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第5話 再起動の朝、聖女の残響

 朝が、来ていた。

 ――いや、“戻ってきた”というほうが近い。


 窓の外には、何事もなかったように青い空。

 雀の鳴き声、遠くでゴミ収集車の音。

 いつも通りの平和。

 ただ、俺の部屋だけが――少し違う匂いをしていた。


 焦げた金属のような、甘い香。

 異世界の空気が、まだここに残っている。


 俺はゆっくり起き上がり、胸の奥に手を当てた。

 脈が、異様に静かだ。

 昨日のこと――いや、“あの世界”のことが、まだ夢のように残っている。


「……マシロ」


 名前を口にした瞬間、空気がわずかに揺れた。

 返事はない。けれど、心臓の奥に“微かな反応”を感じた。

 あの光がまだ、ほんの少し、俺の中に残っている。


 テーブルの上には、あの銀の鍵が置かれていた。

 表面に刻まれた文様――マシロの名。

 手に取ると、微かに温かい。

 それはまるで、まだ彼女がこの部屋にいるみたいだった。


「……夢じゃない、ってことか」


 俺は溜め息をつき、洗面所へ向かった。

 鏡の前に立つ。

 目の下のクマ。寝不足の顔。

 けれど――瞳の奥に、淡い金色の光が一瞬、灯った気がした。


 その瞬間、背後で電子レンジが勝手に「チン」と鳴った。

 誰も触っていないのに。


「……おいおい」


 扉を開けると、中には何も入っていない。

 ただ、奥の壁に――聖印の模様が、うっすらと浮かび上がっていた。

 あの日、マシロが使っていたものと同じ形。


「まさか……」


 そのとき、スマホが震えた。

 画面に表示された通知には、奇妙なメッセージが一つ。


【供給回路:再起動完了】

【対象:聖女マシロ/新端末登録:佐原誠】


 意味が分からない。

 スマホを落としかけた俺は、思わず息を呑む。

 次の瞬間、スピーカーから微かな声が流れた。


『……佐原さん、聞こえますか?』


 心臓が跳ねた。

 声の主は――マシロ。

 けれど、どこか違う。少し、電子的なノイズが混じっている。


「マシロ……? 本当にお前なのか?」


『はい。私は――“残響体レゾナンス”。

 あなたと私が共有した魔力の記録から生まれた、半自律意識です』


「つまり……お前の、コピーか?」


『コピーではありません。“共鳴体”。

 あなたの心が覚えている私――それが私です。』


 息が詰まる。

 俺の中に残った“彼女”が、ネットワークを介して現実に干渉している?

 そんな馬鹿な。けれど、画面の光は確かに彼女の声をなぞっていた。


「お前、どこにいるんだ?」


『あなたの中にも、外にも。

 でも、長くはもたない。――“次の綻び”が、もう開きかけています』


 俺は立ち上がった。

 胸の奥が熱い。

 昨日、塔で感じたあの力が、まだ脈打っている。


「綻びって、どこに?」


『地球側の“主層接点”が活性化しています。

 座標は――東京都港区、赤坂。国立新研究都市区画。』


「……また赤坂か。皮肉なもんだな。神の塔が今度はビル群の真ん中かよ」


『お願いします。あの場所で、“次の聖女”が目覚めます。

 彼女を――助けてください』


 声が途切れた。

 スマホの画面が暗くなり、静寂が戻る。

 代わりに、俺の掌の鍵が淡く光っていた。


 ――次の聖女。

 つまり、“彼女の後継”。


 また誰かが代償を払うのか。

 そのたびに、誰かが消えるのか。

 そう考えた瞬間、胸の中で“もう一つの声”が響いた。


『ルールは破るためにある――』


 マシロの言葉。

 あの日の笑顔が、鮮明に蘇る。

 俺は息を吐いて、立ち上がった。


「……だったら、今度は俺がルールを壊す番だ。」


 ***


 電車の窓から見える街は、いつもと同じようで、どこか違っていた。

 駅ビルの屋上に、見えない“揺らぎ”がある。

 空の端に、肉眼では見えない波紋が広がっている。

 誰も気づかない。けれど確かに、世界は変質し始めていた。


 スマホの画面が、再び光った。

 マップアプリのピンが、真っ赤に点滅する。

 ――赤坂。国立新研究都市。


 そのとき、電車のスピーカーが異常を知らせた。

 「この先、信号の確認を行います」と言ったきり、音が途絶える。

 周囲の人々がざわつき始めた。

 外の景色が、ゆらりと揺れた。


 空が、裂けた。


 誰も悲鳴を上げない。

 気づいているのは、俺だけだ。

 それは、“異界の綻び”の光だった。


「……早いな」


 ポケットから鍵を取り出す。

 その瞬間、金属が震え、光が弾けた。

 俺の右手の甲に、聖印の痕が浮かび上がる。


『供給回路、開放。――時空同調、再起動。』


 電子音が頭の奥で響く。

 車内の景色が、青い光に包まれていく。

 誰もいない。

 まるで時間が止まったように、乗客全員が静止している。


 ――いや、ひとりだけ動いていた。


 ドアの前。

 制服姿の少女が、こちらを見ていた。

 見知らぬ顔。けれど、瞳の奥に見覚えのある光。

 青と金。あの、マシロと同じ色。


「……お前が、“次の聖女”か」


 少女は、少しだけ首を傾げて言った。


「あなたが、“供給者リンク”ですか?」


 声の響きが、懐かしいほど似ていた。

 俺は微笑んで、手を差し出す。


「そうだ。

 でもな――俺はもう、供給だけの人間じゃない。

 今度は、一緒に世界を直す。」


 少女はわずかに笑い、俺の手を取った。

 瞬間、青と金の光が交錯し、電車の窓が砕ける。

 光があふれ、風が逆流する。


 再び、世界が裂けた。

 だが今度は、俺が――先に飛び込んだ。


次回予告:第6話「二人の聖女、そして“禁じられた再構成”」

地球と異界の同時崩壊が始まる。

佐原と新たな聖女・シオンの共鳴によって、

“供給”は新たな形――創造へと進化する。

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