第10話 最終供給 ― 終わりなき創造
――光が、静まった。
気がつくと、俺は白い平原の上に立っていた。
風は吹かない。空は無限に続いていて、どこにも地平線がなかった。
時間の感覚すら、もうない。
ただ、胸の奥が温かく、世界全体が鼓動しているのを感じた。
「ここは、“再構成の中心”。」
声がした。
振り返ると、ユニスが立っていた。
白金の髪が光をまとい、瞳の奥に二人分の記憶が揺れている。
マシロの優しさと、シオンの理性――そのどちらもが彼女の中にあった。
「……終わったんだな」
「ええ。あなたが“供給式”を再定義したことで、
世界はようやく“人の法則”で動き始めました」
遠くの空で、七つの環がゆっくりと消えていく。
あの忌まわしい神の装置はもう存在しない。
代わりに生まれたのは、柔らかな青い空だけ。
「でも、“創造”は終わっていません」
ユニスが、静かに歩み寄る。
その表情は、どこか寂しそうだった。
「再構成の均衡が、まだ安定していない。
あなたと私、二人が存在する限り、この世界は“二つの心臓”を持つ。
どちらかが、止まらなければなりません。」
胸の奥がざわつく。
俺は首を横に振った。
「そんな理屈はもうどうでもいい。
俺はお前と一緒に生きたい。それじゃ、駄目なのか?」
ユニスは微笑んだ。
その笑みが、あまりにもマシロに似ていた。
「あなたは変わらないですね。
でも……“供給”とは、本来、誰かのために自分を削ること。
あなたが世界にそれを与え続けるなら、いずれあなたが消える。
それが“人間の限界”です。」
「だったら、限界を壊せばいい。
俺はもう、神の真似事をしたくてここにいるんじゃない。
お前と、生きたいだけだ。」
その言葉に、ユニスが小さく息を呑む。
そして、ゆっくりと首を振った。
「それが“生きる”ということなら、きっと私は……もう、充分です。」
光が彼女の指先から漏れ始めた。
まるで砂が風に溶けるように、形がほどけていく。
「やめろ……!」
俺は手を伸ばすが、彼女はその手を取って、優しく微笑んだ。
「あなたの中に、マシロも、シオンも、そして私もいます。
私たちは、もう一人の“あなた”の中で生きていく。
これ以上の供給は、必要ありません。」
「違う! 供給は……与えるだけじゃない。
一緒に生きることだろ! まだ終わってない!」
ユニスの瞳が潤む。
光の粒が頬を滑り落ち、俺の手に触れた瞬間、
温度が伝わった。あの、マシロの温かさ。
「誠さん。あなたは、ちゃんと“創造者”になれました。
与えるだけじゃなく、愛することを選んだ。
――だから、この世界は動き出したんです。」
足下の白い大地に、色が流れ始めた。
緑が芽吹き、風が生まれ、鳥の声が響く。
すべてが、彼女の言葉とともに形を取り戻していく。
「ねえ、覚えてますか?」
ユニスが微笑む。
「供給って、共有のことなんですよ」
――あの言葉を、もう一度。
俺の視界が滲んだ。
喉が熱くなり、何も言えない。
彼女は一歩近づき、額を俺の胸に寄せる。
「私の最後の供給を、あなたに渡します。」
光が流れ込む。
心臓が跳ねる。
彼女の体が透けていく。
「待て! やめろ!!」
「これで、あなたは完全な“創造者”になります。
もう誰も、あなたから奪えない。
――でも、たまには泣いてくださいね。人間らしく。」
彼女の声が、穏やかに消えていく。
光が俺の中に吸い込まれ、胸の奥に一つの言葉が残った。
『あなたが生きる限り、世界は続く。』
そして、ユニスの姿は風に溶けた。
***
どれほどの時間が経ったのか、分からない。
気づけば、俺は草原に立っていた。
空は青く、ひとつ。
ビルと塔が混ざり合った都市の輪郭が、遠くに見える。
――あの、統合世界だ。
耳元で、風が囁いた。
マシロの声。シオンの声。ユニスの声。
それらがすべて重なって、ひとつの旋律になる。
「おかえりなさい、誠さん。」
俺は空を見上げた。
雲の隙間に、七色の光が瞬いた。
それはもう神の環ではない。
“供給”の光。
世界そのものが、呼吸をしている証だった。
「……これが、俺たちの創造か」
胸に手を当てる。
鼓動がある。
それだけで充分だった。
そして、風に向かって、静かに呟いた。
「ありがとう。お前がくれた命で、俺は――生きる。」
遠くの空で鐘の音が響いた。
それはもう、神の命令でも、奇跡でもない。
ただ、世界の“呼吸音”だった。
俺は歩き出した。
この新しい世界で。
マシロと、シオンと、ユニスと――
そして、俺自身と共に。
“供給”の終わりは、生の始まりだった。
【第一部・完】――。