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タイミングと勘違い。

 次に俺が目を覚ましたのは、医務室のような所だった。起き上がってみると簡易的なベッドに寝かされていた事に気付く。それと同時に戻ってきたのは、頭痛と右手の甲に残る痛み。


「気付かれましたか。起き上がって大丈夫そうですか?」


 起き上がった俺に気付いてそう尋ねてきたのは、警察の制服を着た中年の男性。となると、ここは病院とかじゃなくて、警察署の中か。



 その後、その警察官から聞いたところによると俺は頭突きを放った時の衝撃で脳震盪を起こして倒れていたらしい。右手もトラブル慣れしていない人間が拳を使うと手の骨を打撲や骨折をすることがあるので、それではないかという事だった。右手にはバンデージが巻かれ、出血した頭にも包帯が巻かれているのを自分で確認する。


 

「それで陽菜ひな……いや高田さんともう一人の女性は?」


 自分の身体の無事がよりも気になっていたのは、その事だ。サイレンが聴こえていた段階で大丈夫だとは思ったけれど。

 

「ああ、ピンク色の軽に乗っていた運転者と同行者の方ですね。それは我々警察が無事保護したので安心してください。話を聞かせてもらった後、運転者さんの親御さんにご連絡して一緒に帰られましたよ」


 壁にかかっていた時計を見ると午前0時過ぎ、事件が起こってから多分3時間くらいだ。彼女が無事にN市に戻れたなら良かった、と少しだけ安心する。


 

「そうしたら今回の事件についてお話をさせてもらって大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」


 警察に事情を説明しながら向こうからも話を聞いたところだと、男2人が駐車場で陽菜の友人に無理やり口に含ませ、陽菜にも飲ませようとしていたのはスピリタスというアルコール度数がなんと96%もある酒。


 それで前後不覚に陥らせて自分たちの車で人気のないところに運び、良からぬ事に及ぼうとしていたので間違いないだろう、という事だった。もし俺が間に合わなかったら……と思うと血の気が引くくらい、ゾッとする。


 

「頭打ってるし手の甲も心配なので、まずはご本人が明日朝になったら病院で診てもらいたいんですけど……それと同じくらい、今回被害に遭われそうになった女性には、気持ちのケアをしてあげてください。すごく傷ついているハズなので」


 聴収が終わって解放される直前、同席していた女性警官のその言葉がやけに重く胸に響いた。


 

『昨日は陽菜が帰ってから警察で目が覚めたから話せなかったけど、俺はなんとか大丈夫だったよ。ごめんな、せっかく来てくれたのに』


 

 翌日、混みあった病院で脳の検査と右手の検査を終え、打撲と擦り傷だけで異常が無かったことを確認してから彼女にメールを送る。


 今頃は研修先で忙しく働いている頃だろうか? 昨日の事を過剰に気にしたり、また不安に駆られていないだろうか? 心配になったが今は返信を待つしかない。そう決めて夜まで待ったものの、彼女からの返信は、なにも無かった。



『おはよ、今日は土曜日だね。先々週までなら陽菜が店にバイト来る日だから会える! ってテンション上がってたんだけど、来れないんだよなぁ……まあ仕事はいつも通り頑張るけど。できればいつものバイト帰りみたいに、会いたいよ』


 それから5日が過ぎて、土曜日になった。俺は日課のように努めて明るい文体で勤務前に1通だけメールを送ると、ケータイをロッカーにしまい込む。


 その間に陽菜から来たメールは水曜日になって届いた『本当にごめんなさい、あたしのせいで』という短いものだけ。俺は彼女が気にするような問題ではない事、気にせず電話でもメールでも良いからまた話したいと思っている事を伝える返信を書いたが、それに対する反応は、今日に至るまで何も無かった。



「ちょっと中川さん、帰りって時間取れますか?」


 仕事終わり、ケータイを見て陽菜からの返信が今日も無い事を確認し、うなだれた俺に声を掛けてきたのは私服に着替え終わった美咲みさきさん。大木は? と尋ねようとしてアイツは2時間以上前に早々に退勤していたのを思い出す。


