第18話 結衣の話
部屋に戻った夏実は開けた窓を閉めると、そっと座卓の前に座った。そこには結衣の母が入れてくれたお茶が置いてあり、それを綺麗な所作で一口すすった。
彼女は何も急かしてこなかったが結衣を待っていたのは明らかだったので、結衣も静かにその対面に座った。
結衣の脳裏にはまだ先ほどの光景が焼き付いていた。窓から迷いなく飛び出し、呪詛生物に立ち向かっていった夏実の姿。――まさしく「本物の術師」だった。
「……すごかったよ、夏実ちゃん。あんな戦い、初めて見た」
結衣が素直に言うと、夏実は気楽に微笑んだ。
「私は祠堂家の血筋だからね。これくらいは普通よ。むしろ物足りないぐらい。私も悠斗様の時代に生まれて神と呼ばれるレベルの呪いと戦いたかったわ」
さらりと返され、結衣は思わず息をのむ。もっと強力な敵と戦いたいという言葉が、雑魚が街角に潜んでいるだけで困ってしまう結衣の現実とはあまりにかけ離れていた考えだったから。
もしかしたら夏実になら結衣を悩ませている呪いの問題を断ち切る事ができるかもしれない。でも、夏実に本当のこと――神楽と出会ったことを話すわけにはいかない。
神楽が結衣の為にしてきてくれた事、葵とともに三人で過ごした日常、自分達はもう友達なのだから。
だから結衣は少し考えてから、なるべく神楽の事は伏せて、ごく自然のありふれた呪いの話であるかのように切り出すことにした。
「実はね……私、最近変な夢を見たの。古い神社が出てきて、誰もいないのにすごく怖い夢」
「神社? それはただの夢じゃないかもしれないわね。覚えている事を詳しく教えてくれない? その神社が何を示唆しているのか、何か手がかりが見つけられるかもしれないわ」
さっそく夏実に食いつかれた。結衣は少し驚きながらも、神楽と関わる事は話さず、夢の中で見たことをできるだけ思い出して話した。
「うーん、覚えているのは……そこはすごく古びた神社で、周りに何もないの。鳥居がひとつだけ立ってて、すごく不気味だった」
「不気味、ね。何かが呪われた場所に関わっているのかもしれないわ」
夏実はじっと結衣を見つめ、神妙な顔になって内緒話を打ち明けるように口元を寄せて話しかけてきた。
「その神社って神楽に関係があるんじゃないかしら。古い文献で神社と神楽が関わっている事が記された物があるの。結衣ちゃんが夢で見たその古い神社は昔神楽と何らかの関わりがあったのかもしれない」
結衣の心臓が一瞬、跳ね上がった。
「神社と神楽が……?」
神楽の事なんて一言も喋っていないのに神社からそこへ一気に結びついてしまった。
夏実はゆっくりと身を引くとお茶をすすり、結衣の顔を見つめながら話を続けた。
「驚く事ではないわ。私のご先祖様、祠堂悠斗が神楽と戦って封じたとされているのも神社なの。その場所は人間がうかつに呪いに近づかないよう配慮されたのでしょうね。文献にも残ってないんだけど。封印された場所やその周辺には、強力な術がかけられていて、誰も近づけないと言われているわ。でも、その術が薄れてきているのかもしれない。あなたが見た夢、この町で起こる何かしらの兆しかもしれないわ」
そこまで一気に言われて、結衣は今では忘れかけていた夢を見ていた頃の恐れが現実味を帯びてきて、胸がざわついた。
「でも、私は何も神楽の事なんて知らないし……」
「神楽はまさしくこの町にはびこる呪いの大元よ。その存在は、あなたの中に少しずつ影響を与えているかもしれない。あなたが見た神社、そして呪詛生物に狙われたことも繋がっているわ」
夏実は結衣の方を見ながら、少しだけ強い口調で言った。
「あなたは戦う自信があるかもしれないけれど、この町に再び呪いの危険が迫っている。神楽が解放される事になれば、私の仕事も増える事になるかもしれないわね」
結衣はその言葉に、全身が震えるような感覚を覚えた。
「夏実ちゃん、私はどうしたらいいの?」
思わず、そう聞いてしまった。
夏実はしばらく考えた後、安心させるように微笑んだ。
「まずはその神社の場所を特定する必要があるわね。あなたが見た夢の中に、何かしらの手がかりが隠れているはず。それを追いかけることが、今できる最初の一歩よ」
結衣は強くうなずいた。
「わかった……。私、頑張って見つけるね」
その場所に行ったことはあるが、行き方はまだ謎のままだった。神楽本人に聞けば教えてくれるかもしれないが、隠される危険性を考えたらまずは自分で探るべきだと思う。
「何か分かったら教えてちょうだい。その夢の場所を突き止められれば、そこから先に進める。何が待っているか分からないけれど、私が全力でサポートするから。怖がる必要は何もないのよ」
結衣は深呼吸をしてから、うっすらと笑った。
「ありがとう、夏実ちゃん」
「話を続けて」
「うん……」
結衣は頷き、さらに自分に起こった呪いとの関わりの話を続けた。
「それから……葵に郷土研究部を紹介されて、そこの人たちと一緒に呪詛生物と戦ったの」
夏実は少しだけ驚いたように目を丸くしてから、ふっと真剣な表情に戻った。
「素人が呪いに立ち向かおうなんて。危険なことをするものね」
「それはみんなも分かっていると思うんだけど、この町は昔から呪いと関わりがあるから自分達で何とかしたいみたいで……」
「でも、結衣ちゃん。自分達が危ない事に関わってるって、ちゃんと分かってる?」
「うん……でも、放っておけなくて」
自分でもまだ整理しきれていない胸の内を吐き出す結衣。夏実はそんな彼女をまっすぐに見つめ、しばし黙り込んだ。やがて柔らかく微笑んで、結衣の手を取った。
「大丈夫。あなたがどんな夢を見ても、何に巻き込まれても、この町の呪いは必ず私が祓うから」
その言葉に結衣の胸がじんわり熱くなり、思わず神楽の顔を思い出してしまう。
(私は夏実ちゃんを信じていいんだろうか。でも、神楽の事も裏切りたくはない……)
結衣は小さくうなずきながらも、心の奥で神楽とみんなが仲良くなってくれる事を願わずにはいられなかった。




