第7話 呪いの渦で
結衣は葵を取り込もうとする呪いの渦の中へと飛び込んでいく。
それは生き物のように見えたが、結衣の辿り着いた場所はまるで黒い空間だった。
侵入者に反応した呪いが取り込もうと手を伸ばしてくるが、それは力でガードする。結衣にも呪いの力への対処法が段々と分かるようになってきた。
呪いの標的も結衣の目的も今ここにある者ではない。結衣はすぐさま草の根をかき分けるように意識を飛ばす。
(葵はどこ……? どこにいるの……?)
その時、神楽の声が結衣の脳裏に響いた。
「あの呪詛生物は葵を媒介にするつもりでいるようだな」
「媒体……って、まさか――!」
「ああ、お前を直接取り込むのは無理と判断してまずは近くにいる者を狙ったのだろう」
「そうはさせない。絶対守るから。葵は、私が……!」
「いい覚悟だ。ならば、力を解放するぞ。――本気でやるのだ、結衣!」
「……うん!」
風が、巻き起こる。
結衣の背に、神楽の影が重なる。瞳が赤く染まり、足元には呪印の魔法陣が展開される。
少女は、恐怖に抗い変身する。
親友を守るために――
呪いの神と共に、立ち向かう。
異様な静寂の暗闇の中、呪詛生物は裂けた肉の口から、紫黒の瘴気を吐き出していた。
その瘴気は葵の身体にまとわりつき、まるで生きているかのように絡みつき、さらに引きずり込もうとしていく。
「やだ……やだよ……!」
葵の目が恐怖で揺れ、声が震える。
「結衣ちゃん、神楽ちゃん、私は……」
「やめろ!!」
結衣は迷わなかった。
紫黒の渦が唸りを上げるその中心へ―― 自ら飛び込んだ。
渾身の拳が葵を呑み込もうとした闇の怪物をただ一撃で消し飛ばす。
「あの怯えていた小娘が、ただ一直線に呪いに突っ込むとはな……」
神楽の感心した声が驚きと共に響くが、結衣は構わずに大きく叫んだ。
「友達を助ける為だもの、呪いなんて怖がっている暇ないのよ!!」
――瞬間、
結衣の視界が、闇に沈む。
戦いはまだ終わってはいない。さっきの化け物が本体なのではない。この空間自体が呪いなのだ。
世界は黒く、冷たく、重苦しい。
まるで底知れぬ沼のように、結衣の足を、心を、沈めようとする。
《やめろ……無駄だ……人は皆、裏切る……奪う……傷つける……友だという者を信じるな……》
耳元で、不気味な声がささやく。
無数の怨念、呪い、恨み――それが結衣の心を蝕もうとした。
(……怖い……でも……)
彼女は、胸の奥にある微かな“光”を握りしめた。
「私は、葵を、信じてる!」
そう叫んだ時、手の呪印が強く脈打つ。
「戦え、結衣。お前がそれを望むのならば、我もお前を支えよう」
神楽の声が、意識の中に響いた。
「――ああ、行くよ、神楽!」
結衣の身体が、白銀の光に包まれ、
呪いの渦の中心で、紅い魔法陣が輝く。
「――《呪印解放・破呪陣》!!」
彼女の周囲に広がったのは、呪いを浄化し返す逆転の術式。
渦の中で、葵を覆っていた瘴気がバチバチと音を立てて弾け、苦痛の声を上げながら姿を現した呪詛生物が後退する。
それは再び闇の中へ溶け込もうとするが、結衣の打ち込んだ力がその動きを阻害していた。
「葵!! 目を開けて!!!」
結衣は敵に構わず、倒れそうな葵の手を強く握った。
「……結衣……?」
ようやく、葵の目に微かな光が戻る。
「ごめん、怖かったよね。でも、もう大丈夫。私が……私たちが、守るから!」
「――行け、結衣。呪詛生物の核は、今、さらけ出されている」
「わかった……これで、終わりだ!!」
結衣は呪印を掲げ、渦の中心でもがき続ける呪詛生物へ向けて、渾身の一撃を放った。
「《破呪・終結》――!!!」
眩い光と共に呪詛生物の体は砕け、呪いの空間は音もなく霧散した。
――静寂が戻る。
気が付けば結衣は元の場所で息を切らしながら葵を抱きしめていた。
温かいぬくもりが、確かにそこにあった。
「えへへ……助けてくれて、ありがとう、結衣」
「ううん……私こそ、ごめん。巻き込んで……でも、もう大丈夫だから」
神楽がふっと現れ、どこか満足そうに言った。
「ふむ……友の絆か。この世界にもまだそういったものがあるのだな」
結衣と葵はしばらくの間お互いに見つめ合い、やがてお互いの無事や健闘をたたえ合い、そしていつものように手を振ってお互いにそれぞれの帰路へとついていった。




