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Poppy  作者: ろっか©︎
1/3

殺人犯に奪われたモノ

その夜は、星屑と、血飛沫が不揃いに散っていた。

包丁を持つ男と、涙を浮かべながら男を見つめる私。そして、まだ生きてるのか、赤い血を流しながらビクンと身体を震わせる、私の両親。

包丁を握る彼の顔は、とても整っていて、異国のドールのように肌や髪、スタイルの全てが完璧だった。



夏休み真っ只中の夕方。

通信制高校に通う私は、課題のテキストとにらめっこしていた。

窓から射し込む太陽光が眩しい。黄昏時の空は綺麗な橙色と灰色が水彩画のように混じっている。

汗が首元を滴り、鎖骨にできた汗疹がなんとも言えない不快感にムズムズする。

机にだらりと突っ伏すと、机と共に溶けてしまいそうだった。

私はふぅとため息を付き、網戸にへばりつく色々な虫にスプレーを吹きかけて、テキストを閉じた。

虫たちは無駄な動きを交えながら悶え、ポロポロと落ちていった。その様子がなんともいえないが、とても愉快で、私は部屋の扇風機を回し、網戸を閉めた。

着ていた白いTシャツが汗を吸って、身体にへばりつく。

親から離れて自立した私が、住んでいる小さなボロボロのアパートの一室は、とても静かだった。

ふと目に入ったのは、スマホの通知。

『そろそろ行きます』

親からだった。

(最悪。また長話かよ)

私の親は通信制高校に独特の偏見を持っていて、時々LINEや電話、直接来てまで馬鹿にしてくる。

通信制高校自体、過小評価されてる部分があるが、結局は入学してからの生徒の行動が大事だと思う。

私はソファにぼすっと腰掛け、ネットで動画を見ていた。

ピンポーン。

来た。

私は乗らない気持ちでドアを開ける。

「来たよ、どう?サボり専門学校でダメ人間に育ってるのかなー?」

母親がきつい香水の香りを放ちながら、クスクスと気味悪く笑う。

父親は母親の腕に自分の腕を絡めて、依存するかのように頷いた。

「夏帆。待ってたよな?お母さんもこう言ってるぞー?本当にこの進路で良かったのか」

私は暑さと親の言葉でイラつき、持っていたテキストを突きつけた。

「ちゃんと課題もあるし、行事だって充実してる。なんで口出しばっかりするの。うるさいんだよ。じゃあ帰っ……」

「何その態度!?」

私が少し強い言葉をぶつけると、母親が金切り声で叫んだ。そして突きつけられたテキストを私に投げつける。

バサッ!チリッ。

頬に鋭い痛みが走る。

紙で切れたらしく、指で触れてみると、赤い線が指に引かれた。

私は土足のまま入ってきた親を見つめた。

両親は鬼の形相で私にバックやそばにあった花瓶を投げつける。

(まただ)

別に少し痛いだけだから、何とも思わなかった。

それよりも、大事にしていた花瓶が割れたことが1番悲しかった。

私は両親のことを無視して割れた花瓶の欠片を拾う。

「無視するの!?最低ね。あなたに別の道を教えてあげるって言うのに!ちゃんと罰も与えてあげてるのに!!」

母が私の髪をグッと掴み、思い切り引っ張った。

「いたっ……」

「分からないの?だから、そんなサボるような学校に行って、私たちのことを毒親だとか言ってひとり立ちするなんて許さない!この善意を理解できないような馬鹿なのね!?」

私は必死な母と、首振り人形のように頷く父がとても気持ち悪くて、でも逆らったら駄目だと解ってた。

頭部に走る痛み。ぷつぷつと音を立て始める髪。

「一旦離してよ……!」

母は意外にもすぐに髪から手を離した。

私は床にへたり込んだ。冷たいフローリングがぬるくなっていく。

時計を見たらもう19時で、段々と空が暗くなっていた。一番星が小さな輝きを放っている。

「私は通信制高校で色々なことを学んでる。お願いだからもう帰ってよ……」

父は母の様子を伺い、母が私の言葉に顔を顰めると、それに頷いた。

父は母に依存的だ。全て母の言う通りに動く。いつも家事を任されていて、私は幼い時に「家事はお父さんがやるから、私は大人になったら何もしないでダラダラしてていいんだな」と勘違いしていた。

