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いじめで自殺した君へ ~冥界の番犬ケルベロスが自殺をなかったことにできるけど君は本当に自殺したかったの?~

作者: ザ・ディル

 皆が寝静まったであろう時間。その時間に、僕は中学校校舎の屋上にいた。

 僕の在籍している中学校校舎は朝のみ、屋上の扉にカギがかかっているかを教師がチェックしてるだけで、カギは金庫の中にもなく教師の目にも届かない場所に置かれているお粗末さだ。カギの管理が絶無すぎる。

 だから、朝以外であれば簡単に屋上に入ることができる。


 なぜ知っているのかって?


 そりゃあ、僕は日中に屋上でいじめられているから。


 俗にいうワルみたいな奴らからいじめられている。

 いじめられている原因なんて考えたくもないが、奴らの語った言葉が脳裏から離れられない。


 ――そりゃあ、いじめやすそうだから。


 それはなんとも理不尽な理由だった。

 もはや、世界が僕をいじめたいがために、僕を誕生させたのではないか。

 そんな考えにたどり着いて、この世界で生き残り続けることに絶望した。


 だから自殺を――学校の屋上から飛び降りることを決めた。


 屋上の緑の網目状になっているフェンスを登る。


 ――殴りやすーい。

 

 風が強い。それでもいじめの記憶は忘れない。


 ――おもしろー。泣いてるよー。

 

 フェンスは年季が立っているのか足場はぐらつく。それでもいじめの記憶は忘れない。


 ――お前は反撃しないからな。


 確かに、僕はあいつらに反撃はしなかった。

 反撃をしないまま、ついに死のうとしているのだ。


 フェンスにまたがって、降りる。

 フェンスというセーフティーバーを超え、あと数歩足を踏み出せば足場はなくなって十メートルほど落下する。

 僕は死ぬことができる。


 自殺は悪だと世間は吹聴しているが、僕にとって自殺は善だった。

 死ねば、あいつらと関わることはない。この苦しみから解放される。それが何者にも代えがたい。

 死ねば、何もかもが終わる。そうだ。僕はそれがいい。


「僕は、死ぬんだ」


 口に出すことで、行動が伴う。

 僕は覚悟をもって、屋上から飛び降りた。



 *****



 目が覚めると、そこは真っ暗な空間だった。

 不思議と地べたがあるのか、立ち上がることができた。それと同時に思う。


「僕は……死ぬことができなかったのか?」


 ただ、痛みなど絶無だったから自殺に失敗したというのはおかしい気がした。

 

