Tier A-2【劉昱・劉劭・高緯】
【企画全ページ共通エクスキューズ】
この企画にて紹介される人物たちの事績において重要なのは「史書にこのように書かれている」=「史書がこのように書く必要があった、と評価していた」です。「その人物が実際にそうであった」と言うことではないと、割と強めにご認識下さい。
つまりキャラクターとして消費するのはアリ、と言うか大切な入り口だと思うんですが「史学的な人物評価に直結させてしまうとあぶないよ」とは書いておきます。
今日の三人は、亡国の二人と、亡国でもないのに、しかもワンショットなのにこの位置に飛び込んでくる一人。まあまあ見てやってください。ではどうぞ。
なお、見出しは
名前(生年-即位年-没年 時代・国諡号)
とあらわします。
○16位 劉昱(463-472-477 南北朝中期・劉宋後廃帝)
南朝宋を衰退させ、殺人癖や残虐行為。凶行が目立つ。(DeepSeek)
子ども暴君ムーブ多数。宋末期の不安定化要因。(ChatGPT)
後廃帝。夜な夜な街に出て人を殺すのを楽しみとし、最後は自分の護衛に殺された殺人鬼。(Gemini)
宋朝の権威を著しく低下させた。夜間に民家を襲撃し殺人を楽しむ、臣下を弓の的にする。15歳で殺人鬼化。(Claude)
南朝宋後廃帝。異常残虐(目刺し・蜂巣攻撃)。幼帝の狂気。(Grok)
残虐と享楽で悪名高い。(Copilot)
偏差順位19:かなり分散
AIくんがめっちゃ楽しそうです。南朝の黒き三連星の中堅、後廃帝! ではここで変数を書きましょう、南斉の蕭道成が帝位につくきっかけになったひとです。そして蕭道成の即位は蕭鸞のところで書いたとおり、もはや劉宋文帝弑逆事件あたりからの悪くてニューゲームみたいな状態。つまり権威がドチャクソ低い正統から見たクソ君主となるわけで、合ってるか合ってないかで言えばだいぶドギツい小説ですねという感想。
さて、このひとの事績についてあれこれ語る気はないです。ドギツい、というのもそうなんですが、そんなことよりもこのブログを見てくれ、どう思う?
『昏君列伝~南北朝のイカれた皇帝たち・前編~』
ameblo.jp/zeppeki-man/entry-11220505462.html
与力氏のお立ち上げになった昏君列伝前中後編は、本企画のパクリ元です。そしてこのドチャクソに面白い記事にある君主をあーのこーの紹介してみても、基本的に屋下屋にしかならないんですよね。
そして、この小説の真偽について。わからん。ただ、こういう背景を見ることはできます。劉昱、幼い頃から父の明帝が劉子業に追い詰められ続けていたのを見ています。周りを殺さないことにはどうしようもない、くらいに追い詰められて、実際に殺しまくってる父親を見て、ではこの思春期真っ盛りの少年皇帝はどうだったのか。歪まないはずがないんですよね。
あ、もちろん、だから免責しろ、とかそういう話ではないですよ? 少なくとも、異常な場で育てられた人間の思考は異常になります。逆にその環境で名君になってしまうひとのほうが怖い。確か誰かいた気もしますがちょっと思い出せない、宿題にします。
○15位 劉劭(424-453-453 南北朝中期・劉宋元凶)
父(文帝)を殺害し簒奪。凶行が目立つ。(DeepSeek)
父帝弑逆で国体を揺るがした「パトリサイド系」。(ChatGPT)
父(文帝)を殺害して即位。「元凶」と呼ばれる。儒教道徳の破壊者。(Gemini)
父帝殺害で宋朝の正統性に傷。父帝弑逆、短期間での恐怖政治。史上稀な父帝弑逆。(Claude)
南朝宋。父殺し・近親相姦・短命クーデター。(Grok)
父を殺して即位、暴君の典型。(Copilot)
偏差順位34:まぁまぁ一致
皇太子でありながら父殺し。いわばタガの外れた戻太子劉拠(※漢武帝の太子、武帝を呪ったと誣告され処刑された、別に呪ったわけではない)。父である文帝を殺して即位してみたものの速攻弟の劉駿に殺された、とはすでに紹介したところです。魏晋南北朝史における最強のワンショットクソと言うべきでしょう。文帝の時代まで安定を保っていた劉宋はここから一気にガタガタとなっていき、宋書では元凶というまた厨二じみた肩書が送られています。
では、ナチュラルボーンクソだったのか? まぁ違うと思います。宋書に書かれている状況からしても、殺される直前ころの文帝は父親の代から守りの要として働いていた名将の檀道済を誅殺したり、北伐をすれば逆に北魏に長江北岸まで迫られて、その失態の理由を檀道済の喪失に帰したりしています。ついでに言えば檀道済誅殺の主導派だった弟の劉義康や側近の劉湛も殺してます。つまり、もうなにがなんだかわかんなくなってる臭いんですよね、この頃の文帝。
しかも、さらに劉劭はとんでもない爆弾を抱えていました。北伐に猛反対してたんです。つまり文帝、劉劭の諌めを聞いていればこんなことにはならなかった、と思ったかもしれない。曲がりなりにもその治世を讃えられたもと名君として、では「自分の失敗をあらかじめ見越していた」劉劭がどう映るのか?