母はバックから公立高校のパンフレットを取り出して、私に見せつけた。

「ここの高校なんて、偏差値がすごく高いのよ?東大に進学する子もいるみたい!転入したらいいじゃない!」

私は傷だらけの腕をなぞりながら、両親を見つめた。

何も言えなかった。言う気になれなかった。

話が通じないから。

もう──。

その時、ドアが開いた。

ちらりと姿を覗かせたのは、男だった。

私よりは年上だけど、20代くらいに見える男。

肌は陶器のようにすべすべで、白い。髪もツヤツヤ。目も大きくて、長いまつ毛が綺麗だった。

まるで異国のドールのような男は、手に包丁を握っていた。

両親が先程とは違った様子で、声を震わせた。

「どなたですか……?あの…それは、なんですか?」

両親の目には鋭く尖った包丁の刃が映っている。

私は恐怖よりも、男の姿に心を奪われていた。

男は苦しそうな顔を浮かべながら、母の首元に包丁を向ける。

「ひっ!」

母は涙をボロボロと零しながら、私に助けを求めるように目を開く。

父は母を見て、何をすればいいかを戸惑っている。

私はその光景が面白くて、声を上げて笑った。

自分でも狂気的だとわかっていたけど、笑いは止まらなかった。涙までも出てきた。

男は両親を刺し殺した。

部屋が赤い液体で染まる。

男は、少しだけ私を見つめると、急に包丁を落として、そのまま足を失ったように床に倒れた。

私は迷わず男に駆け寄ろうとしたけど、両親が邪魔で、重い両親を引きずってキッチンに持っていった。

男を見ると、服がボロボロで、身体もスタイルが良いではなく、痩せすぎていた。

額に触れると、少し熱い。

軽い熱中症と栄養不足だろうと見た私は、男を自分のベッドに寝かせ、おにぎりと味噌汁を作った。

足元にあった両親の遺体は、ただの邪魔な物体にしか見えなかった。

料理が終わり、ベッドを見ると、男が薄く目を開けていた。

私はベッドのそばに座って、男に声をかけた。

「気分はどうですか?」

男は掠れた声で返事をしてくれた。

「大丈夫……です。あの、殺したのに、俺のこと怖くないんです、か?」

確かに、目の前で親が殺されてるのに私は嬉しく思ってしまっていた。

「怖くないですよ。寧ろ感謝してます。私、文月夏帆(ふづきかほ)と言います。お名前お伺ってもよろしいですか?」

男は不思議そうに私を見ていたが、名前を教えてくれた。

雨宮(あまみや)です。あなたは、親を憎んでいるんですか?」

私は窓の外を見つめながら、ゆっくりと頷いた。

「えぇ。親の虐待で鬱になって、通信制高校に通ったんですけど、それまでも文句つけられて…本当に、殺してくれて感謝してます」

雨宮はへえと頷いて、少し冷めた味噌汁をすすった。

雨宮の目が少しだけ潤んだ。

「こんな美味しいご飯……久しぶりに食べたよ」

私はなぜ両親を殺したのかを尋ねた。

雨宮は引きつった笑みを浮かべながら話してくれた。

「実はね、俺、もうすぐ30なんだけど、会社をクビになったんだ。妻にも捨てられて、親は幼い頃に事故死していて、誰も頼れなくて…家も追い出されたから、食べるものと金を求めて人殺ししようとしたんだ。でも、君は殺人犯を見て幸せそうに笑った。だから殺さなかったんだ。いや、殺せなかったんだ」

