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第6話 二人の聖女、そして“禁じられた再構成”

 光の中を落ちていた。

 上下も、時間も、分からない。

 ただ、手の中にあった“手”の感触だけが、現実を繋ぎ止めていた。


「――離さないで」

 その声が、懐かしかった。

 けれど違う。音の高さも、響きも違う。

 マシロではない。目の前にいるのは――“新しい聖女”だった。


 制服姿の少女。白銀の髪が風に流れ、瞳は淡く光る青と金。

 彼女は俺を見つめ、穏やかに言った。


「私は“シオン”。第四の聖女です。あなたは――佐原誠さん、ですね」

「どうして俺の名前を」

「記録にあります。あなたは、“供給者”――前任の聖女マシロのリンク対象でした」


 風が消え、空が生まれる。

 足元の光が固まり、俺たちはどこかの“空中都市”の上に降り立った。

 群青色の空。浮かぶ石造りの塔。雲の下に都市の残骸が見える。

 地球でも異界でもない、世界の中間層。


「ここは……?」

「“再構成界リコード・フィールド”。

 崩壊した二つの世界を、神が再設計するために用意した領域です」


 シオンの言葉に、胸の奥がざわつく。

 ――再構成。

 つまり、世界の修復。

 けれどそれは同時に、何かを消す行為でもある。


「どうして俺がここに?」

「マシロ様が、あなたに“鍵”を残したからです。

 神域への干渉権を持つ、唯一の人間。

 あなたは……“再構成の鍵保持者”となりました」


 ポケットの中の銀の鍵が、微かに光る。

 まるで心臓と呼応しているようだった。


 シオンは静かに笑う。

 その笑みの形が、ほんの少し――マシロに似ていた。


「あなたの魔力回路は、マシロ様と完全に共鳴しています。

 その残響が、今もこの世界を支えている。

 ……彼女の“意志”が、あなたの中にいるんです」


 胸の奥が熱くなった。

 マシロの笑顔、声、最後の言葉。

 全部が思い出にならないまま、心臓の奥で息をしていた。


「じゃあ、マシロは――」

「消滅しました。けれど、“完全”ではありません。

 彼女の記憶データが、この再構成界に残っています。

 それを……呼び戻すことも、できます」


「どうすれば」

「禁じられています」


 あっさりと言い切るシオン。

 けれど、視線の奥がわずかに揺れた。

 彼女自身も、それを望んでいるように見えた。


「なぜ禁じられてる?」

「“再構成”とは、均衡の書き換えです。

 ひとつの魂を蘇らせれば、ひとつの世界が崩れます。

 だから神々はそれを――“創造の禁忌”と呼びました」


「それでも、俺は――彼女を取り戻したい」

 言葉が自然に出ていた。

 何も考えず、ただ心がそう叫んでいた。


 シオンは目を閉じる。

 風が彼女の髪を撫で、瞳が再び俺を見たとき、

 そこには恐れではなく、決意があった。


「ならば、あなたは“創造者クリエイター”になります」

「……創造者?」

「世界を書き換える力。

 鍵保持者が代償を支払えば、神の座を奪うことができる。

 ただし――その代償は、“存在”です」


「またそれか」

「ええ。でも、あなたは選べます。

 マシロを取り戻すか、世界を救うか。

 両方は、成り立ちません。」


 沈黙が、塔の中に降りた。

 心臓の音がやけに大きい。

 ――また選ばされるのか。


 俺が黙っていると、シオンが少しだけ近づいた。

 金と青の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。


「私は、“あなたを見届けるため”に造られました。

 でも、私はあなたに命令する立場ではありません。

 ……“共に選ぶ”ために生まれたのです」


 その言葉が、まっすぐ胸に落ちた。

 マシロがくれた“供給”という絆を、

 この少女は“共鳴”に変えようとしている。


「じゃあ、一緒に選ぼう」

 俺が言うと、シオンの唇がわずかに動いた。

 それは、微笑みだった。

 その瞬間、空が震えた。


 塔の上空、雲を突き抜ける巨大な光の柱。

 七つの輪が浮かび、世界の綻びが再び開く。

 その中心に――人影があった。


 白衣をまとい、瞳が金に輝く。

 背中から翼のような光の線を伸ばした、男。


「……誰だ、あれは」

「“神代構築体アーカイヴ”。

 この世界を創った存在の一部です。

 あなたが“創造”を望んだことで、目覚めました」


 男が笑う。

 その声は、空全体を震わせるほど大きかった。


『また、鍵保持者が現れたか。愚かなる人間よ。

 創造を願うなら、代償を捧げよ。魂を捨てよ。』


「やかましい。お前たちの作ったルールに、もう従う気はない」

『ルールを破る者に、罰が降る』


 瞬間、塔全体が黒い光に包まれた。

 空間がねじれ、重力が裏返る。

 俺はシオンを抱き寄せ、咄嗟に跳んだ。


 足下が崩れ、無数の光の断片が散る。

 そのひとつが頬をかすめたとき、マシロの声が聞こえた。


『――誠さん。もう一度、“供給”してください。』


 空間が止まる。

 時間が、逆流する。

 視界に、マシロの姿が浮かんだ。

 彼女は淡い光の粒となって、俺の腕の中に戻ってくる。


「マシロ……!」

『私は、あなたの中にいた。

 あなたが“創造”を望む限り、私は何度でも――還ります。』


 シオンが目を見開く。

 マシロの光と彼女の体が、ゆっくりと重なっていく。

 青と金が混ざり、ひとつの新しい色――白金の輝きが生まれる。


「……二人、なのか?」

『いいえ、ひとつです。

 あなたが“選ばなかった”から、私は“統合された”。

 ――この世界の、真の再構成を始めましょう。』


 鍵が輝く。

 俺の掌が焼けるほど熱い。

 視界が白に溶け、神代構築体が叫んだ。


『愚か者め! 二つの世界を混ぜるなど――!』

「黙れ。俺はただ、誰も失わない世界を創る!」


 光が爆ぜる。

 塔の環が回転し、世界がひとつの線へと収束する。

 その中心で、俺と“二人の聖女”が光に包まれた。


 そして、声が響いた。


『再構成コード起動――ルール再定義。

 “供給”の意味を書き換えます。

 新定義:供給=共有する生。』


 風が止まり、空が生まれ変わった。

 青い地球の海と、異界の雲の街が、ゆっくりと重なり合っていく。

 世界が、再び動き出す。


 光の中で、マシロ――いや、シオン=マシロが微笑んだ。


「これで、ようやく“始まり”です。誠さん」


 俺は笑って頷いた。

 光が消える瞬間、彼女の指が俺の頬に触れた。


「ありがとう。もう一度、あなたと生きられる――」


 その言葉を最後に、世界が白く、音もなく――再構成された。

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