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なみま的魏晋南北クソ君主 Tier 一覧  作者: ヘツポツ斎


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魏晋南北クソ君主 別格【苻堅・元宏・蕭衍】

【企画全ページ共通エクスキューズ】

 この企画にて紹介される人物たちの事績において重要なのは「史書にこのように書かれている」=「史書がこのように書く必要があった、と評価していた」です。「その人物が実際にそうであった」と言うことではないと、割と強めにご認識下さい。

 つまりキャラクターとして消費するのはアリ、と言うか大切な入り口だと思うんですが「史学的な人物評価に直結させてしまうとあぶないよ」とは書いておきます。


 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。ツイッタのフォロイさんのお話にわあいと食いついたはいいが、このタイミングでこれをやることの危うさに、直後気づきました。なにかって、いまは情勢不安から他者を安易に悪魔化しがちだからです、誰もかもが。俺も。

 そのような中で、ザ悪魔化としか言いようのないクソ君主周りの言及を始める。下手すりゃ悪魔化の急先鋒です。ならもう逆手に取るしかないんですよね。ひとがどう他者を悪魔化するか、について叩きつけてしまえばいい。

 あなたが他者の悪魔化だけで楽しむなら、それはそれで結構です。ならば、と俺は続けます。その先に待ち受けるのは、ここから紹介する三者が招いたような地獄です。

 では最後に、あえてここで悪魔化をやらかしましょう。何か。俺の基準に合わせてAIたちに短評を吐かせました。プロンプトはこちら。


ありがとうございます。以上の分析を踏まえた上で、このランキングのトップは苻堅、元宏、蕭衍の三名で揺らがない、と考えています。これは国体破壊の規模が五十点満点のところ、どの人物も120点以上をつけざるを得ないと考えているからです。

そこで、この観点から上掲三名に対し、同じような短評を頂戴できますか。


苻堅・元宏・蕭衍酷評プロンプト

 あなたの各名君評と比較してみてください。どちらが正しい、というものでもないです。あえて言えば、これだけAIには恣意的に結果を吐き出させることが出来る、というサンプルとしてみて頂くのがいいでしょう。



○苻堅(338-358-385 五胡中期・前秦宣昭帝)


 前秦という「統一の可能性」の破壊:華北を統一し、魏晋以来の秩序再建へ最も近づいたが、淝水の戦いでの大敗により国家が崩壊。以降、華北は再び分裂が長期化し、統一への道筋が失われた。多民族融和策の逆説的失敗:寛大な民族政策は理念先行で現実対応を誤り、敗戦と同時に国家を内側から崩壊させ、むしろ民族間対立を激化させた。後世への影響:「無理な統一」の失敗例として、後世の統一王朝(隋・唐)に深い教訓を与えたが、その代償として数十年の混乱を招いた。(Deepseek)


 王猛を用いて五胡十六国をほぼ掃き掃除し、華北をほぼ一色に統一した唯一の五胡政権を作った時点では、どう見ても“名君候補”。ところが383年の淝水の戦いで、統一の成果と前秦の国力をごっそり賭けて大出目を振り、豪快に大爆死する。その結果、前秦の支配下にいた諸部族が一斉に反乱・自立。華北は再び細切れの割拠状態へ逆戻り。南は東晋の北府軍台頭を促し、最終的に劉裕宋=南朝確立へ。と、「統一目前からの再・五胡カオス化+南北分断固定」という超ド級の国体変動を発生させる。名君として積み上げたものを、自らの「一回勝てば全部取れる」思考でひっくり返してしまった点で、国体破壊スコアが常軌を逸して高いタイプ。(ChatGPT)


【理想主義の自爆テロ】王猛の遺言を無視し、理想だけで異民族混成部隊を率いて淝水の戦いに突撃。結果、中華統一目前だった帝国を一瞬で粉砕し、五胡十六国の争乱を半世紀以上長引かせた罪は万死に値する。彼の「徳」こそが、北中国を再び地獄に叩き落とした最大の凶器。(Gemini)


「仁君が犯した史上最悪の戦略的失敗」。苻堅は残虐でもなく、無能でもなかった。むしろ王猛という天才宰相を得て、五胡時代で最も統一に近づいた名君だった。しかし淝水の戦いでの判断ミスは、単に一国を滅ぼしたのではなく、統一された平和な中国が出現する可能性そのものを破壊した。彼の敗北後、華北は再び50年以上の混乱期に突入する。善意と理想主義が生んだ最悪の結果として、歴史に刻まれる。(Claude)