 暗闇で何も見えないだろうとは思いつつ、きょろきょろと頭を動かしてしまう。

 当然誰もいない――そう思っていたのだが、ふと目の前に人物が現れた。


伊能(いのう)志董(しどう)くん、はじめましてだにゃ」


「うげっ」


 知り合いにいたらドン引きする格好だった。

 猫耳に猫の尻尾が生えているようにみえる格好。

 顔立ちは整っており、猫耳との格好も含めれば、通りすがる人間は物珍しく彼女を目で追ってしまうだろう。

 身長は僕より頭一個分小さく、小柄ながらも薄着な格好からすらっとしているスタイルだと把握できた。


「うげって、なんてことをいうにゃ。ボク、美少女にゃのに!」


 明るく気さくな突っ込みをする少女はほっぺをむにっと膨らませながら怒っていた。


「ごめん。えっと……奇抜な格好だね」


 僕は彼女の容姿を褒めることもできず、率直に思ったことを口にした。

 目の前の少女はその言葉に怒ることはしなかったが、首をこてんと傾けて不思議がっていた。


「奇抜ー? 冥界の案内人なら、こんなの普通だけどにゃー」


「めい……かい……?」


 冥界……死後の世界であっているのだろうか。

 僕が不思議がると彼女は明るく答える。


「そう、ここは冥界の1部屋。そしてボクは逆巻(さかまき)ケルベロスにゃ! ケルちゃんって呼んでほしいにゃ!」


 猫耳をぴこんと立て、手を猫のポーズのまま自己紹介を終えた冥界の番犬ケルベロスの姿が、そこにはいた。


「いや、ケルベロスって犬でしょ!?」


 思わず口にしてしまったが、さすがにその突っ込みをするのは地球人類全員が許されると信じたい。

 何せ、冥界の番犬ケルベロス――ケルちゃんの語尾がにゃなんて適当すぎだ。

 犬のくせして猫の真似をするとは、愛猫家、愛犬家から大バッシングを喰らっても不思議ではない。


「にゃっははー。よくいわれるにゃ。けどにゃー」


 そう話を一拍置いてから、ケルちゃんは答える。


「ボクは()巻ケルベロス。犬の逆といえば、猫だとは思わにゃい?」


 決まったとばかりの決め顔を披露しながら、僕を見据えている。


「思わないよ……。犬の逆は猫って……テキトーすぎでしょ」


「それじゃー逆じゃなくてもいいから趣味ってことで許してニャン! ケルベロス改めニャルベロス、みたいにゃ!」


 にゃんと語尾をつけたら許されるのだろうか。否――否……とはいえないかも。それくらい可愛い。

 眼前の少女は容姿が完璧ともいえるほど顔立ちが整っていて、媚びを売るように自身の身体を妖艶に魅せている。自身のプロポーションに自信がある表れなのだろう。


 自信、ねえ。

 彼女に対して僕はどうだろう。いつしか自信なんてなくなった。いつしか苦笑いしかできなかった。いつしか、生の執着心が消えていた。いつしか、自分なんて消えて終わりたい意識が根付いていた。自信なんて果てしない過去に捨ててきたはずだ。

 でも、なぜだろうか。僕は彼女に親近感を持っている。

 そんな僕の表情を見てか、ケルちゃんはにやりと笑う。


「にゃはーん? ボクをえっちな目で見ているにゃー? いやらしい!」


「そんな目で見てないよ……! それより――」


 僕は反射的に彼女の言葉を否定しつつ、現状の疑問をため息のように吐く。


「――君は何をしたいの?」


 僕のその質問に、彼女は答えなかった。

 その代わり、僕の周囲を猫のような軽やかさでぐるぐる回り始める。時折ジャンプして僕の顔を覗き込んだり、しゃがんで脚を触ったり、髪の毛をいじられたり、手を触られたりする。ほぼ初対面の相手にもかかわらず、その行動に不思議と嫌悪感は抱かない。

 そしてあらかた僕を物色し終えたのだろう。彼女は口を開いた。


「君の趣味はなんにゃの?」


「え? さっきのぐるぐる回っていた行為と関係あるの?」


「趣味は身体に現れるからにゃー。外見を観察したり皮膚触ればわかるかなーと思ったけど、ぶっちゃけわからなかったにゃ」


 やれやれと掌をひらひらと振るケルちゃんはなんというか、本当に猫らしく自分勝手だと思った。

 しかし……趣味か。まあ、あるにはあるかもな。

 

「だから、趣味をイメージしてほしいのにゃ!」


「ん?」


 趣味をイメージしてほしい? それだけで何がわかるのか小首をかしげるくらいには不思議だったが、ケルちゃんに言葉に従って趣味をイメージした。

 ケルちゃんは指をパッチンと鳴らす。すると、何もない真っ暗な空間の一面に、モニターのように映し出される。


「え?」


 一面に映しだされたのは、自室にいた僕だった。

 そして僕がそのとき見ていたアニメが映っていた。


「あーアニメだったかにゃー。最近、人気なんだろうにゃー。志董(しどう)くん、これはどういうアニメにゃの。あらすじを教えてほしいにゃ」


 状況に困惑はしたが、このアニメは僕の好きなアニメだ。語らずにはいられない。

 幼馴染が呪いによって化け物になってしまうが、それでも主人公が幼馴染を愛し続ける純愛ストーリー。バトルも激闘だらけで最後は化け物になった彼女と主人公の少年が作り出した純愛砲で敵を貫いてハッピーエンド、そんなアニメ。

