グール狩り
「ブッチャー! 久しいな! うん? 酷いことになったもんだが、お前は無事だと思っていたよ、なんとなくね!」
ベアはまさに熊らしい恰幅の持ち主で、のしのしと大股で近づいてきた。大きな手を広げる姿は、まさに獲物に食いつかんとする熊だ。ベアハッグ、と仲間内に揶揄される敬意と友情のハグは力強く、ブッチャーは常にご遠慮を願っていたが、今回ばかりはそうもいかなかった。
「仲間が大勢死んだ。クラウディスとガラテアのことを聞いたか? 二人は物見ヶ丘でバラバラに引き裂かれていたらしい。二人だって判ったのが奇蹟だ。いい奴らだったのに、本当に……残念だ」
「ああ、残念だ」
良い奴らだった、本当に、同感だ。口うるさい二人組だったが、今ではもう彼らの口うるささが懐かしい。だが、ここでは良くあることだ。
「二人に神のご加護を。くそ忌々しいフラッシュバックにヘイムズめ。一体ありゃなんだったんだ、最悪なのはいつものことだが、今回は最悪に最悪が乗っかってきやがった」
「もっと悪くなるかもな。底なんてないかもしれん」
いや、ないだろう。ここに底なんて。
「止めてくれ、お前が言うと現実になりそうだ。それより、彼は?」
ベアはガラクシーに目を向け、それから両手を広げた。ベアハッグの構えだ。
「彼はガラクシー。王城に行きたいそうだ」
「そうか、もちろん歓迎するよ」
ベアの容赦ないハグにガラクシーは顔を引きつらせ、ガラクシーはかすれた声でよろしくとつぶやき、それから急いた様子で言った。
「ありがとう、私に出来ることはなんでもする。だが、いつ出立なんだ? 一体何人いるんだ?」
その質問にベアは顔を曇らせる。
「今はまだ、今回の件でドタバタしてな。人も減っちまった。ガラテアとクラウディスが……くそ、彼らが居ればよかったんだが」
「居ない人間を居ない居ないと言ってもしょうがない……失礼。とにかく、ベア、彼を頼む。もしかすると後でナイツって小僧が来るかもしれないが、よければそいつにもハグを食らわせてやってくれ、僕はもう行くぞ」
自分が急いているのが判る。悪癖が顔を出していた。ガラクシーとの仕事は果たした。だからここからは僕のお楽しみだ。ガラテア、クラウディス、バラバラ、物見が丘。つまり、僕の仕事だ。
「二人の死体は物見が丘だったな? 間違いなく?」
「ああ、そうだが、行くのか? 少しくらいゆっくりしていけよ。お前に話があるんだよ」
「ブッチャー? どこへ?」
ガラクシーが尋ねて来る。
「あなたとの仕事は、まぁ、果たした。及第点だっただろう。僕は僕でやることがある」
やりたいことがある、に訂正するべきだろうが、今は一刻も早くこの場を離れたかった。子供のようにお楽しみに興奮する姿は見られていて愉快ではない。
「物見が丘に行くつもりか」
ベアがずばり言い当ててくる。
「そうだ。二人の仇討ちさ。悪いか?」
「二人というと、ええと、ガラテア君とクラウディス君? だったか? 彼らは……」
「フラッシュバックにやられた後、グールに食われたのさ。そうだろベア?」
「恐らくは。二人はあそこをうろついているグールを追っていった筈だったから……確かに化け物にうろつかれちゃ、俺達だって困るが、なにもお前がやらんでも」
「グールというと、あの、御伽噺の?」
ガラクシーが当然のことを尋ねて来る。
「本物のグールだ。いつも腹が減ってて、死体を食う。たまに自分で料理をすることだってある。僕のメインの仕事は始末することで、道案内じゃないんだ、悪いな」
殺す。
結局のところ、それがブッチャーの人生で、それこそが良い人生だった。
そして趣味は一人でやるに限る。それがブッチャーの美学のひとつだった。