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第一話 橋のほとりにて

 焼けた村の跡地に、夜の闇がなおも色濃く残る中。王国の騎士団――ジーク率いる蒼月騎士団は、瓦礫の下に埋もれた記憶を掘り起こすように、なおも慎重に動いていた。


その様子を、離れた小高い丘から見下ろす影がひとつ。黒衣に身を包んだルカ=エメルは、膝をついて望遠鏡を覗き込んだまま、一言も発さずにその動向を見続けていた。


「時間にして六時間…まだ帰らないか」


呟きにも似ぬ声が唇の端から漏れた。彼の目は一切の感情を映さない。冷たく、鋭く、ただ王国の騎士たちを見据えている。


——王国の。“失敗作”の自分とは違い、最も完成に近い存在。


かつてルカが受けた実験の記憶は、すでに薄れていたはずだった。しかし、リノアの名を聞いた瞬間、胸の奥に走った衝撃は今も鮮明だった。


「……彼女が目覚めたか。ならば、あの“災厄”も——」


風が吹き抜け、彼のフードが揺れた。月明かりに照らされたその頬には、過去の火傷の痕がわずかに浮かび上がる。王国が残した傷は、決して癒えることがなかった。


視線を戻すと、蒼月騎士団の副団長、ユリウスが兵に何かを指示している様子が見えた。王都への帰還を促しているのだろう。ジークの背はすでに遠のき、最後の警戒を終えたように見える。


ルカはゆっくりと立ち上がり、影の中に姿を沈めていく。彼の任務は終わった。しかし、彼の中には確かに芽吹いていた。


——“共鳴”。それはかつて、自分たちに与えられなかった力。


「ノア様。貴方が導くならば……俺は、再びあの少女と対峙することになるなるでしょうか?」


夜が明け始める空の下、ルカの姿は小高い丘の稜線に溶けていった。


ーーー

一方蒼月騎士団の方は、

夜が白み始め、空の東の端がゆるやかに朱を帯びていたその頃、焼け落ちた村の跡地には、冷たい朝霧が立ち込め、瓦礫に残る煤の匂いがかすかに蒼月騎士団の団員の鼻を突いていた。


「……調査はここまでだ。全員、馬を整えろ。王都へ戻る」


ジーク=レイハルトは静かに命じた時、背に纏った長衣が風に揺れる。鎧は昨夜の捜索で幾度も汚れたが、彼の姿勢に乱れは一切ない。


「……被害は甚大だ。村全体が、魔法で一瞬にして焼き払われたとしか思えない。だが“誰が”それをやったかは、未だ——」


副団長のユリウス=ヴァンデルは、記録帳を閉じながら小声でつぶやいた、彼の眉間には深い皺が刻まれている。


「リノア=アストリア。あの子の魔力の痕跡が強く残っていた。だが、それだけでは断定できん」


ジークは前を見たまま応じる。彼の瞳には、王都で待つ上層部の顔ではなく、焼け落ちた村の、もう戻らぬ人々の姿が映っていた。


「子供が、あれほどの魔力を暴走させることなど……」


「共鳴だよ、ジーク。これは、通常の魔法では説明がつかない。“感情”が呼び起こしたものだ」


馬にまたがりながら、ユリウスは吐息のように言葉をこぼす。


「だからこそ、王都に戻って報告しなければならない。……この“異端”を、どう扱うか」


ジークは沈黙のまま馬に乗った。周囲の団員も、昨夜とは打って変わって静まり返っていた。誰もが、この異常な事件に言葉を失っているのだ。


村を離れるとき、東の空が紅く染まっていた。まるで昨夜の炎の残滓が、空に焼き付いているかのようだった。


王都セリオナまでの道は長い。だが、それ以上に——この報告が、国をどう動かすか。誰よりも、ジークはそれを恐れていた。



---

一方その頃、---

リノアとノアは、焼け跡の村を抜けて北東へと進んでいた。


その道のりは、地図にも記されていない。何故なら魔道学院は「存在しないもの」として王国によって厳重に秘匿されてきたためである、外部からたどり着ける手段は限られている。だがノアは、まるでその道を知っているかのように迷いなく歩を進めていた。


「……ここを抜ければ、“フォルグの森”に入る」


ノアが指さした先には、黒い枝葉が複雑に絡み合う、深い森の入口が口を開けていた。常に霧が立ち込め、昼でも陽が届かないこの森は、「迷いの森」とも呼ばれ、旅人の命を奪う場所として恐れられていた。


