第8話 夜遅い帰宅
群青だった空も黒く染まり、もうすっかり夜になっていた。呪詛生物に襲われて退治している間に日が沈んで遅くなってしまった。
住宅街に灯るいつもより明るく感じる街灯が結衣に時間の遅さを感じさせてくれた。
「ただいまー……」
ようやく帰宅した結衣が玄関の扉を開けると、家の中からお母さんの鋭い声が飛んできた。
「結衣っ!! 今何時だと思ってるの! こんな遅い時間までっ!」
玄関の明かりの下、お母さんは腕組みをして仁王立ち。
時計の針は、確かにいつもより遥かに遅い時間を指していた。
「ご、ごめん……ちょっといろいろあって……」
「いろいろって何よ! はっきり言わないとお母さん心配しちゃうでしょ! まさか怪しい人に声を掛けられたりとか……」
「ち、違うの! そういうんじゃなくて……その……呪いに襲われてて……」
「……え?」
ぽかん、とお母さんが目を見開いた。
やってしまった、と結衣は青ざめる。
(うわ、今の絶対言い訳っぽく聞こえた……!)
普通の人が呪いなんて信じるとは思えない。結衣自身だって神楽との一件が無ければ信じなかっただろう。
けれど、お母さんは次の瞬間、深刻な顔になって言った。
「――あなた、まさか呪いと関わってるの……?」
「えっ……?」
今度驚いたのは結衣の方だった。ぽかんとする娘の前でお母さんはとくとくと語りだした。
「あなたぐらいの年の子は知らないと思うけど、この町には古くから、悪いものがいるって言われてるの。おばあちゃんも言ってたわ。神楽麻倶奈というとても悪い奴がいて、鎮めるために偉いお坊さんが来て町を救ってくれたって」
「…………ええええええっ!?」
まさに関わっているというか憑いているのがその神楽で結衣は開いた口が塞がらなくなってしまう。その神楽は戦いで疲れたのか今は姿を現してはいないけれど。
お母さんは冗談ではなく、真剣な表情だった。
「お寺のお坊様にお願いして、お祓いしてもらいましょう。きっと何とかしてくださるはずよ。あと町のご神木にお参りを……いや、もっと強力なご祈祷も……」
お母さんはすっかりモードに入ってしまい、手帳を出して、バタバタとお寺や神社の電話番号を調べ始める。
「ちょ、ちょっと待って! それ大げさすぎるって!!」
「大げさじゃないわよ! この町で呪いは大変な物なのよ! あなたの身に何かあったらどうするの!?」
「だ、だから、だいじょうぶだからっ! 呪い……とかじゃなくて……そうだ、葵! 葵が何か漫画に似た呪いの指を持ってきてさ。それは作り物だったんだけど何か話で盛り上がっちゃって」
「え? 漫画の話?」
「そう漫画の話」
「それって最近流行りの呪術がどうとか鬼がどうとかって話の奴?」
「そう、多分それ」
結衣は何とかしどろもどろに弁解を繰り返し、何だか知らないけど上手く誤魔化すことは出来たようだった。
「もういつまでも漫画の話ばかりしてないで勉強もちゃんとするのよ」
「うん……」
「一応、お坊さんを呼んでお祓いはしてもらうから次の日曜日は家にいるのよ」
「う……うん……」
どうやらお祓いは避けられそうにないのでその日は神楽は葵に預かってもらおうと思いながら結衣は自分の部屋へと向かうのだった。
――バタンッ。
ドアを閉めると静かな部屋。いろいろあってやっと帰ってきたと実感ができた。
結衣はベッドに倒れ込み、額に手を当てた。
「……お祓いかあ。そんなに悪い奴じゃないと思うんだけど……」
それは最初は怖がったけれど、今では随分と打ち解けてきたように思う。
ふっと耳元で声がした。
「人間にしては、鋭い勘だ。お前の母親は昔の我の事を知っているようだな」
神楽がどこからともなく現れ、昔を懐かしむように微笑む。
「呑気に笑ってる場合じゃないから……。あんた昔のこの町でどんな悪さをしてきたのよ……」
「我が望んだのではない。望む者に力を貸し、それが災いを呼んだのだ」
「人間のせいってわけ……?」
「それが呪いというものだ。我も良かれと思って力を貸したのだがな……」
言われても過去を知らない結衣にはどこまで本当の事かは分からない。神楽もそれ以上には語らずに現在の事に話を続けた。
「それよりも奴が呼ぼうとするお坊さんが気になるな。そいつが祠堂悠斗ぐらい出来る術師なら我でも無視できぬ存在となる」
「祠堂悠斗?」
「我と戦った術師だ」
「ああ」
そう言えば神楽麻倶奈を鎮めたお坊さんがいると言ってたっけ。その人が今もいるかは知らないが、争いに巻き込まれたくない結衣に言える事は一つだ。
「次の日曜日は葵のところに行っててよ」
「もちろんだ。我がこの辺りにいた痕跡も出来る限りは消していこう」
どうやら神楽も同じ思いなのは助かるが、それは同時にそれだけお坊さんのお祓いというのがやっかいなのではないかと結衣は別のため息をついてしまうのだった。