「時間なら取れるけど、いいの? 大木さんパチンコで時間でも潰して外で待ってたりするんじゃないの?」

「あの人なら今頃、家でネットゲームやってますよ! 中川さんも陽菜ちゃんの送り無いんだし、ちょっとぐらい付き合ってもらっても良いですよね?」


 そう言って半ば強引に繁華街の方角へ俺を引っ張っていく美咲さん。



_________


 

「それでねぇ、ダイちゃんってばひどいんですよ!『僕は彼女と同じ強さで仲間も大事にする男だから』ですって。ふざけてると思いません!?」

 

 連れていかれたのは店近くの雑居ビル2階にあるダーツバー。着くなり美咲さんは度数の高いカクテルを3杯ほど立て続けに呷り、完全に据わった目で大木への愚痴を語りだした。


 大木の猛アタックと巧みな話術に乗せられた美咲さんは6月に入ってすぐ頃から大木と付き合いだして、バイトからの送迎帰りに部屋へ寄っていくような関係になったのだという。


 ただ熱しやすく冷めやすく八方美人な大木のこと、美咲さんにぞっこんだったのは6月終わりまでで、今月に入ってからは連絡も一緒に居る時間も激減。


 特に今日なんかは美咲さんと付き合う以前からやっていたネットゲーム内でサークルイベントがあるとかで、送迎もほっぽり出して自分の家で今頃ゲームに熱中しているらしい。


 まあ、アイツらしいなあと思ったけれど、それは言わないでおいた。



「中川さんは飲まないんですかぁ? コレじゃ寂しい女の1人ヤケ酒みたいでカッコ悪いじゃないですか!?」


 そう言ってメニューをしきりに勧めてくるが、俺は全く飲む気にはなれなかった。何しろ陽菜が酒の絡む事であれだけイヤな思いをしているのだ。それにいつ陽菜から返信が来るかと思うと、話を聞くよりもケータイの着信を確認したいぐらいだった。こんな事になるんなら多少渋られても1階にある喫茶店で話を聞くことにしておけば良かった、と後悔する。


 

「うぇ~もう飲めないですぅ。それにもう歩けない」

 

 結局、その店で5杯のグラスを空にした美咲さんは階段を降りるのもやっとで1人では歩けないような状況だった。とりあえずタクシーを拾えそうな駅前までと思って二人三脚のような格好で彼女を支えながら、アーケードの中を歩く。


「あ~カラオケだ! ねぇ中川さん、カラオケ行きましょうよ! ダイちゃんから上手いって聞いてますよ」

「そのうち、ね。でも今は帰らなきゃですから」

「えぇ~カラオケで少し休めば大丈夫になりますからぁ! ちょっとだけ! ね?」


 カラオケを見つけ、二人三脚のままで入店していこうとする美咲さんを何とか全力で反対方向に引っ張って戻そうとした。その時、ポケットから鳴り響いたのはこれまでの1週間は全く鳴る事の無かった、ケータイの着信音。


 

『あたしも話したいし会いたいって思って待ってましたけど、なんか忙しかったみたいですね。N市へ戻ります。さよなら』


 メールの文面を読んでバランスを崩さないようにしつつ慌てて振り向くと人混みの少し先、目に涙を貯めながらケータイを持った陽菜の姿が見えた。事前には何も言っていなかったけど、話したくて会いに来てくれてたのか。それなのに、俺は……


 俺に背を向けて駅の方へ走り出す陽菜の姿をなりふり構わずに追いかけたかったけれど、さすがに自分では立って身体も支えられない美咲さんを置き去りにしてまで追いかける事は、出来なかった。それと……


「ひなっち! ちょっと待ってって!」


 彼女の後ろ姿を「ひなっち」と呼びながら追いかける知らない男の姿。どういう事なんだろう? と思うと、それを尋ねるのも少し、怖いような気がした。


 少し移動してタクシーに美咲さんを乗せ、とりあえずの町名だけ行き先を告げて送り出してから全力で駅へと向かったけれど、N市の方向へ向かう最終電車はもうすでに発車した後で。


 俺は人気の少なくなった駅で、やがて到着する電車も無くほとんど人が居ない時間になるまで、立ち尽くす他になかったんだ。

このまま2人は終わってしまうのか?


次回『彼女の結論。』ご期待ください。

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