 僕はそのあらすじをケルちゃんに話した。


「なるほどにゃー。愛に勝るものはないってわけかにゃー。地球の娯楽はやっぱりいいにゃ。あとでヘカテーちゃんに全部映像化してボクも観ようかにゃー?」


「今じゃなくていいのか?」


「にゃにゃ?」


 彼女は面を喰らったかのように目をぱちくりとしながら僕を見つめる。


「誰かは分からないけど、全部映像化できるんだよね。それなら絶対面白いから観よう。面白さは僕が保証するよ」


「そうにゃね。一緒に観た方が面白い。それは同感だにゃ。ちょっとだけ待ってるにゃ」


 ケルちゃんは僕の前から消えたと思うと、途端、2人が腰かけられるソファとテーブル、奥にシアタールームさながらのでっかいスクリーンが現れた。

 さらにはテーブルにはお菓子の数々。アニメを最大限楽しめるおもてなしをケルちゃんはしてくれたようだ。

 暗闇から彼女が姿を現す。


「にゃははー、お待たせー。それじゃあ、一緒に観ようにゃ」



*****



 傑作は傑作のままだ。それは何度も同じアニメを観て飽きないアニメに対して使う言葉だと僕は思っている。

 この作品もまさしくその通りだった。


 ケルちゃんとは各話観終わるたび、感想を語り合った。

 友達のようだった。いや、友達以上だった。妙に親近感がありすぎなのだ。今までの人間には絶対感じなかった共通点が、彼女との間にはあった。それほど、意気投合していた。

 そしてついに、アニメ最終話を観終わった。


「あー楽しかったにゃー。良い純愛物語だったにゃー」


「満足できたようで何よりだよ。それにしても、冥界には娯楽があまりないのか?」


「君のようなソトから来た人のイメージをもとに、間接的に娯楽を観るのが一般的だにゃ。もっとも――」


 と、彼女は前置きして話す。彼女の横顔がどこか悲しそうに見えた気がした。


「本来は相手を見定めるために――死んだ人間がどの程度の善悪を行ったのか。それを見定めるものにゃ」


 その一言を聞いて、カギをかけていた記憶の扉が開かれた。

 僕が質問した「――君は何をしたいの?」ということに何も答えなかったのは、あのときは真実を打ち明けたくなかったのだろう。

 どんよりとした気持ちが僕の身体という身体を駆け巡った。


「……やっぱり僕は死んでいるんだな」


 死んだ僕は彼女の表情を見ることもせず、倦怠感からかどこか遠くをぼーっと見つめてしまう。

 彼女は淡々と語る。


「そうにゃ。死んだ人間はどういう環境のもと育って、どのくらいの善悪を行ったのか、何を現世に残してきたのか。そのためにヘカテーちゃんの『観戦』は必要不可欠にゃ。死んだ人間を通して観られるのは冥界の仕事の一環にゃ」


