第7話 禁じられた再構成 ― 二人の聖女と創造の鍵 ―
世界が裂ける音を、もう俺は恐れなくなっていた。
光が、音を押し流す。
電車の車両は透明になり、景色がひっくり返る。
そして次の瞬間――俺は、あの空にいた。
雲の海。群青の塔。
ただ、前と違うのは、俺の隣にもう一人――聖女がいた。
少女は十五、六歳くらい。
制服のスカートが風に揺れ、髪は銀色に光る。
その瞳は、青と金――マシロと同じ色。
けれど、そこに映る光は、少しだけ冷たい。
「……ここは、“再構成層”です」
少女――シオンが言った。
声は柔らかいが、どこか機械的でもあった。
「再構成層?」
「はい。崩壊した主層を再構築する、禁じられた空間。
鍵保持者が、“創造”の力を発動できる唯一の場所です」
「創造、ね。まるで神様みたいな響きだ」
「神はもういません。残っているのは、“記録”だけです」
シオンは淡々と言う。
その口調が妙に懐かしかった。
――そうだ。マシロが最初に俺を“供給おじさん”と呼んだときも、
あんな調子で淡々としていた。
思わず笑ってしまった俺に、シオンが小首を傾げる。
「なにか、可笑しいですか?」
「いや……お前、少しマシロに似てるな」
「“マシロ”。記録にあります。前任聖女第三系体。
彼女の記憶データの、一部は私の神経回路に組み込まれています」
「やっぱり、そうか……」
声がかすれる。
生まれ変わり、ではない。
だが、確かに彼女の一部がこの子の中に息づいている。
そのとき、空が鳴った。
塔の上空――七つの環が回転を始める。
崩壊した神の塔が、再構成を始めたのだ。
風が強まる。
足下の光床が軋む。
シオンの髪が舞い、彼女が手をかざす。
「この層は、あなたが“再構築”を選んだ時点で生まれました。
――佐原誠、あなたが神域に干渉したことになります」
「つまり、神の座を奪ったってことか」
「はい。そしてその代償として、“創造の鍵”が発動しました」
鍵。
俺の右手に、それがあった。
銀だったはずの鍵が、今は金色に輝いている。
柄の部分には、マシロの文様と、見慣れぬ追加刻印があった。
「これは……?」
「“再構成鍵”。世界を再設計する唯一の鍵です。
ただし――使えば、ひとつの魂が消える」
「また代償かよ」
「この世界は均衡でできています。
創造は破壊を生む。どちらも、片方だけでは成り立ちません。」
俺は息を飲む。
“救うために壊す”。
その矛盾が、あまりにも重い。
「……それでも、やるしかないんだろ?」
「はい。けれど、あなたは選べます。
一つ目の再構成で“地球”を守るか。
二つ目で“異界”を救うか。
両方は、できません」
「二択、ってわけか」
「そうです。世界は二つ。命は一つ。」
冷たい風が吹いた。
雲の海が逆巻く。
選ばなければ、両方が消える。
選べば、片方が滅ぶ。
――それが、神の選択。
俺が神になるというのなら、どちらかを殺すことになる。
そのとき、胸の奥から声がした。
『……佐原さん』
懐かしい。
マシロの声。
風の中で、確かに聞こえた。
「マシロ……?」
『あなたはまだ、私を覚えてますね。
だから、私は“残響”としてここにいます。』
光が現れ、マシロの幻影がシオンの背後に立った。
穏やかに笑うその姿は、確かにあのマシロだった。
「お前……もう消えたはずじゃ」
『ええ。でも、あなたが私を覚えてくれた。
だから、“供給”は終わらない。
私は、あなたの記憶の中で再構成された。』
シオンが驚いたように振り返る。
光が重なり、二人の聖女が一瞬、同じ輪郭を持った。
「これが……共鳴の最終段階、“双層構成”……」
『シオン。あなたは、私の後を継いだ子ね。』
「はい。ですが私は、記録のために生まれた存在です。
感情も、願いも、ほとんど持ち合わせていません。」
『じゃあ、いま持ちなさい。
――人を救いたいって、ちゃんと、思っていいの。』
マシロの声が、優しく響く。
シオンの瞳が、微かに揺れた。
青の層に、初めて涙の金が混ざった。
「……あたたかい」
その瞬間、再構成層の中心が閃光を放つ。
塔の環が七色に光り、空間が震える。
シオンとマシロの光が融合し、俺の胸の奥へ流れ込む。
「な、何が起きてる!?」
『“創造”が始まります――あなたの願いで、世界が書き換わる。』
光の中で、鍵が燃えるように輝く。
腕が熱い。
心臓が破裂しそうだ。
頭の中に浮かんだのは――マシロの笑顔、シオンの瞳、そして二つの世界。
地球の青。異界の群青。
どちらも救いたい。どちらも捨てられない。
「どっちかなんて選べるかよ!」
俺は叫んだ。
鍵を掲げ、全力で念じた。
「――だったら、世界を一つにしてやる!!」
閃光が炸裂する。
塔の環が同時に回転し、空間が軋む。
時間の層が重なり、二つの世界がゆっくりと溶け合っていく。
雲が割れ、街が浮かび、光の線が無数に交差する。
地球と異界の境界が――再構成されていく。
シオンが叫ぶ。
「ダメです! 二つを統合すれば、均衡が崩れます!
あなた自身が、“代償”になります!」
「構わねえよ!」
『誠さん――!』
マシロの声が響く。
光が爆ぜ、鍵が砕けた。
金の破片が風に散り、俺の身体が光に飲まれていく。
痛みはない。ただ、静かな熱だけがあった。
『あなたの選んだ道が、正しいかどうかは分かりません。
でも――優しいですね。』
「お前が教えてくれたんだよ。
“供給”ってのは、誰かのために生きるってことだって。」
視界が白く染まる。
耳の奥で、鐘の音が響いた。
最後に見えたのは、マシロとシオン、二人の聖女が同じ笑顔で微笑む姿だった。
――そして、世界はひとつになった。
次回予告:第8話「統合世界と、記憶の空白」
地球と異界が融合した新世界。
人々は過去を失い、ただ一人――佐原誠だけが“二つの記憶”を持っていた。
そこに現れるのは、“三人目の聖女”。
すべての真相が、再び動き出す。