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出会えるよりも前に、起こってしまった事。

主人公・中川の告白をきっぱりと断った陽菜。

そこには明らかになっていない理由があって。

今回は少し重い内容となりますが、お読みいただければ嬉しいです。


「ええと。高田……それって、どういう?」


 彼女から突き付けられた返答の()()()()の意味が分からず、落ち込みを隠しながら尋ねる。彼女はまた数秒の間隔を置いて、ゆっくりと答えてくれた。


 

 

「今のバイト始める前、あたし居酒屋でバイトしてたんですよ。1年近く。そこはバイトも社員も飲み好きな人が集まっていて、月に一度くらいだったんですけど仕事終わりの飲み会とかあったんです」


 この2週間、結構色んな話をしてきたつもりだったけれど、その話は今まで聞いたことが無かった。


 

「そこって系列店だったから社員の異動があって、3月の終わり頃には異動になる社員さんの送別会もやったんですけど」


 3月の終わり、って事は今から3カ月くらい前になるか。俺達が出会えるよりも、前の話だ。


 

「それで結構飲まされて、あたしベロベロになっちゃったんですよ。飲ませたのは4月で異動になる社員さんで、結構仕事も教えてもらってたんで断れなくて。『今日は俺主役なのに車で来ていて飲めないから陽菜、お前が代わりに呑め』って」


 彼女がまだ未成年で厳密には飲める年齢では無いことも、だから多分酒に慣れていない年齢であろう事も分かっているのにそんな無茶振りをするなんて……その先に飲ませたヤツが()()()()()()()()、何が起こったかは大体想像がつく。


「それでフラフラになったあたしを、そいつが車で送ってってくれる事になったんですけど。後部座席で寝てる間に何故か家じゃなくてラブホに連れ込まれていて……」


 

 そこから先は聞きたくない、と思った。彼女だってきっと、話す事でその時の事を思い出してしまって辛くなるに違いない。だから話を遮ろうと思ったけれど……その為の言葉が、どうしても出てこなかった。


「酒とタバコ臭い息で抱きつかれて、胸も触られて……必死で抵抗したんだけど力も入らないし離してくれなくて。……服の中に手が伸びようとした時にソイツの胸ポケットでケータイが鳴ったから、ここだろうって必死で通話ボタン押してやったんです。そしたら奥さんからだったみたいで……ヤツが慌ててる間に大声出して外に逃げて、裸足でホテルからとにかく離れて友達に迎えに来てもらったんです」


 

 掛ける言葉が、見つからなかった。一気にそこまでの顛末を吐き出し切った彼女がどんな表情をしていたのか。線香花火はとっくに燃え尽きてしまっていて、暗闇に浮かぶシルエットからは伺い知ることが出来なかった。

 


「中川先輩のことは良い人だと思ってますよ。話してて楽しいし、優しいですし。でも……あたしはこんな風に、しょーも無い失敗でろくでもない男に身体を許しそうになるような、好きになってもらう資格なんて無い女なんです。だから……告白してくれたのが誰であっても、付き合えないと思います。この先も、ずっと」


 そう言って立ち上がり、自嘲気味に笑った彼女の事をどうしても抱きしめたくなった。


 悪いのは全部ゲス野郎の方で、陽菜がそんな風に自分を卑下するような必要なんて、何ひとつない。もうこれ以上そんな事で傷付く必要なんて無いんだ。その気持ちの傷だって()()含めて、俺は君の事を好きで居る!


 それを言葉よりも強い何かで、伝えたいと思ったんだ。だけど……


 

「嫌です! 離して!!」


 咄嗟に後ろから抱きしめた俺の行動に、陽菜は必死で抵抗して大声を上げた。


「ちょっとちょっと、何やってんのお前?」

「いや、つい……」

「つい、で女の子の嫌がる事してんじゃねえぞこの変態! どうするお姉さん? 警察呼ぶ? それとも俺らがコイツ袋叩きにしようか?」


 その声で何かと勘違いしたのか、3人組の男に取り囲まれて羽交い絞めにされる。


「その……ごめんなさい。つい驚いて大きな声出しちゃっただけなんです。あたし大丈夫ですから」


 陽菜が慌ててそう言うと、男たちはこちらを何度か振り返りながら舌打ちをして去っていく。彼らが視界に映らなくなるのを確認してから、彼女に深々と頭を下げた。



「嫌な気分にさせちゃってホントに悪かった! ゴメン」

「ううん、あたしの方こそ……ごめんなさい」


 顔を上げると、彼女も同じくらいの角度で下げていた頭を上げ、先程の告白と同じようなトーンで話す。


「中川先輩の事がイヤだったわけじゃ……ないんです。だけど、抱きしめられた瞬間にさっき話してた事とか浮かんできちゃって。あんなクズと中川先輩は全然違う人なハズなのに……()()()()()()()()()だ、ってだけで」


 そう言って自分の肩を抱くような仕草で震える彼女に、何もしてやれない自分がもどかしかった。どんな言葉ならば、どんな態度ならば彼女の冷え切ってしまった心に届くのだろう? 俺に出来ることは、何があるんだろう?


 考えて考えて、思いついた事をゆっくりと、伝えてみることにする。


「俺は……今の話を聞いたって、陽菜の事を嫌いになんてなれないし、好きだって気持ちが無くなることなんてない!」

「中川先輩……」

「むしろ、こんな俺に出来ることは何かないのかなって。少しでも陽菜が前に遭った事なんて平気で笑えるように、役に立てることはないのかなって考えてる」


 それまで頑なに俺を拒むような表情だった彼女の顔に、少しだけ緊張が解けるのを感じる。

 

「これまで俺といた中で、さっきみたいに過去の事思い出して怖いなって思った事とか、ある? もしあれば正直に言って欲しい」

「ない……かな。さっき抱きつかれたのを別にすると」

「それはまぁ、ゴメンだけど……」


 それはさすがに別として。


 もし彼女が、()()()()()()()()()俺と接する事が、無理してるわけじゃないとするならば。


「だったら今までと同じように、バイト終わり一緒に帰ったり、そんな感じの関わり方で傍に居させて欲しい。俺はいつまでだって、陽菜が今の関わり方よりもう少し近い距離でも大丈夫、ってなってくれるまで、待つよ」


 

 俺のきっと『普通ではない』こんな提案に、彼女は文字通りに目を丸くした。


「中川先輩……いいんですか、そんなの。もしかしたら1年とか2年とか、待たせちゃうかもしれないんですよ」

「でもその間はずっと、隣に居ても良いって事だろ? だったら全然、問題ないよ」


 気持ちを完全に拒絶されて、ぎこちなくなって話せずに関係が終わっていく事よりもその方が全然良い。「ただの友達」とか「良い人」で終わる事なんてこれまでだって何回もあったんだから。それよりも、だいぶマシだ。


 緊張が解けてくれたのか、いつもと同じような表情に戻った彼女が、悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

 

「先輩って、変な人ですね」

「まぁよく言われるけどね。でも、それならOKかな?」

「分かりました。じゃあバイト帰り()()からって事で」

「友達じゃなくて『仲間』かよ」


 こうして彼女の誕生日に合わせた俺の告白は、失敗とも成功とも何とも言えない形で、保留になった。けれど、これで良かったって思えたんだ。

 

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