いやね? 劉劭も、いきなりブッ殺なんてオモシロ手段を取らず、確かな兵力を率いて追い詰め、禅譲を強要すればよかったやん、とは言える、言えるんですよ。ただ明らかに理性的判断を失ってる父帝が、どれだけ言うことを聞くのか? そもそも、そうした準備も整わないうちにいきなり殺されるのでは? と劉劭が怯えていても不思議ではないわけです。
結果はもう問答無用、最強のワンショットクソです。しかし、さすがにこの頃の文帝のヤバさを無視しちゃ不平等にも過ぎませんか、と思ってしまうのでした。
○14位 高緯(556-565-577 南北朝後期・北斉後主)
北斉滅亡、無能と暴政。国を浪費し衰退。(DeepSeek)
北斉を完全に滅亡させた。政務放棄、寵臣への権力集中、蹴鞠三昧。敵が迫る中でも遊興を続ける。(Claude)
国家滅亡にほぼフルコミットした最終皇帝。(ChatGPT)
名将(斛律光・高長恭)を自ら殺して国を滅ぼした。サソリを放して楽しむなどの幼稚な悪行も。(Gemini)
北斉後主。奢侈・無能・狂気遊戯。王朝滅亡。(Grok)
凡庸で北斉を滅ぼした。(Copilot)
偏差順位32:まぁまぁ一致
正直北斉は代々皇帝が揃ってクソのクソクソ祭という感じなのでみんな挙げられてしまいかねないんですが、それだとメリハリ的によろしくないのでトップオブクソ以外を一人に絞りました。栄えある「文宣帝高洋に並ぶクソ」に選ばれたのは、そう! 護国の名将斛律光と、イケメン高長恭をぶっこ抜いて北周に山東の地をプレゼントした、高緯さんです! いやほんとになにしてけつかんのこのひと。
この人も結果が結果なので、なかなかフォローのしようがないんですよね。特にイケてるのが陳の反攻に敗れていること。この当時に鼎立していた北斉、北周、陳って、どう頑張っても北斉がずば抜けてるはずなんですよ、国力。けど陳には負けるし、挙句の果てに北周に攻め込まれる。そして皇帝の位を息子の高恒に押し付け、逃亡。あまりにも、あまりにもすぎる。
もちろんどれだけ実権があったのか、そもそも両名将の処刑にどこまでコミットしてたのか、みたいな問題があります。北斉は北斉で北魏系高官の勲貴、漢人系官僚集団、そして皇帝直属の恩倖が勢力争いをしており、どこからが自身の意志で、どこまでが周囲の扇動なのか分かったもんじゃありません。そしてついでに言えば、ここまで拙劣な敗れ方をされてしまうと、これもはや北周が頑張って北斉打倒のプロパガンダを後世に向けてする必要がない気がするんですよね。これだけ惨めな負け方する国が正統なわけないでしょ、で話が終わりそう。実際のところ、北斉の歴史を描いた正史『北斉書』は、他の史書に較べても散逸が凄まじく、敢えてそんなに踏み込むまでもない国の歴史くらいの扱いと成り果てていたようです。
だからさぁ! こうやってクソ君主を取り扱ってゲラゲラ笑い転げるようなやつが異常だって言ってるでしょ!
○予告
Tier A のトリ、ほぼ S と扱われてもおかしくないレベルのアレたち、それが蕭宝巻・劉聡・冉閔。もうなんていうか「ついにコイツラが来たか……」という思いですし、書く前からすでにお腹いっぱいです。とは言えまあ、引き続きエピソード系はそこそこ、誕生と成長の背景をメインで追っていきたいと思います。
しかしそうやって背景を踏まえようとすると、とたんに劉聡の気持ち悪さが一気に跳ね上がってしまうのはいったいなんなんだぜ……?