「…………」


「そして、様々な要素を加味して冥界の中でジャッジを下すにゃ」


 ジャッジを下す、か。初めて会って自己紹介してきたときから、僕を見定めていたんだろうな。

 僕はな、ケルちゃん――お前と親友なんじゃないかなと思うくらいには好きだったんだけどな。

 いつもそうだ。僕は勝手に期待して、勝手に期待は打ち砕かれる。今回もそうだっただけだ。

 諦めには慣れている。僕はなるべく気持ちを抑えて、彼女に質問する。


「僕はどうだったんだ? 悪い人間だったのか? 善い人間だったのか?」


 素朴な疑問だった。僕はいじめられてきた。それは悪人だからいじめられたのか。善人でもいじめられたのかわからない。

 冥界のルールはどうなんだろう。いじめられる人間は悪人だとジャッジするのか。それとも、善人でもいじめられたとジャッジするのか。


「ボクは答えにゃいよ。ジャッジも下さにゃい」


「え?」


 いままで遠くを見つめていた僕が、その発言に引き寄せられるように彼女を見つめていた。


「君は自殺したでしょ?」


「……ああ。だけど死んだことに変わりはないだろ?」


「死んでも自殺なら話は別にゃ」


 死んでも自殺なら話は別。その意味が僕には何をいっているのかさっぱり理解できなかった。

 しかし彼女はいつにもなく真剣な眼差しで僕を見据えていた。


「ボクは、『自殺をなかったことにできる』能力を持っている」


「…………」



「ボクは君を現世に還すことができる。だから聞きたい。君は、本当に死にたかったの?」


 僕は本当に自殺したかったのか。

 自問自答するまでもない。


 今までいじめられてきた。

 だからこそ実感して、体感して、痛感した。


 いじめによって悩みが生まれた。

 いじめによって苦痛が生まれた。

 いじめによって自身の存在意義を考える必要が生まれた。


 いじめによってプライドが破壊された。

 いじめによって感情が破壊された。

 いじめによって人生が破壊された。


 僕が生まれた意味なんて存在しなかったんだ。


「うん、僕は死にたくて死んだ」


「ボクもそうだったにゃ」


「え?」


 目の前の彼女が何をいっているのか、数瞬理解できなかった。

 冥界の番犬ケルベロス。それが、そんな人外が「ボクもそうだったにゃ」などといっている現実に思わず耳を疑った。

 彼女は人間だったのか。


「ボクも人間で、自殺して冥界にきたにゃ。自殺する人間は多々いるけど、この姿をヘカテーちゃんが気に入ってくれて色々と相談に乗ってくれたにゃ。そして思ったんだにゃ――自殺なんてしなければ良かったって」


 その表情は、あまりにも人間らしい。かすかに震えた唇。悲しみに濡れかけた瞳。過ぎ去った出来事を後悔している苦悩があったことを、表情が語っている。


「それからは冥界の中でも地位を持てる存在になるように努力した。そしてジャッジされる人間じゃなくて、冥界の一員に。さらには冥界の番犬の地位を得るまでになったにゃ」


 きっと異常な経歴なのだろう。人間から冥界の存在になった。その大変さはどのくらい大変なのか僕には想像もつかない。

 海外の人間が日本で働く大変さといえばわかりやすいとは思うが、それはあくまでわかりやすいだけだろう。国を跨ぐのではなく、異種を跨いでいる。常人では考えられない努力。否、そんな生易しい言葉では足りないはずだ。それこそ、自殺する勇気なんてちっぽけなほど、血反吐を吐き続ける努力の数々だったろう。

 そんな努力を感じさせないように、彼女は淡々と話す。


「そして『自殺をなかったことにできる』能力を手に入れたにゃ。自殺は死の中で唯一”自ら望んで手に入れた死”かもしれないにゃ。けど、実際は後悔した自殺者も多いにゃ。だからもう一度聞きたい」


 すたりと、ソファから立ち、僕を真剣な眼差しでとらえる。


「本当に死にたくて死んだの?」


「……そのはずだ」


 自信がなくなっていた。今まで自殺すべき理由しかないと思っていた。それが同類と話し合って、考えが変わっていた。

 僕は果たして死にたくて死んだのか?


「アニメは楽しかったはずにゃ。それでも、それ以上に自殺したかった?」


 彼女は問う。優しく、同類の僕の感情を読み取るように。


「いじめは辛いにゃ。でも、誰かと話すことで、立ち向かうことはできるにゃ。解決までにはならなくても、苦しいと思う気持ちはぐっと減るにゃ」


 彼女は僕に優しく、説得する。


「いじめ以外だって辛いことはあるかもしれにゃい。けど、誰かと助けあって辛いことは乗り越える。そして、それ以上に楽しいことで人生を埋め尽くせば、人生は楽しくなるはずにゃ」


 彼女はぐっと僕に近づき、話しかける。


「志董くん、君は今まで生きた中で多くの不安があるはずにゃ。そんなときは誰かに助けを求めるにゃ」


 助けを求める、か。僕はその行為をしたくはない。

 誰かに助けを求めれば問題は解決する。確かにそういう風潮は世に蔓延っている。

 だけどそれって、成功例が表立っているからだ。失敗例は世間に隠される。今までどれだけの失敗例があったのか僕にはわからないが、失敗例も数多くあるはずだ。

 さらには相手の時間を絶対に奪う。それって、相手に迷惑すぎる。


「助けを求めるなんて、相手を困らせる行為だろ? 相手の時間を奪って、僕の気持ちを相手が汲んでもらって、あわよくば解決策まで提示してほしいと懇願する。そんなことはできない」