 淝水の戦いの大敗で五胡十六国最大の統一帝国を一瞬で粉砕。80万とも言われる大軍を溶かすように消滅させ、中原を再び三十年以上の大分裂・大虐殺時代に逆戻りさせた責任は孫晧・石虎らを遥かに超える規模。個人的な残虐性は低いものの、「一人の過信が東アジア全体の歴史を100年遅らせた」レベルの国体破壊。(Grok)


 このひとってどんな人なんでしょうか。思い込みがきつすぎるので、他者を安易に聖人化して理想を押し付け、裏切られると悪魔化するひとです。きつすぎるおかげで天下統一を夢見て突っ走れましたが、きつすぎるせいで現状を見て見ぬ振りをし、とんでもない破綻をもたらしました。

 苻堅は王猛を喪うことで破滅した、と書かれます。これは片腕と言うより、暴走にあたってのブレーキとして、であった気がします。

 その王猛を激烈過労で使い潰してんだから世話ないですよねっ!



○元宏(467-471-499 南北朝中期・北魏孝文帝)


 国家アイデンティティの自己破壊:鮮卑拓跋部の伝統を強制的に捨てさせ、急激な漢化政策を推進。これにより、北魏の支配基盤であった北族軍人層の不満を爆発させ、後の六鎮の乱→北魏分裂→北周・北斉対立という連鎖的崩壊を引き起こした。国家体制の根幹変革による長期的亀裂:遷都・漢化は文化的には成功でも、国体(鮮卑軍事共同体)を破壊した点で、王朝の寿命を縮める結果となった。後世への影響:華北の民族融合を促進したが、その手法の急進性が却って政権自体を脆弱化させ、北朝の戦乱期を長期化させた。(Deepseek)


 拓跋鮮卑の遊牧軍事国家・北魏を、洛陽遷都+姓氏漢風化+服制・言語の漢化+均田制などの制度改革で、ごっそり「漢的な官僚制国家」に作り替えたのが元宏。これにより「鮮卑の武人連合王国」という旧来の国体をほぼ破壊。代償として六鎮の乱→北魏分裂→東魏・西魏→北斉・北周という“連鎖的大崩壊”コースへ。しかし同時に、**東アジア中世王朝の基本フォーマット(均田制・三長制など)**を整え、日本や朝鮮半島の制度設計にも長期影響を与える、という、「鮮卑政権としての北魏」を殺し、「その後の中国王朝のひな型」を生み出すという意味での国体破壊者。クソ君主というより「旧世界を壊したガチ改革者」だが、鮮卑目線では120点を軽くぶち抜く“民族的自殺ボタン押した人”と評して良いスケール感。(ChatGPT)


【北朝のアイデンティティ殺し】極端な漢化政策により、鮮卑族の武力基盤である「六鎮」を切り捨てた。これが後の「六鎮の乱」を引き起こし、北魏の分裂・滅亡のみならず、北朝社会に深刻な亀裂(漢化貴族vs武人)を恒久的に植え付けた。北魏滅亡のスイッチを押した真犯人。(Gemini)


「文化改革が国家を破壊した理想主義者」。孝文帝の漢化政策は文明史的には進歩だったが、政治的・軍事的には自殺行為だった。北魏の強さの源泉だった鮮卑武人階層を蔑視し、辺境守備の六鎮軍人を二級市民扱いした結果、六鎮の乱が勃発。これが爾朱栄の台頭、東西魏の分裂、そして北斉・北周の対立へと連鎖し、北朝は統一から大分裂へ転落する。高度な文化的理想が軍事的現実を無視した結果、王朝の基盤そのものが崩壊した典型例。(Claude)


 漢化政策の失敗が北魏を東西分裂→爾朱栄の乱→六鎮の反乱→北朝の大虐殺連鎖を引き起こし、結果として550万戸あった戸籍が最終的に200万戸以下に激減。人口三分の二蒸発という中国史上最悪レベルの国家崩壊を招いた。善政のつもりが最悪の破壊に繋がった最たる例。(Grok)


