第二十三話
目の前の巨大なゴブリン、『ゴブリンキング』と睨み合いをしながら俺はモンスターの縄張り争いを舐めていたことに改めて後悔していた。
周りではナキオを中心にエルフたちが無数のゴブリン達と死闘を繰り広げていた。火が、水が、風が土が、雷があらゆる属性の精霊魔法がゴブリンシャーマンによって強化されたゴブリンどもを蹴散らしていくが数が多く一向に減る様子がない。
視力を強化された後衛ゴブリンは遠くから弓矢で狙撃をしてくる。若い男のエルフが風で矢を吹き飛ばし、別の女エルフは土を隆起させ即席の盾を作り凌ぐ。そして炎槍が、雷槍が後衛ゴブリンを木ごと打ち抜き、焼き払う。
傷ついた仲間を水の精霊魔法が使える者が次々と傷を癒して回るがそれでも怪我人は絶えない。
仲間であるはずのゴブリンを蹴散らしながらナキオに近づくゴブリンは成人男性ほどの身長で鎧を身に着け、両刃の大きな両手剣を振りかぶる『ゴブリンロード』。振り降ろし、切り上げ、突き、払い。目にも止まらに速さで振られる両手剣にナキオは回避することしかできない。
(怖い)
ゴブリンキングの重圧に膝がカクカクと勝手に笑ってしまう。全身からは不快な汗がどっと噴き出し顎を伝う。
(でも、やらなきゃ)
このまま放置しておくには危険すぎる。
(よし、いくぞ……)
左手で剣の使を握り直し深紅の炎を纏わせる。黒い霧は右腕に纏わせ攻撃・防御のどちらにも即座に対応できるようにしておく。
左足を後ろに引き刺突の構えを採る。深紅の炎は次第に量を増していくが、増えていくそばから凝縮され輝きを増していく。
「……準備はできたか、バケモノ」
俺のつぶやきにこたえるようにゴブリンキングは大きく咆哮する。空気がビリビリと震え鼓膜を叩く。大木のように太い足をドシドシと動かし俺を叩き潰そうと迫ってくる。
「!!吹き飛べぇ、『滅焼撃』ーーーーー!!」
左足を大きく踏み出し、炎剣を突き出すと同時に圧縮された紅炎が前方、ゴブリンキングに向かって解き放たれる。視界が真っ赤に染まる中俺は、爆炎を突き破って突撃してくるゴブリンキングに向かって駆け出した。
ゴブリンの縄張り争いが発覚してから三日。ゴブリンによる被害が増加し始めていた。調査によるとエルフの里から北にあるゴブリンの集団が東のゴブリンの縄張りに侵入し荒らし始めたらしい。ゴブリン達の争いは比較的里に近いところで行われているため警戒するだけでは足らず本格的に殲滅しようとする動きが高まってきた。
ゴブリン殲滅戦には百名ほどのエルフが参加する。もちろん俺も参加する予定だ。三十名ほどが里の近くで争っているゴブリンを、残りは北のゴブリンの巣をつぶしに行くことになる。現在は北のゴブリンの巣を少数のエルフたちが探索し発見したのでそろそろ出撃だろう。
詳しい位置を聞き、北のゴブリン殲滅戦は始まった。
滅焼撃を受けたゴブリンキングは多少のダメージを負ったようだが足に乱れは見られない。ゴムが焦げたような臭いが広がっていく。
「グオオォォォォォォ!!」
唸り声を上げながら直径二メートル、長さ三メートルもある巨大な棍棒を横なぎに振るう。
「あぶね!!」
ブオォォォン!!
喰らえば一撃でミンチになるであろう一撃を俺は屈むことで躱す。頭上では巨大な棍棒が唸りを上げながら通過すしていく。棍棒には腐った肉やカピカピに乾いた血がこびりついている。俺は再び駆けながら剣に光を纏わせていき今度は叩きつけられた左手を大きくジャンプすることで回避しそのまま左腕を肩から切断を試みる。
『斬光剣!!』
だが斬る感触はまるで固いゴムのようで斬光剣は骨まで届くことは無かった。
「ガッアァァァァァァァ!!」
肩からは真っ赤な血が噴水のように吹き出していく。ゴブリンキングの着地した俺にゴブリンキングは振り向くことなく左足を後ろに蹴りだす。
俺は慌てて右腕の黒い霧をタワーシールド型に展開し、身体強化を右腕に重点的に掛ける。
ガアァン!!
「ぐぅ……」
衝撃は思っていた以上に強く右腕だけではなく肋骨にひびが入ったようだ。
すぐに雷を剣に纏わせ刺突の構えをとる。
「ぅらあぁ!!」
蹴りだされた左足に雷剣・突を突き出す。ゴムのような皮膚を、重い巨体を支えるための筋肉をそして骨の半ばまで雷剣は貫く。だがまだ終わりではない。属性を雷から炎へ変更。
「千切れろぉぉぉぉぉぉ!!」
刺さった状態から滅焼撃を放つ。外からではなく中からの爆発。当然左足は膝から下を失いキングゴブリンは激痛からバランスを崩し前のめりに倒れる。俺は滅焼撃の反動に耐えきれずに後方に吹き飛ぶ。
「痛ぅ!!」
右腕はあちこち折れ、左腕は滅焼撃の影響で皮膚が裂けてしまっている。とりあえず治癒魔法を発動させる。
周りを見るとゴブリンの数がようやく減り始めたようだ。ナキオが両手剣を振り切って隙を見せているゴブリンロードの頭を半分吹き飛ばし休む間もなくゴブリンを蹴散らしていく。一部のエルフたちは倒れたゴブリンキングに精霊魔法を浴びせている。ゴブリンキングが死ぬのも時間の問題だろう。
「……よし。もう大丈夫そうだな」
両腕が問題なく動くことを確認し、俺はギブリンキングにとどめをさしに行く。
それからすぐにゴブリンキングが死に、王を失ったゴブリンどもは森の奥に逃走していった。
こうしてゴブリン殲滅戦は終わりを告げたのだった。