窓から蝉の声が聞こえる。

私は雨宮におにぎりを渡して、雨宮の瞳を見つめた。

「しばらく泊まっていったらいいと思います。私、バイトはしているのでお金は少し稼げます。貯金もあるので大丈夫です。親の金もありったけ持っていきましょう」

雨宮は私を見て少し驚いたが、やわらかい笑顔を浮かべてくれた。

私はそれがとても嬉しくて、有頂天だった。

でも、問題がある。

両親の財布や部屋からは金を取れたけど、どうやって死体を隠すかが問題だった。

雨宮がさらっと言った。

「海に沈めましょう。小さいボートなら借りれるので、明日の夜に」

両親の死体は部屋の隅に押しやられていて、少しだけ腐敗して、匂いが少し気になっている頃だった。

私は雨宮に礼を言って、次の日に備えるため、ブルーシートを買った。

夜とはいえ、死体が見えている状態でボートに乗るのも、ボートに血がつくのも避けたい。

ブルーシートで死体を囲んで、クーラーボックスを周りに置けば、周りに見えても違和感は無いだろう。

次の日の夜。

私と雨宮は黄色いボートと死体、空のクーラーボックスを持って海辺を歩いていた。

雨宮の髪は少し伸びていて、私が切って整えると、キレイなウルフカットになり、さらに美人になっていた。

静かな海辺に波の音と蝉の声だけが聞こえる。

私はボートを浮かべ、ブルーシートで包んだ死体とクーラーボックスをボートに置いた。

雨宮がボートに乗り、私は舵を切った。

海辺が少し小さく見えたので、私はボートを止めた。

周りには誰もいなくて、雨宮はブルーシートから死体を取り出し、ポチャンと海に沈めた。

足が腐った桃のようにぐじゅぐじゅになったそれは、ゆっくりと暗い夜の海に沈んで行った。

雨宮は汚れたブルーシートを怪訝そうに見たが、海水でそれを洗って私に声をかけた。

「帰ろう。もうこれで不安なことは無い。もし、俺の犯罪がバレたら、どうせ人生いいことないし、その時点で自殺するよ。あの死体みたいに、海に沈もうかな」

雨宮は明るくそう言ったが、私は雨宮の方を向いて、雨宮の胸に額をつけた。

「そんなこと言わないで下さい。あなたは私の恩人なんだから、あなたの罪は、私も一緒に背負って生きていきます」

雨宮は少しだけ迷っていたが、3秒ほど経った頃、私の頭を撫でてくれた。

細くて骨ばった指が頭に触れた。

海が静かに声を上げる。

私は、その殺人犯に恋をした。

顔が、熟れた林檎のように赤くなる。

「ありがとう、夏帆。今、人生で1番幸せだったよ」

私は顔を上げて、ボートの舵を切った。

帰り道では、私と雨宮の距離はさっきよりも少しだけ近かった気がした。

家に帰ると、雨宮は私が作っておいた生姜焼きを幸せそうに頬張ってくれた。

私はシャワーを浴びながら考えた。

(この恋は、成立するのかな)

