2人きりの帰り道
前話までに主要登場人物の特徴などの描写が挟めなかったので前話あとがき部分に主要人物紹介を追記しました。公開後の追記になってしまいスミマセン。
「じゃ僕らカラオケ行くんで、中川君よろしく頼みますね」
翌週の土曜日。高田陽菜と美咲さんにとってはバイトの2日目が終わり、男女に分かれた更衣室で着替えて店の出口を出た所で大木から言われた言葉に、俺は首を傾げた。
どういう事かと詳しく話を聞くと、『先週のプチ歓迎会とは別でカラオケにも行きたい』と大木が提案。美咲さんはOKしたのだが陽菜は断ったので、そうなると帰り道が女子一人になってしまうのだという。
陽菜本人はそれでも大丈夫だと言ったのだが、それはやはり心配だ、という事で俺に送っていく役を押し付けられた、というワケだ。
「中川、くれぐれも襲ったりするんじゃないぞ」
「そんな事するワケないじゃないですか。いってらっしゃい」
わざわざそんな釘を差すぐらいなら、カラオケに同行なんてしてないで自分が送っていけばいいのに。と大木の車の助手席から顔を出す小田主任に内心思いながらも手を振って送り出す。駐車場に残されたのは俺と高田陽菜の2人だけ。
「中川先輩、面倒だったらここで解散でも良いですよ」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと待っててな」
「すみません」
確かに面倒臭いとは思ったケド、ここで責任放棄するほど俺はダメ人間じゃない。ダッシュで駐輪場に停めていたマウンテンバイクを取ってきて駐車場に引き返すと、彼女はそのまま店の裏口で待っていてくれた。
「あ、車じゃ……ないんですね」
「え、ああ。車じゃなくてごめん」
「いえ、大丈夫です。むしろ車じゃない方が良かったんで」
気を遣ってかそう言ってくれる陽菜と自転車を押しながら、並んで歩く。彼女の家までは駅前にある店から踏切を越えて駅裏の商店街を抜け、山の方角へ歩いて30分ぐらいの距離だ。
「中川先輩って車、持ってないんですか?」
「いや、あるにはあるけど通勤だけならコレで充分だからね」
「え~ホントに? 実は持ってないんじゃなくて?」
踏切待ちの間にそんな事を聞いてくる陽菜。仕事をしている時よりだいぶ砕けた口調だけど気にしない。ちなみに彼女自身は車どころか免許も持っていないのだそうだ。いちいち移動に時間がかかるこんな田舎では珍しい事だと思うけど。
「普段はN市の専門学校に行ってるから、基本的に電車と駅まで徒歩なんですよ」
「へえ、ちなみに専門って何の学校?」
「調理製菓専門学校です。実習でパンとか作ったりしてます」
そういえば先週は何の学校に通ってるのかまでは訊いていなかった。パンと聞いて東京にいた頃の事を思い出す。
「ふぅん、いいなあ。今度クリームパン作ってよ」
「え? なんで唐突にクリームパンなんですか?」
「俺、上手にクリームパンを焼いてくれる女の子と結婚しようって決めてるんだ」
「何ですかそれ!? めっちゃウケる! 中川先輩ってちょっと話しづらい感じかと思ってたのに、割と面白い事言うんですね」
彼女のケラケラと笑う声で緊張した空気が解ける。それを狙っての発言なのもあるけど、案外それだけで言ったつもりでもない。
東京でバイトしながらバンドを頑張っていた頃、バイト先に向かう途中のパン屋に寄るのが唯一の楽しみだった。そこのクリームパンが絶品だったのもあったけど、その店の売り子さんが密かに好きだったのも理由のひとつだったんだ。
結局想いを告げることもなく、親の余命宣告をきっかけにやっていたバンドも辞め、地元に帰ってきてしまったのでそれで終わりだったんだけど。
「じゃあ今度、機会があったら作ってきますね。あんぱんで良いですか?」
「いや俺クリームパンってさっき言ったんだけど」
「うん、じゃあやっぱりあんぱんにします」
真剣に話を聞いてくれていないのか、からかってるのか分からないような口調で彼女は言いながら足を早める。
駅裏の商店街を抜けて彼女の家方面に近付くにつれて、街灯は減って心細い感じになっていくのを感じる。時間は夜11時前、確かにこんな所を女の子1人で歩かせるのには不安なところだ。やはり彼女もそう思う部分があるのか、小声でぼそっと話しかけてきた。
「代わりに……変なのが出てきたらちゃんと守ってくださいよ。間違っても中川先輩が襲ってきたりしないでくださいね」
「いや絶対しないし! てか自転車押してるこの状態で手を出せると思うか?」
「そうですねぇ。何ならあたしの方が中川先輩倒せそうですね。それで自転車貰って逃走できそう」
「それは『貰って』じゃなくて『奪って』の間違いだわ!」
不安かなと思ってこっちは心配したのに損した! そんなやりとりを2人で笑いながらしているうちに、事前に町名で『この辺』といっていた彼女の自宅近くまでたどり着く。
「さっきのは冗談として、また同じように送ってもらえると助かります」
「ああ、それぐらい大丈夫だよ。この辺で良いのか?」
「あの自販機の角を曲がると自宅です。あ……でもそこのベンチでちょっと、待っててください!」
そう言って走り出す彼女の後ろ姿を見送り、俺は真っ赤なベンチに腰を下ろした。