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【完結】氷の王太子の秘密の温室~引きこもり令嬢が、絶対零度の愛に染まる『ただひとつの花』になるまで~  作者: 藤原ライラ


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7.あなただけの花

 リリアーナを見つめてシルヴィオが微笑む。

 それはまるで、春風が吹いて分厚い氷が全て溶けていくようで。

 ふわりとやわらかな笑みだった。


「私が一番、好きな花だ」


 この人の目に、わたしはこんな美しいものとして映っていたのだろうか。


「そんなにつらい思いをしたのに、君は今日、ちゃんと夜会に来てくれた。適当な理由をつけて断ることだってできたのに」


 シルヴィオが少し屈んだ。


 ああ、そうだ。いつも彼はこうやって目線を合わせてくれる。

 ちゃんと、わたしを見てくれる。


「リリアーナ」


 底知れぬ闇を打ち払うような声が、己の名を呼ぶ。


「そもそも比べるようなものではないと思うが。君は目端が利くし、人の為に言葉を選んで口にできる人だ。それは紛れもない、得難い美点だよ」


 小さなこの両の手を、彼はぎゅっと握る。


「誰にも劣ってはいない。私が保証する」


「わたしは、わたしを知らないだけ……」

 青い瞳は、確かな強い意志を持って頷いた。


 名前のある花。

 誰かに選んでもらえるものにずっとなりたかった。


 それを全てシルヴィオが教えてくれた。


 大きな手がリリアーナの頬を拭っていく。自分はまだ泣いていたのか。その指先はどの花に触れる時よりも繊細で、やさしかった。


「すみません。もう、大丈夫ですから」


 これは悲しい涙ではないけれど、いい加減もう泣き止まなければ。これ以上、シルヴィオに迷惑を掛けてはいけない。


「大丈夫、か」


 それでもどうしてだろう。涙が止まらない。ごしごしと顔を拭っていたら、仏頂面に手を引っ張られてそのまま腕の中に囲い込まれた。


「君の『大丈夫』は信用ならない」


 澄んだ水辺のような匂いがする。シルヴィオが好んでつける香水なのかもしれない。


「気が済むまで泣くといい。だいたい君は我慢が過ぎる。もっと色んなことを好きにしていいんだ」


 胸板に手を置けばシャツ越しに、確かな拍動を感じる。それに合わせる様に、ぽんぽんと背中を叩かれた。


 この体温は、あたたかい。


 リリアーナが泣き止むまで、シルヴィオはずっとそうしてくれていた。


「もう遅い。送って行こう」


 やっと嗚咽がおさまったリリアーナの頭を撫でて、シルヴィオはそう言った。

 それが正しいのだとわかっている。けれど、離れたくなくてリリアーナはぎゅっと彼のシャツを掴んだ。


「……リリアーナ?」

 そうだ。だってもっと好きなようにしていいとシルヴィオは言ってくれたから。


「帰りたく、ないです」


 腕の中からシルヴィオを見上げる。

 見つめ合うと涙を見せても一切狼狽えなかった青が、ぐらりと揺らいでそっぽを向いた。


「ああ……それは、構わないが」


 いつも淡々としているシルヴィオにしては珍しい、歯切れの悪い口調。


「君は自分の言っていることの意味が分かっているか?」


「えっと」

 静かな声に導かれるように、己の言ったことを反芻してみる。


 帰りたくない。


 もっとシルヴィオと一緒にいたい。そう思ったから、口にしただけだ。


 けれど、一時の勇気が引っ込んだら、その言葉の意味に卒倒しそうになった。

 これではまるで、シルヴィオと一夜をともにしたいと言っているようなものではないか。


「も、申し訳ありませんっ!」


 かっと顔に血が上ったのがわかった。はしたないにもほどがある。再びシルヴィオの胸に顔を埋めて、リリアーナはこのまま消えてしまいたいと思った。


「悪いとは言っていない。謝る必要もない。好きにしていいと言ったのも私だ」


 髪から覗く熱い耳を、長い指がなぞる。それは、さっきまでの手と少し違う。明確に何かとわかるほどではないけれど、少し。


「ただまあそうだな……急にはやめてくれ。こちらの身がもたない」


 抱き締められる腕の力が強くなる。そうされてはじめて、今までは彼が抑えていたのだと知った。首筋にかかる吐息は火照った頬と同じくらい熱い。


 恐々顔を上げると、シルヴィオは月の光を集めたような銀髪をかき上げて、困り果てたように天を仰いでいる。


「すみません……」


 何かを振り切るように、彼は一つ大きく息を吐いた。

「だから謝らなくていい」


 こつんと額を合わせて見つめ合う。今日はちゃんと眼鏡をかけているから、この睫毛の数まで数えられそうだ。


「私も、君を、帰したくないだけだ」


「は、はい」

 今度はシルヴィオが言った言葉の意味を考える。


 リリアーナがいくら行き遅れで引きこもりでも、それぐらいの知識はある。もしここに留まるのならば何が起こるのか、彼が何を望んでいるのか。


「ちゃんと、わかっています」


 ずっと、ずっと、憧れていた人だった。

 こんな夜が来るとは思ってはいなかったけれど。


「あなただけの花にしていただけますか」


 遥か高く、ガラス張りの向こうの月だけが二人を見ている。これがリリアーナに言える精一杯だ。


 頭の後ろに手が伸びてくる。長い睫毛が伏せられていくまでのほんの一呼吸が、まるで永遠のように感じた。


 吐息が頬を掠めて、あたたかいものが唇に触れた。角度を変えて何度も食まれると、不思議とお腹の奥がきゅんとした。


「愛している。私の白百合」


 愛を語るにはそっけない口調なのかもしれない。ここだけは変わらないなと思う。

 それでも、リリアーナだけを見つめて紡がれるその言葉は、一直線にこの心を貫いた。


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