なんだな」

「実際、好都合です。ブッチャーは貴方の記憶にあるような古い記憶の地図ではなく、最新の地図を持っています。どこが危険で、どこが安全に歩けるか、幽霊の出る沼地、幻覚が多発する道、幻聴が常に耳の後ろに付いて回る草原、エトセトラエトセトラ。彼の精神にタッチした時、その地図がちらりと見えました。恐ろしく正確なものです。彼から奪いましょう」

「何を言っている」

「彼はグールに殺されたことに」

「……そういうのはなしだ」

 期待していたわけではなかったが、ディアボロはやはりこちら側の住人ではない。

「良心が咎めるというのなら、一つ警告をさせてください。ブッチャーというあの男ですが、私の見解では、悪と定義できる人間です。彼は気まぐれで命を救うこともあるようですが、彼が生きていることで失われるものの方がよっぽど多いのですよ」

「悪の定義だって! 三流の詩人だってそんなこと言いださないぞ! いったいなんだって彼を殺すように誘導しようとするんだ。彼に恨みでもあるのか」

「彼の人格に重大な欠点があると言っているだけです。まぁ、おいおい判るでしょう。それに私がいるかぎり、彼に貴方へ手は出させません。今はお好きにどうぞ」

 それから、ふてくされたかのように、静かになる。奇妙な旅の伴侶もいたものだ、とナイツは肩を落とし、それから西に向かって歩き出した。

(人間の世界だったヘイムズか)

 今は違う。しかし何者の世界なのだろう。

(ディアボロ、お前らのような何者か、なのか?)


「まず、四季が死にました。知っていますかナイツ。いま貴方が無常に踏み散らかしている花は、通常、この季節に咲く花ではないのです。暖かな時期だけの、か弱い花です。貴方は躊躇わず踏みますが」

「俺を攻めるように言うなよ、道はあっている筈なんだ」

 唐突に広がった花畑に差し掛かったタイミングで、ようやくディアボロが口を開いた。

 紫色の、小さな花だ。名前は知らない。足元にはそればかり咲いている。かわいらしくはあるが、全く季節外れのもので気味が悪い。

「止まって、前方、右手前、花畑が唐突に途切れているのが見えますか」

 忠告に従い、足を止める。確かに、一面の紫に唐突に乾いた地面が見えた。

「再開拓者の連中は、あれをピット、と呼んでいるようです。あの周囲だけ、わずかに空気が歪んでいるのが判りますか? あれには決して近づかないでください」

「見えるが、ありゃなんだ? 危険なものなのか?」

「具体的に言うと、あれに触れると身体が二つに折れて死亡します」

「……どうしてそんなことが起こるんだ」

 いっそ恐怖は感じなかった、呆れてしまったほどだ。幼稚な悪夢だ。天を衝く魔王に、過去の幻影に、幽霊に、グールに、人が折れて死ぬ空間、子供の見る悪夢そのものだった。

 ドラゴンが出た、という噂話も聞いている。

 その昔、幼いころ、寝物語として聞いていた人外魔境の伝説や民話、魔法や奇蹟の類がグロテスクにこの地に息づき、そしてそれらは、浸食するかのように力を増している。

(魔法か)

 孤児院時代の苦々しく、色あせかけていた思い出に唐突に色が付いていく感覚だった。まだモノを知らない時には、魔法と呼ばれるそれは、いっそ身近なものだった。

 それは確かにあった。それこそ、直ぐ隣に、いつも。

 カーノン。血の繋がらない妹。孤児院の家族。彼女がこっそりと見せたあの秘密の技法。

しかしなんとなく忘れていた思い出。

 それらは歪んだ、子供心に捏造された記憶だと思い込んでいたが、今ではハッキリと、見せつけるかのような形でそれらは正体を現していた。

(俺も確かに、それを持っていた気がするんだが)

 信じがたい思い出の一つとして、自分自身が魔法の力の一片を扱っていたような気さえする。カーノンに教わったものだが、具体的にどう教わったのかは覚えていない。

(あれらは全て真実だったのか? 俺の妄想じゃなく?)

「難しい顔をしてどうしました? 考え事ですか?」

 ディアボロが尋ねてくる。

「あん? いや、昔のことを思い出して……、口に出さなくたって判るんじゃないのか? 俺の心が読めるんだろ?」

「タッチの技術は呼吸とは違います。むしろ、多大な労力と集中力を伴うものです。平素ではオフラインに設定しています」

「オフ? お前がなにを言っているか判らない」

「疲れるから使っていない、ということです。だから、旅の最中、貴方に黙られると、私は退屈します。よければ、その思い出話を聞かせてくれませんか? 私によく似ているという、その妹さんのことも?」

 言った所で信じやしないか、笑いものになるのがオチさ。常日頃、幼年時代の思い出を尋ねられた時に心を過るその言葉が、今日はむしろ酷く滑稽だった。

 この地では、それが受け入れられる。

 そしてナイツは、生まれて初めて、永遠に封印しているつもりだった筈の秘密の一端を口にした。

「俺達も魔法使いだったのさ」



長らくさぼってめんぼくない。

ネット環境復活したので再開しまっす。

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