第12話 町外れの探索
廃ビルの建つ敷地を目にして、結衣の胸は高鳴っていた。
町外れにひっそりと佇むこのビルは、長い間誰も近づかない場所だった。
外壁はところどころ崩れ、ガラスは割れ、窓には埃が積もっている。
全体に薄汚れた空気が漂い、かつての賑わいの面影はすっかり消えていた。
「ここが、呪詛生物の痕跡があった場所か……」
みんなが息を呑んで周囲を見渡す。辺りはひっそりと静まり返り、何も存在しないかのように思えた。
あるいはこの世ならざる存在が現世の者を遠ざけているのだろうか。
さすがの真司も少し不安そうに言った。
「これが本当に呪詛生物の影響だとしたら、まだ痕跡が残っているかもしれない。それに、このビル周辺には怪しい気配が漂っている」
辺りを伺っていた怜が冷静に言う。
「気配があるのなら、見逃すわけにはいかないわ。私たちができることは、できる限りの情報を集めて、神楽の復活を防ぐこと。どんな小さな手がかりでも無駄にはできない」
遥がその言葉を引き継ぐように、明るく言った。
「じゃあ、行こうか! みんなで協力して調べればきっと何か分かるよ」
その言葉に一同頷いて、意を決してビルのある敷地へと踏み込んだ。
ここにあの怪物がまたいるのだろうか。何の姿もない空虚なビルの窓を見上げる結衣の隣で遥と怜が声を掛けてきた。
「結衣ちゃんは凄いね。ここまで来てまるでびびってる様子がないもん」
「謝るわ。あなたはどこかで逃げると思ってた。あなたは本当に強いのね」
「そ……そんなことないよ。みんながいるから恐くないだけ」
それは本心でもあったが、遥と怜には冗談だと思われたようで軽く笑われてしまった。
やがて薄暗い内部に足を踏み入れると、すぐに湿気とカビの匂いが鼻をつく。
床は不安定で、歩くたびに軋む音が鳴った。
どこかで、かすかな風の音が聞こえるが、人の気配は一切ない。
「気をつけろよ、結衣。呪詛生物は何でも食らう。君は自信があるかもしれないが初心者なんだ。襲われたらすぐに僕達を頼れ」
真司の警告に、結衣は気を引き締めた。
彼らは呪いの怪物とも戦った経験者なのだろうか。結衣の知るより前から研究をしていたようだし、この町に呪いも昔からあるから経験があるのかもしれない。
「うん、分かってる」
部室での緊張がまだ残っているのか、結衣の肩の力は抜けなかった。
だけど、今はもう後戻りはできない。
自分の知らない世界に踏み込んで、少しでも多くを知りたいと思ったから。
「この階には何も無いようだな」
「上に行きましょう。人のいない廃墟は呪詛生物の痕跡が残りやすい場所よ。見落とさないように」
結衣は心の中で深く息を吸い、気を取り直した。
ここで何かを見つけなければならない。呪詛生物の痕跡、あるいはそこから神楽の呪いに繋がる一端を――。
「あそこに何かある!」
その時、遥が窓際に近づき、壁にかかる不自然な影を指さした。
「これ、見て! 何か書いてある!」
「文字では無さそうね。図形かしら」
「何らかの意味のある呪いの陣なのかもしれない」
結衣もそこに駆け寄ると、薄暗い壁に、何かが刻まれているのを見つけた。
それは文字でも、図でもなく、奇妙な模様だった。
「これは……」
神楽の使っていた術式で似たようなのを見た気がする。
結衣はしばらくじっと見つめると、ようやく口を開いた。
「呪紋……?」
遥が頷きながら言った。
「これ、神楽に関係しているかもしれない。もしかしたら、呪詛生物が現れる場所にこれを刻んで、呪いの力を呼び寄せているのかも」
神楽がここに来て何かしたとは結衣には思えなかったが。
真司はしばらく黙っていたが、低い声で言った。
「それに、あちこちに黒く染まった場所がある。これは呪詛生物が通った跡かもしれない。ひょっとしたら、まだこの廃ビルの中にいるのか……」
その言葉に結衣はさらに深く、廊下の暗がりの奥を見つめた。
(呪詛生物がまだここにいる可能性がある……)
その存在をまだ感じる事は出来なかったが。
「さっさと探して、倒しましょう」
怜が引き締まった顔で言う。
「私たちの目的は、神楽の復活を防ぐこと。呪詛生物を倒すのも、その為の手段よ」
結衣はここに呪いの痕跡があると改めて感じた。
今はここでしっかりと足を踏みしめ、目の前にある真実を掴まなければならない。
少しずつ足を進めて行くと、廃ビルの奥から奇妙な音が聞こえてきた。
何かが動いているようだ。
一同は、その音がどこから来ているのかを探るべく、さらに深く進んでいった。




