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Poppy  作者: ろっか©︎
3/3

割れた人形の忘却と死

私は人形が狂おしいほど好きだった。

サラサラ艶々の髪。色白の肌。服のレースに、それを脱がせた時に見える人間とは違う身体のライン。

私の部屋には、規則正しく人形達が並べてある。

その中でも、少し薄汚れた人形がある。

初めて父に買ってもらって、人形に溺れるきっかけになった、少し大きめの人形。

ピンクブラウンの髪。花嫁が着るような純白のドレス。燃えるピンクトルマリンのような丸い瞳。全てが美しかった。

私はその人形に「ステラ」と言う名前をつけた。

考えた時に、なんとなく頭の中に思い浮かんだものだから、由来は私を含め誰も知らない。



私は父子家庭で、父は教師をやっている。

父と私は仲が良かった。父の帰りが遅い、今日みたいな日は、私が得意のポトフを煮る。それを父が美味しそうに頬張ってくれる。

高校2年生になっても、私は反抗期を知らなかった。

父はよく学校での話をしてくれた。生徒から「カブちゃん」というよく分からないあだ名をつけられた事。クラスの生徒の家庭環境が心配な事など、明るい話から暗い話まで、様々だった。

私はステラの他、人形11人を世話している。

みんなの事は何よりも大事で、自分の成績表も、何もかもを人形達に見せていた。そんな私を、父は一度も否定したことは無かった。

私は服を脱ぎ、ステラ達を抱えて浴室に向かった。

ぺたぺたと床が私の足と共に音を立てる。

浴室はひんやりしていて、私は湯気を立てる風呂の上に板をかけた。自分が入れるほどのスペースを開けて。

板の上に、濡れタオルと乾いたタオルを置く。

私は身体をしっかり洗ってから風呂に入り、ステラ達の体を濡れタオルで拭いた。

特にステラの汚れはいつも拭いても全然落ちない。その汚れさえも、長年一緒に生きてきた証として愛おしかった。

風呂から上がると、父が帰ってきていて、私の作ったポトフをレンジで温めていた。

肩にかけていたタオルが髪から滴る雫を受け止める。

父は私の腕の中にいるステラ達を見て、ニコッと笑った。

「はは。ステラ達も一緒か。ポトフ、温めて食べるよ。もう23時だし、明日も学校なんだろ?早く寝なよ〜」

私は「はーい」と踵を返し、自分の部屋に戻った。

人形用のスペースにひとりひとりを置く。

小さい町のようにできたそのスペースも、3年ほどかけて完成させたものだった。私は小さい頃、それに「ドール・ドリームコア」と名付けた。

私はドール・ドリームコアを少しだけ見つめてから、ベッドに潜り込んだ。



1ヶ月後、季節は少しだけ秋に近づき、歩道には茶色くなった葉が落ちている。

その日、休日だったので、私はステラ達をリュックに入れて、少し遠くの雑貨屋に向かった。

トンボがバス停に止まり、私がバスと共に着くと、まるで私が邪魔者だとでも言うように飛んで行った。

私は5分ほどバスに揺られて、雑貨屋に着いた。

雑貨屋には、沢山の人形や人形の衣服が並んでいて、私は腰を少し屈めたり、逆に背伸びをしたりして、ひとつずつ商品を見て行った。

その中にひとつ、私の服装と似ている人形の衣服があった。

黒いデニムワンピース。腰にはリボンが縫い付けられていて、私の服装とよく似ていた。

残りひとつだったそれに迷わず手を伸ばすと、横から小さな手が伸びてきた。

「あ、すみません」

横には、少女がいた。

顔立ちはハーフっぽく、ブロンドヘアは三つ編みのお下げに結ってある。謝る声は大人びていて、まるで見た目からは考えられないような声だった。

少女の日本語は少しだけ発音がおかしくて、私は頑張って勉強してるんだな、と思いながら、少女に商品を譲った。

「いえいえ、大丈夫です。大丈夫」

少女は首をふるふると振って、私に商品を返した。

私は「そう?ならありがたく」と踵を返して、少女に背を向けた。

しかし、私はすぐに足を止めた。服が引っ張られたのだ。

「あなたは、〇〇町に住んでる?」

少女はカクリと首を傾げて尋ねた。

私はその操り人形のような美しい動きと、住んでる場所を当てられたことに動揺した。

「な、なんで?」

少女は口に手を当ててクスリと笑った。

「なんか見た事あるなって思って。よかったら、私のお気に入りの場所で人形遊びしようよ」

私は少しだけ考え込んだ後、少女のキラキラとしたまん丸の目を見つめ、コクリと頷いた。

少女は本当に人間よりも人形に近い見た目をしていて、私は少女の頼みを自分の意思よりも先に聞いてしまっていた。

少女は嬉しそうに口角をあげて、私が商品を買うのをじっと見ていた。

私が会計を終えると、少女は待ちわびていたかのように私の前を早歩きで進んだ。

少女は時々振り返りながら、私をじっと見つめる。

知らない人に恐怖や緊張などを抱いていないように、少女は世間話をした。

やはり日本語は片言で、でも片手でジェスチャーをしながら上手に話をしてくれるから、私はとても聞き取りやすかった。

少女が抱えていた人形を見ると、人形には名札が付いていて、そこには英語で「Jade」(ジェイド)と書かれていた。

私はステラのように名前がつけられているんだと、少女と幼かった私を重ねた。

(私もあんな風にステラを大事に抱えてたな…今は落とさないようにリュックだけど。他の子もできたし)