 ひとの性質は環境が決めます。血統ではないです。則ち拓跋の国、北魏、いえ、敢えてこう呼びましょう。代は漠北の国でなければならなかった。環境が違えば統治スタイルが違う、のがあまりにも自明のことだからです。赫連勃勃がそこを理解して都を長安に移さず統万城のままにしていた故事を、全く活かせませんでした。

 元宏自身は北魏の破滅を見ていません。しかし、例えば十八史略は六鎮の乱に一切触れません。それが漢化政策に起因したものだと理解していた、としか思えません。理解していたからこそ、書けなかった。

 以上をもって、自分は元宏を北魏における最悪の君主と認識しています。



○蕭衍(464-502-549 南北朝中期・梁武帝)


 国家システムの空洞化:仏教傾倒と貴族優遇政策により、軍事・財政・人材登用の実効性を失わせ、国家を「文化的には繁栄、政治的には無力」な状態に変質させた。侯景の乱への無防備さ:自身の政策が招いた脆弱性が、侯景の乱という未曾有の破壊を許し、江南社会の経済・文化・人口に壊滅的打撃を与えた。後世への影響:南朝の衰退を決定的にし、陳朝は弱小化。華北優位の流れを固定化させ、後の隋による統一を容易にした反面、江南の復興に数百年を要する損害を与えた。(Deepseek)


 一介の武人から南斉を倒して梁を建国し、南朝仏教保護と六朝文化の爛熟を極めさせた「文化的には超重要な人」。ところが晩年、仏教偏重と財政破綻・貴族社会の膨張で政権基盤をスカスカにし、最後は投降してきた侯景に頼って北伐を企図→失敗→侯景の乱の招き入れ役になる。その結果、建康陥落・長期占領・大飢饉・虐殺で江南貴族社会そのものが物理的に破壊。梁という王朝だけでなく、「東晋以来の“六朝文化世界”」がほぼ二度と立ち上がれないレベルで崩壊。以後の南朝は梁末の残骸から立つ短命王朝群へとスケールダウン、という、「南朝という生態系全体を、侯景の口に自ら差し出した」張本人になってしまう。本人の徳行・文化業績がいくら高くても、国体破壊の規模だけ見れば、やはり桁違いのS+++枠。(ChatGPT)


【南朝貴族社会の介錯人】48年の治世で仏教にのめり込み財政を破綻させ、貴族の腐敗を極限まで放置。その緩みきった腹に、自ら猛毒(侯景)を招き入れ、江南の貴族社会・文化・経済を物理的に消滅させた。南朝そのものを「殺した」男。(Gemini)


「仏教理想主義が招いた文明の破壊」。梁武帝は南朝史上最も長く在位し(48年)、文化的には黄金期を築いた。しかし仏教への過度の傾倒は国防を軽視させ、侯景という反乱者の本質を見抜けなかった。侯景の乱での建康の破壊は、単に一都市の陥落ではなく、六朝文化の中心そのものが灰燼に帰したことを意味する。数十万人が虐殺され、江南の名族社会は壊滅。以後、南朝は北朝に対抗する力を完全に失う。善意と理想に満ちた君主が、その盲目さゆえに文明を破壊した悲劇。(Claude)


 侯景の乱を招き、建康陥落→皇帝餓死→江南全土焦土化→人口9割減(戸籍900万→90万以下)。南朝史上最大の版図・最盛期を誇った梁を、たった一人の老皇帝の宗教的妄信と平和ボケで完全に消滅させた。孫晧・陳叔宝など足元にも及ばない「南朝全体を終わらせた」最終責任者。(Grok)


『昏君列伝~南北朝のイカれた皇帝たち・中編~』

ameblo.jp/zeppeki-man/entry-11229359353.html

 やはり与力氏のブログを紹介します。もちろん侯景が悪い、それは間違いのないこと。とは言え、これを言わねばならない。梁の防備を骨抜きにして侯景にあっさりと囲まれてしまった責任は蕭衍にある、と。

 長期の施政がもたらした平穏により人々が戦乱を忘れ、その結果がどうなったか。個人的には蕭衍のもたらした環境を現代日本に当てはめてしまわざるを得ないんだよな、と思っています。



○予告


 最後に、あと1件だけ。目録や次の一歩に踏み出すための資料などを紹介したいと思います。ついでに史料なんかも。

 俺たちの戦いはこれからだ!

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