「ここを通るの……?」


リノアの声が震える。


「魔道学院に行くには、いくつかの結界と試練を越える必要がある。その一つが、この森だ」


彼女の目に映った森は、不気味というより、哀しみに満ちていた。枝の先にぶら下がった朽ちた鳥の巣、雨に濡れた獣の足跡、そして奥から時折聞こえる微かな泣き声。


歩き出してすぐ、道はなくなり、湿った地面と絡みつく蔦が二人の足を鈍らせた。


「この森では、“恐れているもの”が姿を取って現れる。だから、あまり深く考えないように。感情が強くなりすぎると……本当に現実になる」


「え……?」


ノアの忠告も虚しく、リノアの目の前に、既に亡くなった母親の姿が現れた。


「……お母さん……」


涙があふれそうになると、ノアがすぐに彼女の手を取った。


「目をそらさないで。君の心が生み出した幻だ。――だから、自分自身を見失うな」


そう言われてリノアは、強くまぶたを閉じ、深呼吸を繰り返す。すると母の姿は、次第に霧の奥へと消えていった。


森を抜けて、谷に差しかかったリノアたちの前に、それは現れた。


古びた木材と風化した縄でつくられた、一本の吊り橋。幅はわずか一人分。遠目には、もう半ば朽ちかけているようにも見えた。吊り橋は、断崖と断崖をかろうじてつなぎ、谷底は霧で覆われている。深さはわからない。ただ、風に乗って時折聞こえる、どこか哀しげな声が、底なしの暗闇を想像させる。


リノアは思わず、息をのんだ。


「まさか……これを渡るの?」


ノアは静かにうなずいた。


「ここは“均衡の橋”と呼ばれている。渡る者の感情のバランスを試す場所だ。恐怖、怒り、悲しみ――何か一つでも感情が極端に傾けば、橋は応えを返す」


「応え……って?」


「崩れる。あるいは、幻に飲まれる。どちらにしても、落ちたら戻れない」


木板の一つひとつは色褪せ、雨に晒され、中央付近の数枚はすでに抜け落ちているように見えた。縄のうち片側は緩んでおり、橋自体が風にあおられて常に軋んでいる。


リノアは橋の前に立ち、下を覗く。


風が顔を打つと同時に、脳裏に過ぎる数日前の情景。炎、叫び、焼け落ちた村。あの夜の罪の記憶が、胸の奥から這い上がってくる。


――こんな私が、進んでいいの?


ふと、彼女の足元の板がミシ、と不気味な音を立てた。


ノアの声が鋭く飛ぶ。


「心を整えろ、リノア! 感情に呑まれるな!」


リノアは拳を握った。深呼吸を一つ。震える足に、言い聞かせるように。


「私は……私を、信じる。ここで止まるわけにはいかない」


一歩。軋む橋。二歩、三歩。風が吹くたびに橋が左右に揺れる。


だが、彼女の瞳は揺れなかった。


渡り切ったとき、彼女の背後で橋が大きく揺れ、板が一枚、ゆっくりと外れて谷へと落ちていった。


それでも、彼女の足元は確かだった。

---

吊り橋を越えてからさらに半日。森の木々は徐々に密度を増し、光を遮るように枝葉が絡み合っていた。


「こっちだ。もうすぐだよ」


ノアの言葉にリノアは無言でうなずき、後を追う。やがて、古びた祠の前にたどり着いた。苔むした石の門、崩れかけた鳥居、そして封印のような魔法文字が刻まれた大樹。


ノアは手をかざし、微かな詠唱を口にする。


すると風がざわめき、大樹の幹がゆっくりと二つに割れ、奥に階段が現れた。石で組まれた地下道。そこから放たれるのは、柔らかな光と……わずかな魔力のうねり。


「この先が、隠されし魔道学院―― アエモリウス魔道学院」


リノアは息をのむ。そこにあったのは、地下に広がる都市のような空間だった。


天井に浮かぶ人工の星々が、夜空のようにきらめき、建物の外壁には、魔法陣と感情波動の紋様が流れるように描かれている。石造りの塔、空中に浮かぶ乗り物、光を集める水晶柱……どれも現実離れした、美しくも不思議な光景だった。


「……ここが、本当に学院なの?」


「うん。ここでしか学べない“感情魔法”の核心がある。君がここに来たのも、必然だよ、リノア」


門がゆっくりと開き、二人を迎え入れるように淡い光が差し込む。


少女の心に、少しだけ、未来への希望が芽生えた瞬間だった。


ーーー(続く)

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この章では、リノアたちの旅路が新たな局面へと進み、王国と敵組織――それぞれの思惑が少しずつ交差し始めました。焼け落ちた村を見下ろすルカの視線の先にあるもの、それは“過去”なのか、“忠義”なのか、それとも“再会”への微かな願いなのか――まだ本人にも分かっていないのかもしれません。


一方で、リノアとノアの旅は「隠された魔道学院」アエモリウスへの道へと続いていきます。学院では、感情と魔法、そして“共鳴”の核心が少しずつ明らかになっていく予定です。


次回も、どうぞよろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
情景は、言葉によって上手く表現されていが、キャラの言葉よりナレイションのほうが多いと感じた。 物語の構成等は、上手くできていると思う。 引き続き頑張って欲しいい
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