ジェイドはとても少女に似ていた。ブロンドヘアは綺麗に伸びていて美しくウェーブしている。そして、光を反射するサファイアのような瞳。ピンク色の唇。すべすべの白い肌。

私はなぜか苛立ってジェイドから目を逸らした。なんで苛立ったのかは分からない。

少女は疲れる様子も無く、時々小走りになりながら道を進んで行った。

私は段々浅くなる息を何とか整えながら、少女を追いかけた。

10分ほど少女を追いかけると、少女は急に止まった。

私は少女に問いかけた。

「ここ…?なんか…ボロボロだけど」

少女はゆっくり振り返って、にっこりと微笑んだ。

「そうだよ。ここで人形遊びするの。中は少しだけ片付けたから大丈夫だよ」

私たちの目の前には、ボロボロの空き家があった。

窓はツタと葉に塞がれて、屋根まで進んでいる。

少女はドアに手をかけて、不気味な音を立てながら開く。

私はゴクリと唾液を飲んだ。

ちらりと振り返って手招きした少女の目は光を失っていた。

「早く来て」

私は少女について行った。ついて行かないと駄目な気がしたのだ。なんとも言えない緊張が走る。

室内は確かに掃除されていて、古いラグマットや勉強机、可愛らしい雰囲気の小物などが並んでいた。

ラグマットは所々が茶色く汚れている。部屋の中は少しだけ異臭が漂っていた。

「ここね、私のお姉ちゃんが住んでた場所」

少女がキッチン台を指でなぞりながら話す。

その声には感情が無かった。

「お姉ちゃん、死んじゃったんだ」

恐怖が溶け混じった冷や汗が背筋を伝う。

少女は手に持っていた人形を(わざ)とらしくふるふると揺らした。

少女は人形を5秒ほど見つめてから、私に顔を向けた。怒りが浮かんだ顔を。

「留学先の学校で虐められて、去年、自殺したの。△△高校。あんたもジェイド姉さんを虐めたんでしょ?」

少女はカクリと首を傾げて、口角を上げた。

「私、何歳に見える?私さ、高校1年生なんだよね。小人症なの。あ、そうそう、私はせリィって言うの」

少女の手にある人形が瞬きしたように見えた。

少女──せリィは、私の服をグッと掴んだ。

腰の部分が、強い力で引っ張られる。

「違う!池に落としたのも、ゴミをかけたのも、あいつが私を馬鹿にしたからよ!!」

私はせリィに向かって怒鳴った。

そうだ。私は悪くない。

元はと言えば、あいつが、ジェイドが──。



留学生が来た日、私はどんな子かを待ちわびていた。なぜなら留学生の席は私の隣だったからだ。

私は机の下で足をブラブラさせながら、先生が来るのを待っていた。

黒板の上の「1年2組!一致団結!!!」のクラス旗をぼんやりと見つめていると、教室のドアが開き、先生が入ってきた。

「今日は留学生が来る日ですね。外で待ってくれてるので──」

先生の言葉に教室がざわついた。どんな子が来るのか、私のグループではチョコレート菓子を賭けて予想していたので、尚更盛り上がっていた。

すると、背の高い生徒が──留学生が入ってきた。

ブロンドヘアは綺麗に巻かれていて、瞳は深いブルーサファイア色。手足が細くて、顔がとても整っていた。

緊張した面持ちで、教室をキョロキョロと見渡している。

留学生は教壇に立ち、教卓を指でなぞりながら自己紹介をする。

「わ、私の名前は…ジェイドで、す。よろ、しくお願いしま、す!」

片言の外国語だけど、男子達の「可愛くね?てか美人」と言う声が聞こえた。女子たちは「えぐい綺麗。でも日本語下手だね」と嫌味まじりにコソコソと噂していた。

ジェイドは聞こえているけど、意味がわからないと言った様子で立っていた。

ジェイドはそのまま私の隣の席でしばらく過ごすことになった。

1週間程は仲良くしていた。でも、休み明けの日。私とジェイドの間に大きな亀裂が入った。

その日は国語の小テストが返されて、クラスは一喜一憂していた所だった。

私はジェイドとテスト用紙を見せあった。すると、ジェイドの方が点数が1点高かったのだ。

外国人に負けた悔しさで心がぐしゃぐしゃになっていると、ジェイドは目を伏せた。

