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サプライズとプロポーズ。

 涼やかな初夏の季節は足早に通り過ぎる。それは何かの出来事が過ぎ去って思い返した時に、楽しかった事もたくさんあったハズなのに妙に覚えているのは辛かった事ばかりなのと同じで。



 初めてのキスから2週間、俺と陽菜ひなは相変わらず学校やバイトからの帰り道だけのデートを繰り返した。


 その間に何度かのキスを重ね、最初がガチガチに固まっていた彼女も、キスだけならすんなり受け入れてくれるようになったように感じたけれど「それ以上」となると全然ダメだった。


 1度だけキスから唇と身体を離そうとした彼女を離したくないと、肩をつい掴んで抱き寄せようとしてしまった事がある。次の瞬間、強い力で胸を押されて離れられ、そのまま帰られてしまった。気の早いセミが鳴き始めた、6月終わりの蒸し暑い夕暮れ時だった。


 

「ごめん。あんな風に抱き寄せられるのとか嫌な事思い出して、イヤだったよな。今度は気を付けるから」


 俺がすぐにメールを送ってから返信が来たのは数時間後の21時過ぎ。それまで俺はこのまま連絡が取れなくなって2度と会えなくなるのではないかと気が気じゃなかったのだけど。


「あたしにとってはこれ以上無理、って思っちゃったんで。その……ハマっちゃいそうだったから」


 そんな俺の心配とは裏腹の、率直な感想を伝えてくるメール。


 普段の会話では全くそういう事には触れずにいる彼女だが、機嫌次第なのか凄くたまにこうして、素直な想いをメールでは伝えてきてくれることがあった。


 

「ハマる、って?」

「もう~それ言わせちゃうんですか!? なんかキスされ過ぎてちょっと、好きになってきてる……のかも。ってコレ洗脳ですよ洗脳!」


 気恥ずかしさもあるのか返信ペースはゆっくりだし、素直じゃない表現の部分もあるけれど。それでも少しずつとはいえ彼女も俺に心を開いてきてくれてるんだって思えることが、たまらなく嬉しかった。


 

 好きかも、って思ってくれる気持ちを、認めちゃえばいい。俺がいつだって『俺の世界の中心は陽菜だ』って思うくらいに彼女の事ばかり想い焦がれている気持ちの半分でも、いや10%だけでも良いから、燃え移ってくれればいい。火花を散らす花火が、まだ火の点いていない花火へ燃え移るみたいに。


 そんな風に過ごしていた俺と陽菜の日常に変化が訪れたのは、7月に入ってすぐの事だった。


 

「実は、先輩に伝えなきゃいけない事があるんです」


 学校からの帰り、助手席のドアを開けた瞬間にちょっと沈んだような声で告げる彼女。良いニュースか悪いニュースかと訊かれたら間違いなく後者なのは、その態度だけでも一瞬のうちに気付けるレベルだ。


「夏休みからって言われてた実地研修が実は、研修先の都合でいきなり来週から開始になって。しばらくバイトも休まないとになるし、会えなくなるかもしれないんです」


 

 彼女の話によると、夏休み期間に予定していた実際のパン屋で従業員として働く「実地研修」が急遽、開始時期が2週間近く早まって来週からになったのだという。


 働くのはN市内に何店舗もあるパン工房で、始業時間は朝4時から。当然通えるような距離ではないので同じ学校に市内から通う同級生の家に居候し、土日も勤務があるためほとんどO市には帰ってこられないらしい。期間は8月お盆前までの1カ月強。

 

 

「あたしは大丈夫ですけど……そんなに会えなかったら多分、先輩はエサをくれる他の人に懐いちゃいますよね。美咲ちゃんとか」


 ちょっと残念そうな声音でそう話す彼女。むしろそんな見方をされている事の方がショックなんだけど。それに何処から美咲さんの名前が出てくるんだろうか?


 そもそも美咲さんと大木の方もどうやら上手くいったようで、付き合っているらしいというのはパートさんから聞いているし。そうじゃないとしても、他の人の事なんて考えようとも思わないんだけど。


「いえ、大丈夫ですよ。ご主人様が不在にも耐えられるぐらいの【エサ】をたっぷりとくれるなら、番犬としてちゃんとお待ちしております♪」


 そうは思いながらも値踏みをするようにこちらは切り返して、目を閉じながら彼女に顔を近づける。が、当たり前のように押し返された。


「ちょ、そういう……まあ、確かにエサなのかもしれないけどさぁ……」


 そう言ったきり俯いた彼女が、その日の帰り道は一言も喋る事は無かった。


 

 そして次の土曜日。話していた通りに彼女がバイトに訪れる事は無く、沈んだ気分のままで1日の仕事を終えた時だ。


 

「お疲れ様。ロッカーの中に()()()()があるよ♪悪くならないうちに見つけてね」


 

 ケータイに入っていた陽菜からのメールと共に着替えの奥から出てきたのは、見覚えのない紙袋。それはすごく良い匂いを放っていて、なんだろうと中身を確かめる。その中に入っていたのは……クリームパンだった。


 

『俺、上手にクリームパンを焼いてくれる女の子と結婚しようって決めてるんだ』



 いつだったか場を和ませるために陽菜へ話した、ジョークみたいな一言。俺にとってはただの冗談では無くて、その元になった出来事を話した記憶もあるんだけど。


 ちゃんと覚えていて、俺のために用意してくれたんだ。


 陽菜が焼いたクリームパンは市販のものに比べたら形は少しいびつだったし、東京時代に通った店と比べれば80点ぐらいの出来栄えだったけれど、それでも「俺との約束を覚えていて、それを叶えてくれた」っていうだけで本当に嬉しかった。



「もしもし、先輩? ちゃんと見つけられました? 入店前実技テスト用に家でいくつか焼いたから、研修先にもっていく前に店に寄って置いてったんですけど……」

 

「陽菜、俺と結婚してくれ!」


 のんびりした声で電話に出た彼女へ、勢いのままに想いを伝える。


「ちょっとぉイキナリ大袈裟じゃないですか! そんなに感動したんですか? あたしにクリームパン貰ったぐらいで」


 

 彼女にとっては「ついで」で「それぐらいのこと」なのかもしれないけれど。


「このまま抱き合えることが無くても良い。今のまま距離が変わらないままでも全然良い。それでも陽菜が俺の事を少しでも想ってくれるんだとしたら、俺はいつまでだってずっと、陽菜の事を誰よりも好きで居られるって思う。てか、今思ったんだ!」


 できる事ならば、今すぐにでも会いたい。こんな大袈裟で馬鹿げて聞こえる事でも本気で思っている事を、伝えたいと思った。


 

「……そういえば先輩、明日って七夕なんですよね。今年はなんか、みずがめ座流星群が早めに見られるらしいんですよ」


 少し間が空いて、全く関係なさそうな事を彼女が呟く。いや、関係ないワケが無い。彼女がこんな風に何かを呟く時は、何か要望がある時なんだ。


「もし夜の海で、満天の星空の下で()()()()()()言ってもらえたとしたらちょっと、気持ちが動いちゃうかもしれないです」


 

次回、いよいよプロポーズするのか!?

次のエピソードタイトルは「7月7日」お楽しみに!

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