7月7日。
この回だけにおいて一部、暴力描写がございます。不快になられる方もおられるかと思いますが、先にお詫びしておきます。
7月7日、日曜日。
その日も俺は朝から仕事だったけれど、仕事終わりに用事がある旨を伝えてなるべく早めに帰らせてもらえるように小田主任と大木に頼んでおいた。
日付が日付だけに2人には「デートか?」とだいぶ茶化されたけれど、N市まで行く予定があるとだけ答えておいた。
嘘は吐いていない。陽菜は明日早朝からの研修に向けてしばらくN市に泊まるため、昼過ぎから居候先へ向かう予定になっている。仕事が終わってから俺がN市へ車で向かって、一緒に星を見られればと思っていたんだ。
きっと彼女だって昨日の電話の感じだと、それを望んでいる。確認はしていなかったケド、俺にはそうだと言える自信があった。
そしてディナータイムの来客がひと段落した20時前。退勤時間を早めにしてもらって着替えてケータイを見ると、陽菜から数十分前とついさっき、着信が入っていた。マウンテンバイクを取りに向かいながら、速攻でかけ直す。
「もしもし、陽菜? これから向かおうと思うんだけど、少しでも会えないか?」
「先輩……やっと繋がった! 今どこにいるんですか!?」
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電話を受けてからの俺は、とにかく必死だった。大急ぎで家に帰ると着替える暇もなく車に乗り込み、アクセル全開で海方面へと向かう。
慌てた様子で電話に出た陽菜からの説明だと、昨日の会話内容を聞いた泊まり先の同級生が彼女を乗せて車を走らせ、こちらに向かって来てくれたのだそうだ。
ただ途中、海岸沿いの自販機とトイレしかない駐車場に寄って用を足したのが間違いだった。
車に戻ろうとした陽菜と友達に一目で分かるぐらいガラの悪い男2人組が絡んできて、それぞれが運転席と助手席のドアを塞ぐように寄りかかり、車に乗り込むのを阻んで言ってきたというのだ。「自分たちの車に乗り換えて遊びに行こう」と。
陽菜も友達もそんな明らかに危ない誘いはきっぱりと断り、知り合いや警察に電話するとも脅したが全く効果は無し。それでも陽菜は自分の兄や俺、警察にも電話してみた。だが結果は俺も兄も電話には出られず、警察は現状実害が出ていないならと取り合ってくれないまま。
そうこうしている間に、ここまで運転してきた友達の方が男の1人に何かを無理やり飲まされそうになった。友達は咄嗟に吐き出したが少量は飲み込んでしまう。
身体に回ってくる気持ち悪い感じに危険を感じた友人は全力を振り絞って運転席に何とか滑り込み、男たちをひき殺すぐらいの勢いで急発進。男2人が怯んだ隙に陽菜もなんとか助手席に乗り込んでその場を逃げたのだそうだ。
だがそれでおとなしく見逃してくれるような連中ではなかったようだ。今も友達が必死でハンドルに掴まって運転する車を蛇行しながら追い回している所なのだという。
「今どこにいる!? 車の車種とか特徴は!?」
「今ココ多分……先輩に連れてってもらった天領橋に向かう峠道です! 友達の車はピンクの軽で追いかけてきてるのは……ごめんトンネルはいり……」
そこまでで途切れた電話の情報を元に、海へと向かう峠道を爆走する。田んぼを抜ければこの峠道は迂回路など無い交通量の少ない山道だ。多分2台を特定するのは難しい事ではない。
少しすると読みが何とか当たってくれてフラフラした感じで走るピンクの軽と、それをハイビームで照らしながら蛇行運転で追いかけるマフラーを改造したスポーツカーとすれ違った。
(なんとか……間に合ってくれ!)
少しだけ道幅の広くなったカーブで何とかUターンを決め、すれ違った車を追うようにスピードを上げる。やがて少し先にある建設資材置き場でピンクの車がハザードを点けて停まり、その脇に黒のスポーツカーが止まっているのを発見して俺も少し離れた所で車を降りた。
暗闇の中を近付いていくと咳き込みながらえづいて地面にうずくまる女と、そのすぐ脇で陽菜が男に後ろから羽交い絞めにされている。
「離してっ! 離せってば!!」
「テメーもおとなしくコレ飲んじまってお友達と一緒に俺らの車乗りゃ良いんだよ! 天国連れてってやっからよぉ!」
羽交い絞めにした男ともう1人の片手が陽菜の頬を掴み、下卑た言葉を発しながら反対の手で透明な瓶から何かを飲ませようとしているのが見えた時、頭の中が真っ白になった。
「俺の彼女に何しようとしてんだこのクソ野郎!!」
叫びながら走って、振り向きざまの顔面に力一杯の拳を叩きつける。小学生の頃以来、これまでケンカなどしてこなかったから加減やどう殴れば良いかなんて全く分からない。だから殴りつけた手に何かが刺さったようなズキズキした痛みを感じたけれど構わずに体重を乗せた。
手の甲にヌルッとした嫌な感触が残り、殴られた方の男は顔面を押さえて倒れ込む。小瓶の割れるような音と共に、消毒のような強いアルコールの臭いが辺りに広がった。
「先輩!」
羽交い絞めにしていた男が一瞬気を取られたおかげか、腕を振りほどいた陽菜とすれ違う。そしてもう一度彼女に手を伸ばそうとした男に肩からタックルで突っ込む。
「お前は俺の車に乗って、中から鍵かけてくれ。それでケーサツに……」
陽菜に必要な事を伝え終わらないうちに、Tシャツの襟首を掴まれ上方向に首を圧迫される。
「なぁに俺らの狩りを邪魔してくれてンだこの王子様気取り野郎が!」
タックルを引き剥がした男は大木ぐらいある体格を利用して締め上げる腕の力を込め、俺の首をどんどん圧迫してくる。こういう時はどうするんだったか、たしか……
何かの漫画で見た記憶を思い出して、首を全力で後ろに反らすと反動をつけて額を掴んでいる男の眉間に叩きつける。ゴン、と嫌な音がして頭から火花が飛び散り、掴んだ腕の力が急速に抜けて地面に振り落とされると、全身に衝撃が走った。
頭が割れるように痛い。ズキズキした痛みと濡れている感じからすると、恐らく実際に額が割れているのだろう。同じように拳もズキズキした痛みが止まらない感じから察するに、骨が折れて出血も酷いのだと思う。それと薄れる意識の中で、サイレンの音が近付いてくるのは分かる。
これは数日包丁握れないし仕事にならないだろうな。それでも、陽菜が最悪の状況にならなくて済んだなら良かった。そんな事を考えながら、俺はその場で意識を手放した。
作者のひとりごと。
作者が若かった00年代前半はまだSNS・防犯カメラ・ドラレコなど普及してなくて人の少ない地域は携帯の電波も入りにくかったため、こういった手口で女性の誘拐暴行に走る輩が結構居ました。今生きていたとして40代~50代でしょうか。こんな事件があったのでそういう事をしてきた奴らを私は未だに許せないし、のうのうと生きていたら1匹残らず抹殺したい気分で一杯です。
ちょっと気分悪いエピソードでお見苦しい話でしたが、この事案が結局、後に大きく影響する出来事だったので取り入れさせてもらいました。