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第1話 呪印の目覚め

 ――静寂な夜、満月が街を淡く照らしていた。


 天川結衣あまかわ ゆいは、薄暗い神社の境内に足を踏み入れていた。古びた鳥居をくぐると、足元の落ち葉が音を立てて舞い上がる。人の気配すら感じない神社だが、結衣には向かう理由があった。


「こんな時間に私は何やってるんだろう……」


 事の発端はささいな事。

 彼女が神社を訪れることになったのは、ある夢がきっかけだった。

 その夢は連日繰り返されるもので、暗い森の中を歩き続け、やがて歴史を感じさせる古びた神社の前にたどり着く。そして、そこで必ず目が覚めるのだ。

 最初はただの悪夢だと思っていたが、あまりに鮮明な映像と現実味のある感覚が続くため、不安を感じていた。


 そこで結衣はある日の放課後、クラスメイトで親友のあおいに相談することにした。


「最近、毎晩同じ夢を見るんだ。古い神社の前で立ち尽くして目が覚めるの。ちょっと気持ち悪くてさ……」

「それはきっと呪いだよ!」


 葵は少し驚きつつも、笑い飛ばしたりせず目を輝かせて答えた。オカルトじみた質問は星占いとかが好きな彼女の好奇心を刺激してしまったようだった。

 結衣は真剣な悩みを相談したつもりだったのに、ぐいぐい来る親友に気後れしてしまう。


「もしかして最近幽霊に憑りつかれるような何かをやったとか!? ほら、アニメやテレビでもあるじゃん。後ろめたい事をして霊に呼ばれるとか!」

「やめてよ……そんな怖いこと言わないで……葵ちゃんにとって私はどんな人間に見えてるの……?」

「もちろん、結衣の事は信じているよ。でも、恨みはどこで買うか分からないからね。大丈夫、よく効くお札あげるから。はい、これどうぞ」


 相談する相手を間違えただろうかと思いつつ、他にこうした話の出来る友達もいなかった。

 結衣は葵から差し出された霊験あらかたそうに見えるお札を受け取る。占いが趣味の葵はこうしたアイテムをよく持っているのだ。

 そして、彼女は自信たっぷりに宣言してくれる。


「これをその神社の扉に貼ればいいよ。きっと効果あるから!」

「ええーーー……」


(それって、その神社に行かなくちゃいけないってことじゃん……?)


 喜びも束の間、その事実に気付いて困惑してしまう。葵に同行を頼みたかったが、彼女はその前に立ち上がった。


「私はブログの更新をしなくちゃだから帰るね! また何かあったら教えて! 力になるから!」


 葵はさっさと自分の荷物をまとめて帰ってしまう。相談できたのは良かったが、結衣には行きたくない気持ちしか湧いてこない。

 それでも背に腹は代えられない。悪夢を晴らすためには実際にあの神社に行って、このお札を貼ってくるしかないんだ。


(よし、やるぞ。大丈夫、霊なんていない……)


 結衣は勇気を振り絞り、夢に出てきたその場所を探しに行くことを決心した。




 学校から帰って荷物を置いてお札を忘れないように持って早速出かける。場所は古びた神社なのだからありそうな場所を片っ端から巡ってみる。


(私が悪さをしたのが原因なら遠くとかではないはず。そんな事した心当たりないんだけどなあ……)


 ひょっとして帰りに石を蹴ったのが原因とか? 考えれば思いつくことはあるけれど……

 あちこち歩いて近所にはあの神社は無いんじゃないかと思いかけた時、日が沈みそうな夕暮れ時になってから手掛かりらしき物は見つかった。

 誰もいない薄汚れた参道が林の中へと伸びている。


「そろそろ終わりにしようと思っていたのに、こんな時間になってから怪しい場所を見つけるなんてついてない……」


 とにかく早く用を済ませて帰ろうと思いながら鬱蒼とした木々に囲まれた薄暗い参道を昇っていくと、夢と同じ神社がそこにあった。


「ここだ……間違いない……」


 もう日が沈んで怖いから帰りたいんだけど、ここで引き返しても祟られそうだ。月の光は明るくて何も見えないほど暗くはない。


「とにかくお札だけでも貼って帰らなくちゃ。葵ちゃん、私をちゃんと守ってよ」


 頼りになるのは親友の向けてくれた笑顔と渡してくれたそのお札。

 心臓が早鐘のように鳴り響く中、結衣は一歩ずつ境内に足を踏み入れた。夢で見た古びた神社が目の前に現れる。

 朽ちかけた木札が掛けられており、文字はほとんど消えている。


「何て書いてあるんだろう。読めないかな……?」


 ――触れてはいけない。


 風が木々を揺らす音とともにどこからともなくそんな声が聞こえた気がしたが、結衣は引き寄せられるように手を伸ばした。


 次の瞬間、眩い光がお堂から溢れ出し、結衣は反射的に目を覆う。光が収まった頃には、結衣の右手に奇妙な紋様が浮かび上がっていた。


「え、なにこれ……?」


 驚いて手を見つめる結衣の耳に、再び声が響いた。


「ようやく、訪れたか。我が力を受け継ぐ者よ……」


 振り向くと、そこには見慣れない少女が立っていた。長い髪に赤い瞳、まるで和装のような古風な装いを纏っている。

 見慣れない姿だったが少し年下ぐらいの少女だったので、結衣は少し安心して声を掛けた。


「あなた、誰……?」


 少女は微かに微笑み、音もなく結衣の前に近づいた。


「我は神楽、千年の呪いを受けしこの地の神。汝が我を解き放ったのだ」

「よく分からないけど土地神ってことなのかな……?」


 言葉の意味はよく理解できなかったが、襲ってくる敵とかではなさそうだ。だが、神楽の瞳は結衣をしっかりと捉えて離さなかった。


「呪印は汝に宿った。我と共に、運命を歩む者にな」


 神楽が結衣の手にそっと触れると、体中に電流が走るような感覚が広がった。瞳の奥で赤い紋様が一瞬光り、結衣は膝をついた。


「痛っ……! な、なにをしたの……!?」

「印を確かな物としたまでだ。汝にはこれから多くの災厄が降りかかるだろう。その身を守る力が必要だ」

「ええ!? 何か来るの!?」

「それはかつて我を封じた者、あるいは敵対する者。だが、恐れることはない。お前には我がついており、戦う力も備えているのだから。奴らをすべて打ち負かし、再びこの地を我らの王国としようぞ」


 彼女が踏み込んできて結衣は思わず身を引いたがぶつかりはしなかった。

 そう言い残し、神楽は結衣の体の中に溶け込むように消えていった。


「え? 消えた……? 私、何したらいいの……?」


 誰もいなくなった境内で途方に暮れてしまう。とりあえず神社にお札を貼ったが風に揺れるその紙はとても何かを防いでくれるようには見えなかった。


「でも、葵ちゃんがくれたんだものね。私、信じてるから……信じないと……」


 友達の顔を思い浮かべながら来た道を引き返す。

 不思議な女の子の事も思い出してしまうが、すぐに思いを振り払う。


「あの子は帰ったの! 私も帰らなくちゃ……」


 そして、その日から、結衣の日常は一変した。

 怪異のような謎の存在との戦い、呪印の力に目覚めた自分、そして、呪いの神と名乗る神楽との不思議な共存。


 運命に抗う少女と、千年の呪いを背負う神。

 二人の物語が、今、動き出す――。

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