「あぁ、そんな。あと1点取れてれば満点だったのに…」

そんな言葉を発して。

私は怒りに目を見開いた。

そして、ジェイドを昼休みにゴミ捨て場に呼んだ。

ジェイドはニコニコと人間味のある気持ち悪い笑顔を浮かべていた。

私はそんなジェイドにごみ袋のゴミを全てかけた。

「Stop it!!!」

母国語でやめろと訴える彼女の頬を掴み、私は落ちたゴミを彼女の口に詰めた。

そして、打ち合わせと同じように、グループの仲間がふざけて先生達の気を引く。

ジェイドの泣き声は、私にしか聞こえていなかった。

「悲劇のヒロインか?馬鹿にしやがってさぁ…!お前みたいな奴、ゴミ捨て場がお似合いじゃない?はは」

私は先生にジェイドがゴミ捨て場でふざけて、ゴミをひっくり返したと伝えてその場を離れた。

ゴミ捨て場には防犯カメラが無く、演劇部だった私はジェイドよりも信頼感を得た。

その日の放課後にはジェイドを池に落とした。

しっかり死なない程度の深さの池に。沼のように水が変色してる池に。

上がってきたジェイドはよく分からない英語で私に訴えながら泣きじゃくった。

「あははっ!愉快だなー?あれ?この日本語も分からない?阿呆、ゴミ、馬鹿、クズ!アハハハハっ!最っ高!」

私たちはジェイドの涙を泥のついた葉で拭った。

「や、めて…ょぉ」

私はジェイドの口の中にそれを入れた。

「うっ…げほっ、おえっ…ふーっ…ゔぅっ」

ジェイドは購買のパンとそれを一緒に吐き出した。

私たちは高笑いした。

とても愉快だった。

私を馬鹿にしたやつが、罰を受けてるのが、とても面白かったのだ。



私の怒鳴り声を聞いたせリィは、震える手でラグマットを指さした。

「これ、ジェイド姉さんの血。ここで、自分の腹を……このカッターナイフで刺した」

ラグマットの膨らみ。その下にあるものを想像して、私はその場で嘔吐した。

「ゔぅっ…!うぇっ…かっ…げほっ」

ラグマットが汚れる。

せリィは私の髪をグッと掴み、吐瀉物に私の顔をビシャリとつけた。何度も。何度も。何度も──。

「ジェイドは死んだ!お前のせいで!お前の軽はずみな行動のせいで!」

私は汚れた顔を振り、せリィに言い返した。

「元はと言えば、あいつが悪いのよ!」

「ジェイドが何したっていうの!?純粋に喜んでただけでしょう!?お前は身内の誰か、ジェイドに殺されたか?やられてないだろ!?」

せリィは涙と共に怒りを私にぶつけた。

違う。私は絶対悪くない。私は、悪くないはずなのに。善人なのに。私は善人。

せリィは人形を振って、怒りで震える声で私を罵倒した。何時間も。

私は疲弊して、その場に倒れ込んだ。服に自分の吐瀉物が染み込んでいく。

せリィは私のリュックを乱暴に奪い取り、中に入っていたステラ達を、私の吐瀉物の上に落とした。

「やめてっ…!それだけは!!!ステラ達だけは駄目ぇっ!!」

「ジェイドがやめろって言った時、お前らはやめたの?」

せリィは満面の笑みで、ラグマットの下にある、血の着いたカッターナイフでステラ達を刺していく。

「いやぁぁあああああっ!!!ステラ!カリー!」

ステラ達の顔がピキピキとひび割れていく。

せリィは静かに言い捨てた。

「お前は都合よく忘却してるだけなんだよ。ほら、全て失ったよ?死なないの?ほら、カッターナイフ。ジェイドみたいに死ねよ」

せリィはラグマットの綺麗な部分でカッターナイフの取っ手を拭き取り、私に渡した。

吐瀉物の上で、私は死んだ。

自分で、死んだ。

たくさんの死体を見つめながら、カッターナイフで腹を刺した。

死ぬまで苦しくて、せリィに殺してくれと頼んだ。

でもせリィは、高笑いしながらカッターナイフを投げ捨てた。

「え?私、犯罪者にはなりたくないから。無理だよ?都合のいい忘却した罰。良かったね。これで善人になれるんじゃない?」












セリィが「せリィ」になってました。誠に申し訳ないです

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