魔都ヘイムズ3
しばらくは静寂が続いた。ガラクシーは眠ったのか、と思った矢先に、再びガラクシーが口を開く。
「私はずっと以前、ここに来たことがあるんだ」
教会の静謐な雰囲気がそうさせているのか、どこか告白めいた口調だった。
「……フラッシュバックの中でもそう言っていた。聞かないほうがいいのかと思っていたが」
「いいんだ。言わせてくれ。いや、聞いてくれ。当時の私は貧乏学生で、貧乏なのは今でもそう変わらないが、とにかく、様々な場所に旅行に行く気力があった」
(旅行に行くだけの金もあったのさ)
僻みじみた考えがふっと浮かんだ。が、すぐに自分自身に対する嫌悪感も浮かんでくる。
「隣国のナの国が、ヘイムズへの侵略準備を推し進めていた時勢だったな。私も半分はナ人だが……だがまぁ周縁部はのんきなものだった。いや、生活は苦しかったんだろうが、努めてのんきに過ごしていたな。気候は寒いが、人々は暖かい、そんな国だった」
不思議と、この地にいると昔話を聞く機会が多いな、とブッチャーは考える。郷愁を駆り立てる何かがあるのだろう。ブッチャー自身、思い出したくもない過去も、美しいままにしておきたい思い出も、度々頭を過った。
「そこで祭りに参加した。よそ者の、それも半分はナ人である私も、彼らは容易に受け入れてくれた。妻ともそこで出会った」
「奥さんが居るのか?」
「居たんだ」
悔恨の声。
「娘も居た。幸せな家庭というものを、私なりに築いていた」
「なぜ……いや、すまない。だが聞いていいか?」
一般的な幸せな家庭というものには興味があった。
「病気と、病気から娘を守ることが出来なかったという悔恨からだ。妻は自殺した。そして今、私も、きっと時間をかけた死の道を歩いている。だが、ブッチャー、私は……笑わないで聞いてくれ、ここにあると聞いてのこのこやってきたんだ」
「なにがだ?」
「失ったものを取り戻す方法が」
「死んだ人間が生き返るとでも?」
「ああ、そうだ。いや、きっと私も本音では信じていない。本当は、それが無いことを確認しようとしているのかもしれない。だがもし……もし、それがあるのなら」
ブッチャーは、それを否定できなかった。彼自身、ヘイムズの王城に何が待っているかなど、想像すらできない。だが、口に出して否定はできないまでも、心の内では違った。
(そんなものはないよ、ガラクシー)
「王城に行くには、その、危険な橋を渡らないといけないというのは確かなんだな?」
「それは確かだ」
「では、橋まででもいい。ブッチャー、私をそこまで案内してくれ。むろん、報酬は払う」
「貴方の自殺を手伝うつもりはないぞガラクシー」
ブッチャーは厳しく言い放った。
「じっくり、時間をかけて進むんだ。そんなものがあるにせよ……僕は、すまないが、ないと思っている。だが、焦ることはない。それとも、なにかの事情で時間がないのか?」
「いや、私は、残りの人生を捧げることにしている」
ガラクシーは、迷いなくそう言った。捧げる、とはゾっとする響きだった。
「ではなおさらだ。橋を渡って、帰ってきて、消えた男の話をしただろ? 僕がそいつを探しているとも? それに、どこかの馬鹿が橋の攻略の為に、また人を集めている。もっと言ってしまえば、誰もが、貴方が目指す場所に行こうとは目論んでいる。貴方が一人でやる必要はないということだ」
勇気づけるつもりで言ったわけでもないが、その言葉はガラクシーが聞きたかった言葉らしい。そうか、と微笑み、それからようやく横になった。
「少し眠るよ、見張りの交代の時間になったら起こしてくれ」
「ああ、いい夢を」
(再会の夢を)
ブッチャーは朝が来るまで起こすつもりはなかった。痩せた学者は明らかに疲れていて、今にも風に攫われそうな様子だった。彼には休憩が必要で、僕は慣れている。そう判断した。
そして長く寒い夜を独りで過ごしていると、例外なく、故郷もなく彷徨い続けた自らの半生がぼんやりと、思い出という形で蘇ってくるのだ。今まで、全くの、例外がなく。
ファンタジー的手続き、世界観の説明を続行中。
ファンタジーって難しいですねぇー。