私は高校1年生。雨宮は29歳。そして、雨宮には元々永遠の愛を誓っていた人もいるのに。

雨宮は私のことをどう見てくれているのだろうか。

自分の肌をなぞって、産毛を剃る。

雨宮と結ばれたい。行為だってしてみたい。いつか。いつでも。どれだけかかっても。

私はシャワーから上がると、身体に乳液を塗りたくり、顔にはパックと化粧水、美容液までしっかりと塗る。

雨宮は、自分で皿を洗ってくれてて、私は雨宮に笑顔を見せて、500円玉をあげた。

「子供みたいにされてるじゃん俺。まぁ、ありがとう」

雨宮は少しはにかんで、私はその姿がたまらなく可愛く見えた。

雨宮がシャワーに入っている間は、雨宮のパジャマの用意と、バイト先へなるべくシフトを入れてもらうように連絡した。

帰宅部の私は、バイトを3つかけ持ちしていて、カラオケとコンビニ、そしてゲームセンターで働いていたが、メンタルがそれなりに鍛えられてる私には辛くなかった。

それに、働く理由が増えたのもある。

雨宮は着々と就職の準備をしている。それまでは私が生活費を払うと言った。

雨宮は申し訳なさそうに頭を下げていたけども、私は構わなかった。

その日からはひとつのベッドにふたりで寝た。

一応、少し大きなクッキー1枚分くらいの幅を開けて寝た。



夏休みがもう少しで終わる頃、私はあまり余裕のない生活の中、大好きだったアイスを食べたくなり、かき氷シロップを氷にかけて食べていた。

雨宮が珍しそうに見ていたので、私は皿に氷を3つだけ入れて、いちごのシロップをかけて、雨宮に渡した。

雨宮は、冷たさに目を一瞬閉じたけど、甘いものを食べれて嬉しそうだった。

「アイス、好きなんだ。少しでも、それっぽいの食べたくて」

私は少し照れながら雨宮にそう言った。

雨宮は可笑しそうに笑ってくれた。

私の空腹と幸福が同時に満たされて、私はふにゃりと顔を崩した。

雨宮は今、コンビニでバイトをしている。

私と同じコンビニで。

必死に働く雨宮も愛おしく、少しでも雨宮と近づくために、私もクレーム対応や、レジ打ちなどを頑張った。

雨宮がコンビニでバイトをしてくれると、私のやる気も上がると同時に、お金が多く貯まったり、2人の絆が深まる感覚がした。

ある日、またそのアイスもどきを食べていると、雨宮が目を輝かせて言った。

「状態変化……固体から液体に…綺麗だ」

私はフッと笑って言った。

「理科、好きなんですか?」

雨宮はビクリと肩を震わせ、何事も無かったかのように首を振った。

「なんにも!ちょっと得意だっただけだよ」

でも、確かにアイスもどきは綺麗だった。

窓から射し込む太陽の光に照らされた氷と、水とシロップが混ざったモノ。

キラキラと光が反射していて、まるで燃えるピンクトルマリンように美しい。

でも、やはり雨宮が1番輝いていて美しい。

きちんと健康的な身体になり、ご飯も美味しそうに頬張り、ベッドではいつも無防備に寝息を立てる。

私は、その人が殺人犯なのも、全てが美しく見えた。

まるで洗脳されたように、神を崇め奉る人々のように、雨宮の虜になっていた。

そのうち、寝る時のベッドの上にあった、1枚の大きなクッキーは、誰かが日に日に少しずつ食べてしまったのか、いつの間にか無くなり、私と雨宮の距離も狭くなった。



高校三年生の夏、ちょうど雨宮と出会った日に、私は雨宮に部屋に呼び出された。

雨宮の手元には氷がある。何もかかっていない氷。

雨宮は意味深に氷ひとつひとつを指さして、私に話しかけた。

「どれが1番美味しいかな」

私は意味がわからず、真ん中にあった、1番溶けかかっている氷を選んだ。特に意味なんてなかった。

でも雨宮は、そうかと頷いて、その氷を自分の口に入れて──────。

雨宮の舌と、その上にあった氷が、私の口の中に入る。

生ぬるい舌は、氷で冷えて、柔らかくて冷たいものが口内に入っているのが心地よかった。

何よりも、雨宮がこんなに私のことを想ってくれていたことが、1番幸せだった。

しばらくした後、雨宮は言った。

「君は氷が好きだって言ってたよね。今日のシロップは、甘くて苦いキスの味。深ーいでしょ」

その日、私たちのベッドにあった1枚の大きなクッキーは、天使に食べられてしまったのか、無くなっていて、私たちは身体を寄せて眠った。

次の日の夜には、私たちは服を脱ぎ、行為をした。

思ってた感覚とは違ったが、雨宮と私の関係が、そういう感じになったのがすごく嬉しくて、私は雨宮をうっとりと見つめた。

すぐに2回目の行為を要求された時、その砂糖水のような誘惑に、私の脳は正直で、ふたりで身体を重ねた。









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