第十三話
兄さんと晃さんがいなくなって一ヵ月が経った。二人が失踪してすぐに神崎家と佐藤家は警察に届けを出した。しかし得られたのは一つの証言。
『空間に裂け目ができて吸い込まれた』
訳が分からなかった。空間に裂け目?証言が出たと聞いて、伺ってみればそんな証言ともいえない妄言だった。一月経ったが二人は見つからなかった。
「兄さん…」
私の兄、和馬のことを思い浮かべる。今、どこで、何をしているのだろう。危険な目に遭っていないか。食事は摂れているのか。…生きているのか。
兄さんと晃さんは小さいころから仲が良かった。家が近所で小さいころは私を含め三人でよく遊んでいた。
兄さん達が小学校、中学校に入ってから兄さんは晃さんと比べられていた。勉強も運動も人徳も…何もかもを色んな人から比べられ悔しがって隠れて努力していたことを私は知っている。それでもその差は縮まることはなかった。それでも兄さんはあきらめることはしなかった。
高校に入学してからも比べられていたようです。
兄さん達が失踪したことはすぐに広まっていきました。しかし晃さんの心配はしても兄さんの心配をしてくれる人はあまりいませんでした。なかには兄さんのせいにする人たちもいました。
「兄さん…」
無意識につぶやく。最近はいつもこうだ。
一体どうしてこんなことになったのでしょう?兄さんは何も悪いことはしていません。努力を欠かさず、私が困っている時はいつも助けてくれる優しい兄でした。
「はぁ…」
私はため息をついて立ち上がります。沈んだ気持ちを紛らわすために散歩でもしてこようと決めた私は玄関に向かう。元気のない両親に散歩に行くことを伝え、外に出た私は適当に歩き出す。
「兄さん…」
また無意識に呟いたそのとき私の腕が後ろに強く引かれた。
「!!」
後ろを振り向くとそこには空間の裂け目のようなものがあった。
(空間の裂け目)
一つだけ出た証言。
(もしかして兄さん達はこれに…?)
私は抵抗しながら考える。このまま引きずり込まれれば兄さんに会えるのではないのか、と。
私は力を抜き抗うことをやめた。目を瞑り、呟く。
「兄さん…」
裂け目は私を吸い込むと何事もなかったかのように消えた。
人の気配を感じ目を開けるとそこには、晃さんが立っていた。
聖女として召喚されたのは和馬の妹の咲美ちゃんだった。僕と目が合い近づいてくる。
「あの、晃さんですよね?ここはどこなんですか?」
「僕もついさっきここに来たばかりだから詳しくはわからない。…ここはファルムという国で、僕たちはこの国の王女様の…」
僕は言いながらシルファさんを見る。
「彼女、シルファさんに僕は勇者として、咲美ちゃんは聖女として召喚されたらしい」
「晃さんが勇者で私が聖女…?一体どういうことですか?」
咲美ちゃんが聞いてくるが、ここでシルファが割り込んできた。
「ようこそいらっしゃいました、聖女様。私はファルム国の王女、シルファ・ファルムです」
シルファさんに挨拶をされ、咲美ちゃんは慌てて返す。
「あ、えっと佐藤咲美です。あ、あの聖女って何のことですか?」
「詳しい話はまた明日にしましょう、咲美様。お部屋を用意いたしますのでついてきてください」
シルファさんは咲美ちゃんの質問には答えず『召喚の間』を出ていく。
僕と咲美ちゃんは慌ててついて行った。
部屋に案内僕と咲美ちゃんは一目見ただけで高いとわかる椅子に向かい合うように座った。案内をしてくれたシルファさんはすでに部屋にはいない。明日、詳しい話をするらしい。
座って一息ついてから咲美ちゃんは口を開いた。
「あの、晃さん。兄さんはどこにいるのですか?」
「僕にもわからないんだ。今日僕が召喚されたときはいなかったんだ」
それを聞くと咲美ちゃんは首をかしげた。
「今日?一ヵ月前ではないんですか?」
「一か月前?どういうこと?」
咲美ちゃんは一か月前に僕と和馬が失踪したという話をした。召喚には時間差があるのかもしれない。
「となると、和馬はまだここに来ていないだけなのか?」
「…晃さん。兄さんは無事ですよね…?」
咲美ちゃんは泣きそうになりながら呟く。きっと一か月前からずっと和馬のことを心配していたのだろう。
「大丈夫だよ咲美ちゃん。和馬はきっと無事さ」
そう、あいつはきっと生きている。和馬は僕の親友なのだ。死ぬはずない。
そうだろ和馬?