第19話 動き出す新たな歴史へ
結衣と夏実が部屋で話し合っている頃、葵は神楽と共にその古びた神社を訪れていた。
「ここが……結衣ちゃんが夢で見たっていう神楽ちゃんの神社なの?」
「そうだ。恐れずに入っていいぞ。我が招くのだからな」
葵は神楽に促されるまま、ゆっくりと鳥居をくぐる。
「あの頃は結衣もまだ怖がっていたな。最近は何だか度胸がついてきた気がするが。お前はどうだ? 帰りを望むなら今のうちだぞ」
神楽の声は穏やかだが、どこか不安げな響きもある。
葵から望まれての訪問だったが、神楽はここまで来れば葵は恐れるだろうと思っていた。人であるならば呪いを恐れるのは当然のことだ。
ましてやこの町の呪いの中心地――この古びた神社は、町の人間にとって忌まわしい記憶が残る場所だろう。
しかし、神楽の思いとは裏腹に、葵は逆に興奮している様子で、とても嬉しそうだった。
「すごい! こんな伝承で語られている神社を実際に見れるなんて!」
葵は目を輝かせながら、神社の古びた建物や周囲の木々を見回していた。
神楽は少し呆れたような表情を浮かべる。
「葵、普通なら怖がるものだぞ。この町の人間なら誰もが呪いを恐れるものだ」
だが、葵はにっこりと笑いながら首を振った。
「私はオカルト好きだよ! そりゃ怪物が出てきたら怖いけど神楽ちゃんなら安心だし。こんなに雰囲気のある場所、最高だよ。ホラー映画みたい! 写真撮っていい?」
「駄目だ。結衣が知られないように努力しているのが無駄になるだろう」
「だよねー。後で神楽ちゃんとツーショット写真撮って結衣ちゃんに送ってやろう」
「まったく……」
神楽は葵の言葉に驚き、少し面食らった。
(こんなにも楽しそうにしているなんて、予想外だな……)
「葵、あまり近づかない方がいい。その神社には気をつけたほうがいいぞ」
神楽は注意深く葵に言うが、葵は気にせずに神社の傍へと足を踏み入れていく。
「大丈夫だよ! 歴史的な建造物を壊さないようにちゃんと気を付けるし。それに、怖いのってスリルあって面白いよ!」
葵は楽しそうに言いながら、神社に触れないようにして見回している。
神楽はその表情を見て、少しだけ安心したような気持ちになったが、同時に複雑な思いも抱えていた。
(こんなにも楽しそうにしている葵を見ていると気が削がれるな……。でも、こいつが変わり者なだけで、この町の人間はそうではない。我はそれを知っている)
神楽は葵の動きを追いながら、警戒を怠らない。
「こんないわくつきの場所を楽しむ人間というのも珍しいものだな。普通は恐がって逃げる物ではないのか?」
葵は振り向き、笑顔で答える。
「だって、こんな本格的な神社を見れる機会なんてないもん! 普段はただの観光名所とかばかりで、いわくつきの場所には入れなくなってるし。こういう『本物の』場所はワクワクするよ」
その言葉に神楽はまた少し戸惑う。
葵が興奮しているのを見て、神楽はふっと笑った。
「また呪いの怪物が出てきたら、お前も少しは戦えるようにしておけよ」
「うん、わかった! でも、結衣ちゃんもすごいよね。あんな恐い化け物と戦える勇気を持っているんだから」
「あいつは力を持っているからな」
「ううん、それだけじゃないよ。私ならきっと震えちゃう。結衣ちゃんは私達が思うよりずっと特別な存在なんだよ!」
「あるいはそうかもしれないな」
葵はそのまま駆け出すように神社の正面へと歩みを進める。
「ねえ、せっかく神社まで来たんだから何かお祈りしていっていいかな?」
「お前も結衣のように戦う力を望むのか?」
「ううん、違うよ! みんなと神楽ちゃんがもっと友達になれますようにって!」
その言葉は神楽にとってどこか懐かしくて、彼女は遠い日に思いをはせるのだった。
結衣から話を聞き終えた夏実が帰る時間になったので、結衣は母と玄関に見送りに出た。お母さんは心配そうにしていたが、夏実が安心させるように微笑むと落ち着いたようだった。
「安心してください。娘さんは大丈夫ですよ。また何かあったらご連絡ください」
「はい、今日はどうもありがとうございました」
「結衣さんもまた何かありましたら遠慮なく申してください」
「うん」
一礼して去っていく夏実を見送って、結衣はやっと肩の荷が取れたような安心の息を吐くのだった。
夏実は夕暮れの道を一人歩いていく。
「夢で見る神社。かつての呪いがこの町に影響を与え始めているということだわ。神楽の復活は間違いなく近づいている」
夏実は家を出てしばらく歩くと、周囲に広がる薄暗がりの中で一度立ち止まり、何かを確かめるように周りを見渡した。
「……まだいるようね。ここに集まりなさい」
そう呟いた後、夏実は再び歩き出した。通りを進みながら、少しずつ力を込めて手のひらを広げる。静かな道を歩く夏実の姿には、何の不安も見えない。むしろ、何か待ち望んだ物が来るような充実感が漂っている。
そして、夏実はふっと足を止めた。
彼女が目を向けた先には、手の平に凝縮された黒い球体――自らが消し去ったはずの呪いの固まりがあった。
夏実の口元がわずかに歪み、微笑む。
「回収完了、か……」
呪いの残滓がこの町には蔓延っている。それは深まれば呪詛生物を発生させるほどの力を持つこともあるが、今ではその力は薄れ、人にも気づかれないただの無力な影に過ぎない。
「こんなものではなかったはずだわ。かつての神楽のいた時代なら。御先祖様は偉大な事を為したのかもしれないけど、私達にとっては栄光を奪われただけよ」
夏実は手の平を握り、固めた呪いの残滓を静かに引き寄せる。
その力を体の内で感じながら、夏実の表情はどこか楽しげで、満ち足りた様子だ。
「神楽の復活……か。いよいよだわ」
呪いの痕跡が消え、夏実の中で力となる。
その瞬間、夏実の瞳が少しだけ輝いた。
「神楽が完全に復活すれば、もっと強力な呪いが現れる。今度は止めない。人がどれほど苦しもうと、求めるのが人の在り方なのだから」
夏実の口元がほくそ笑み、ゆっくりと手を下ろす。
その言葉に続くのは、未来に対する確信と期待に満ちた足取りだけだった。




