雨降りと誕生日。
そして翌日から高田陽菜を送り届ける役は俺が任命されることになった。といっても彼女と美咲さんは土日だけのバイトだったので週に2日間だけなのだけど。
ちなみに美咲さんは大木が車で送り届ける事になり、ついでに乗っていく事も提案されたそうだが彼女は断ったのだそうだ。
「いや、なんで断ってんだよ。歩かなくて良いならその方が楽だろ?」
「やだな~中川先輩わかってない。大木さんが美咲ちゃん必死で口説いてるのを帰りの車にいる間中、ずっと見せつけられるんですよ? そんなの気を遣うし全然楽じゃないです。タバコ臭いし」
そんなワケで先週・今週の土日で今日が4回目の帰り道。他の従業員に聞かれていないと思うと彼女は驚くほど饒舌になる。
「それにあたしと帰れないと中川先輩がかわいそうじゃないですか。あ、雨かも」
「誰が可哀想なんだよ? 俺はお前の送りが無けりゃ仕事終わってさっさと帰れて楽じゃねえか」
とは返してみたものの、線香花火の1件以来、彼女の事を意識してしまっているのも確かだった。彼女がそれを見抜いてこんな事を言っているのかは、この時の俺には分からなかったけれど。
「も~中川先輩、車ホントに持ってるならこういう日ぐらい、車で送ってくれても良かったんじゃないですか?」
そう言って頬を膨らます陽菜。言われて気付くと確かに、ポツポツと雨粒が自転車を押す腕や頭に降りかかってきている。このまま雨足が強くなれば家に着く前にはずぶ濡れになってしまうかもしれない。
「あ、確かに言う通りだな。ごめん」
「まぁ、ホントは車持ってないって知ってるから良いんですけどね」
「お前まだ嘘だって言うのかよ。じゃあ車で出直してくるからそこで待ってろよ」
売り言葉に買い言葉で、自宅へ戻るため自転車に跨りかけた俺の腕を掴んで止める。
「まあまあ、今日のところは。これくらいの雨なら傘させば大丈夫ですし」
こちらの意地を軽くいなされて跨ったサドルから降りている間に、彼女は肩掛けバッグから折り畳み傘を出すと、あっという間に組み立てた。
「コレで少しぐらいなら大丈夫。走りますよ先輩! 自転車で追いかけてくれて良いですから」
とこちらの返事を待つ事なく、ほぼ全力疾走といって良いスピードで繁華街の歩道を走り出す陽菜。取り残されて降りかけたサドルにもう一度跨り彼女を必死で追う俺。
コレって完全に振り回されてるよなぁと頭の隅で思いながらも、不思議と悪い気分にはならなかった。
結局、駅裏繁華街のアーケードを抜けたあたりから雨は段々と本降りになりつつあった。
「良かったら傘、入ってください。濡れちゃいますよ」
「もうだいぶ手遅れだけどな……って相合傘とか、恥ずかしくないのか?」
「あたしは兄ちゃんと結構するから全然平気ですよ……あ、もしかして今妬きました?」
そう言いながら普通の事のように持っている傘の半分を差し出し、身を寄せる陽菜。腕と腕が微妙に触れるぐらいの距離に心臓がドキドキする。
彼女は長袖なのもあって全く平気なのかもしれないが、俺はどうって事ないフリをするのが精一杯だった。
「んー、来週はこんな天気じゃなくて晴れてくれたら良いなぁ」
「うん? 来週って何かあるのか?」
「あたし誕生日なんですよ。なのにバイト……まぁ、昼間のうちに友達が祝ってくれるらしいんですけど」
専門学生の2年で迎える誕生日、って事は……
「来週がハタチの誕生日なのか!?」
「そうですよ。日曜日が誕生日なんです」
「それは特別にちゃんと祝わないといけないヤツじゃん! どうしたい?」
そんな特別な日を祝うのだから、小田主任にもそれを話して美咲さんと2人分の歓迎会かねがね、店を挙げて仕事終わりに居酒屋に行っても良いだろう。
大木と美咲さんも呼んでこの前の4人で遊びに行くのもいいかもしれないし……
「うーん、海に行きたい……かな」
などと色々考えている俺の思惑を通り越して、彼女は予想外の発言をした。
海? ……いや、まだ5月の末だし、バイト終わって向かったら23時を回るんだけど。
「でも車無いと海なんて行けないですもんね~。仕方ないかぁ」
勝手に解釈して諦めようとした彼女に、俺は1つのプランを思いつき、胸を張ってこう言った。
「よし、じゃあ任せろ!」
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次の土曜日、つまり高田陽菜の誕生日の前日。俺は長めの昼休みをフルで使って、今日のプランの準備を進めた。
いったん自宅に戻ってマウンテンバイクから車に乗り換え、花屋で頼んでおいた花束と買ってきた花火セットを後部座席の足元にセット。車は花が悪くなる事も考えて日陰になる職場近くのパチンコ屋の立体駐車場に停め替え、何食わぬ顔で仕込みに戻る。
数時間後、普段と変わらない様子で陽菜はバイトにやって来た。
仕事中も『陽菜の誕生日を知ってるスタッフ』が他にいて彼女がお誘いに遭わないか、とか退勤時間がばらけてしまわないかとちょっと不安に思ったが、何事も無いまま業務終了時間になりいつものように他のスタッフが続々と帰っていくのを見送る。
「じゃあ、ちょっと待っててな」
「自転車、取りに行ってくるんですね。待ってます」
そうして猛ダッシュでパチンコ屋の駐車場から車を引っ張り出し、彼女の待つ店の裏手でクラクションを鳴らした。