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第ニ話 光の綿羽(わたば)

 ーー「帰らなきゃ、村へ……」


 リノアがそう思った瞬間だった。


 ノアに握られていた手から淡い光が、ふっと消えた。


それと同時に、

 遺跡を照らしていた温もりが、まるで夢の終わりのように消え去り、辺りは再び、冷たい闇に包まれた。


 「……っ」


 リノアの胸に、不安が広がる。まるで現実に引き戻されたような感覚――夢に見た奇跡が、ほんの一瞬だったことを思い知らされる。


 「焦らなくていい」


 ノアの声が、闇の中から優しく響いた。


 「君の魔法は、まだ“目覚め始めた”ばかりだ。その光は、失われたわけじゃない。むしろ……君が“戻ること”を選んだから、消えただけさ」


 「戻ること……?」


 ノアは握っていた手を離し、リノアの目をまっすぐに見つめる。その瞳の奥にある深い静けさに、リノアはなぜか安心を覚えた。


 「感情に身を任せれば、力は溢れる。でも、それだけじゃ暴走する。君が村を思ったのは、自分を“繋ぎ止める場所”を求めたからだ。……それは、すごく大事なことだよ」


 リノアはノアに握られていた手を、そっと胸に手を当てた。


 温もりは消えても、心の奥に残る感覚はまだそこにあった。あの光が、自分の感情から生まれたという事実が。


 「私は……この力を、ちゃんと向き合っていきたい。母さんが最後に言ったように……“心を捨てない”って」


 「なら、君はもう第一歩を踏み出したってことだね」


 ノアは微笑むと、手を差し出した。


 「また会おう、リノア=アストリア。この遺跡は、君の感情に応えて現れた場所だ。必要なときに、また君を導くはずだよ」


 「……ありがとう、ノア」


 差し出されたその手を、リノアはぎゅっと握った。


 ーー風が吹き抜けた。

 その瞬間、リノアの銀髪がふわりと揺れ、地上へと続く階段を見上げる。

ー(また、……会えるよね……?)と。心で思った後

 

「……もう、こんな時間……!」と、言いながら、地上へと続く階段を駆け上がる。


 空はまだ明るかった。だが、日は傾き始めていた。春祭の開始まで、もうそう長くはない。


 (やばい……花冠の材料、まだ足りてない!)


 リノアは駆け足で遺跡を出ると、森の中を走り抜けるように、野に咲く小さな花を手早く摘み取った。


 白と黄色の小花を丁寧に束ねる。毎年、村の少女たちはこの春祭に向けて花冠を作り、それを家族や大切な人に贈るのが習わしだった。


 (ママに作るって約束したのに……!)


 胸が焦りで高鳴る中、彼女は両手いっぱいに花を抱えて坂道を駆け上がる。


 そして、村の石垣が見えてきた頃――


 「リノア!」


 声が飛んだ。


 家の前で腕を組んで立っていたのは、母・エレーナだった。


 銀の髪にやや鋭い眼差しを宿す女性は、娘の姿を見るなり、眉を吊り上げる。


 「どこに行ってたの? 春祭の準備がどれだけ大変かわかってるでしょ?」


 「ご、ごめんなさい! どうしても、花が足りなくて……っ」


 リノアは息を切らしながら差し出した。小さな手の中には、丁寧に選ばれた花々。


 「ほら……ママの分、これで冠を作るの……」


 エレーナはしばらく無言で娘を見下ろしていたが、やがてふっと視線を和らげた。


 「……もう、心配させないで。あなたがまた、あの“夢”に囚われたんじゃないかって思ったわ」


 「……夢、じゃないと思う」


 「リノア……?」


 少女はそっと目を伏せ、母の胸に顔を埋めた。


 遺跡で感じた“あの光”は、ただの幻想じゃない。それは確かに、自分の中にある何かを目覚めさせたのだ。


 「ねえ、ママ。もし――心で魔法が使えたら、どう思う?」


 唐突な問いに、エレーナはわずかに息をのむ。


 けれどそれを表には出さず、静かに娘の背中に手を添えた。


 「……昔、そういう時代があったらしいわね。でも今は、魔法は“技術”として学ぶもの。感情に振り回されるのは、よくないって……」


 「うん……でも、心の奥が、何かを叫んでるの。きっと私は、それを知りたいの」


 エレーナは娘の銀髪を優しく撫でながら、何かを呑み込むように言った。


 「なら、心に嘘はつかないこと。……でも、誰にも見られないようにね」


 リノアはうなずいた。母のその言葉が、どれほどの思いを込めて発されたものかを、まだ知ることはなかった。


 村には、祭りの鐘が鳴り響き始めていた。

ーー

 日が沈みかけた頃、村の広場は暖かな光に包まれていた。


 焚き火が焚かれ、人々は笑い声を響かせながら、歌い、踊り、春の訪れを祝っていた。


 リノアは、母・エレーナに手を引かれながら、家族や隣人たちと輪になって踊っていた。頬には赤みがさし、銀の髪がゆれるたびに、花冠がかすかに揺れている。


 「ほら、リノア、もっと笑って!」


 「うん……!」


 彼女の口元には自然な笑顔が浮かんでいた。さっきまでの不安や焦燥は、今はほんの少しだけ遠くにあるように感じられた。


 (こんなふうに、みんなで笑い合える時間が、ずっと続けばいいのに――)


 夜空にはいくつもの光の粒が舞っていた。火の粉ではない。これは、祭りの締めくくりとして飛ばされる“光の綿羽わたば”。


 その美しい光が、風に乗って空へと舞い上がる。


 村人たちはそれを見上げながら、口々に願いを込めた。


 リノアも、静かに目を閉じて祈る。


 (大切な人が、傷つかずに生きられますように――)


 そして、その願いが夜空に溶けていったそのとき。


 ――誰にも気づかれず、村の外れの森の影に、一つの人影が立っていた。


 ノア。


 黒衣をまとい、夜の闇と一体になったようなその少年は、祭りの光に照らされたリノアの姿を、遠くから見つめていた。


 その琥珀色の瞳に宿るのは、寂しさか、あるいは……懐かしさ。


 彼は、焚き火の灯りの中で笑うリノアを、手を伸ばせば届くような距離で、しかし一歩も近づくことなく見守っていた。


 (……お前は、まだ戻れるんだな)


 まるで、かつて失ったものを取り戻すかのように。


 けれどその瞳の奥には、揺るがぬ決意が宿っていた。


 (だけど……いずれ、お前は気づく。お前の中に眠る“力”が、このままではいられないことを)


 ふっと、ノアの衣が風に舞う。


 彼は一瞬だけ目を伏せ、そして静かにその場を後にした。


 誰にも知られず、誰にも気づかれず。


 春祭の音楽が鳴り響く中、闇の中へと溶けていくその背中は、どこか哀しげで、どこか――希望を託すようだった。


 夜空には、まだ光の綿羽が舞い続けていた。


 それはまるで、始まりの物語が、静かに動き出したことを知らせるように――



---(続く)

 


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

春祭という穏やかな日常の中にも、リノアの中で何かが確かに芽吹き始めています。

遠くから見つめるノアの視線――それは何を意味するのか。

そして、彼女の“心”に宿る光は、これからどんな魔法を生むのか。


次回、「炎の記憶」。

過去と向き合うことで、リノアの旅がまた一歩、前に進みます。


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