 彼女の瞳を見ず、顔を背ける。

 彼女はどんな表情をしているのか、絶望しているのか。そんなのは、きっとどうでもいい。


「少なくともボクは困らにゃい」


 僕の顔は彼女の両手によってぐいっと動かされ、彼女の表情を見ることとなる。


「ボクがすべての相談に乗るにゃ。ボクら、同類だろ? 語れにゃ。君の困っていることすべて」


 にししと、笑顔を見せる彼女。

 僕は自然と涙が溢れていた。


「僕は……本当に死にたかったのか……わからない。わからないけど、相談はいっぱいしたかった。ケルちゃん、僕は死ぬほど困って死んだんだと思う。相談に乗ってくれ……」


 涙が溢れすぎて、止まらない。

 彼女は僕を安心させるためか、しばらく抱擁してくれた。

 僕を包んでくれた腕は、身体は、この世で一番安心でき、涙も自然と止まっていた。



******



 冥界の1日はどのくらいなのかわからない。けど、一夜を明かす以上に僕は語り、ケルちゃんはその話に親身に相談に乗ってくれた。

 自殺者という同類だから、何も隠さず赤裸々に話せた。

 いじめの相談が主体だったが、それ以外の、他人にはどうでもいいようなことも相談した。

 ケルちゃんは見下すこともせず、嘲笑うこともなく、真剣に僕の話に耳を傾け、彼女なりの答えを話してくれた。

 時には僕を茶化されて、お返しにとこっちも茶化してやった。出会ったばかりのはずなのに、親友だと第三者からみられるくらいには仲良くなった。


 一通り相談に乗ってもらうと、冥界に来たばかりの重苦しい気持ちは大分晴れた。

 あとは現世に戻ればなんとかなる。そんな久しぶりの自信が僕にはあった。

 

 彼女は問う。


「もう、大丈夫そう?」


「ああ」


 即答できた。同類との相談はそれくらい、自信がついていた。


「よかったにゃ。志董くん、君の相談相手になれてボクも嬉しかったにゃ」


「僕も冥界にきて良かった。ただ、現世に戻ると君の記憶がなくなるのは寂しな」


「まあそこまで『自殺をなかったことにできる』なんて万能じゃないからにゃ。記憶引き継ぐとボクに会いたくて自殺するほど人気者だから仕方ないにゃん!」


「嘘つけ!」


 僕とケルちゃんは笑う。気持ちが晴れているからこそ、ここまで何も抱え込まず笑える。ケルちゃんのおかげだった。

 けど、もうお別れだ。僕はケルちゃんのおかげで立ち直れたし、解決方法ももらった。

 あとは現世でその解決方法を実施する。それがケルちゃんの恩返しだ。

 僕は手を振る。


「じゃあね、ケルちゃん」


「うん、志董くん。これからも頑張るにゃ。それじゃ、能力使うにゃ」


 こくりと僕は頷く。

 ケルちゃんは掌を僕にかざす。

 その瞬間、僕の意識は冥界から消えた。



*****



 僕にはいじめられていた時期があった。

 あのときは、人生に絶望していた。

 生きている意味があったのか。生きている意味があるなら、いじめられるために生まれたのだろうか。

 そう思って、自殺一歩手前まで行った過去がある。


 だけど、それは過去の話だ――そういうことをいうつもりはない。


 現実は中々に厳しい。

 辛くて苦しくて今にも逃げ出してしまいたいときは、意外と多い。

 だけど、それでも今、確実に生きている。

 自殺の一歩手前、あのときから、意識が変わった気がする。

 夢だったかなんだったか、もう忘れてしまったが、困ったら誰かに頼ることが大事だといわれたのだ。

 それから、いじめで死にたくなったことを家族に相談したり、先生に相談したりした。


 直接的な解決までは至らなかったが、それでも家族は僕の話を親身に聞いてくれて、解決策を何度も出してくれた。

 先生も味方になってくれた。いじめられたことを先生に打ち明けたことで、同級生の何人かはチクリ魔だと噂をしていたが、先生は「そこまで気にするな。あれは先生を独り占めしてずりぃと思ってんだぜ」と笑ってくれた。

 

 助けを求めて、解決することもあれば解決しないこともあると学んだ。


 だけど、解決するしない以上に、人に相談すると気持ちが楽になった。

 人生が絶望だらけに見えていたのに、希望も見え始めた。

 セピア色にしか見えなかった世界は、希望が見え始めて彩られていた。


 結局、いじめは完全には消えなかったが、友達もできて良い学校生活を送れて、中学校を卒業した。

 高校からは、ワルのような人はそもそもいなくていじめなんてなくなっていた。

 高校を卒業し、大学生になって、大学を卒業し、社会人となった。


 社会人が楽しいかと問われれば、楽しいときもあるけど苦しいときもあると答える。

 現実は単純じゃない。楽しいばかりではないというのが現実だ。

 それでも僕は生きている。生きていることに絶望はしないで、生きている。

 誰かに死ぬなといわれたからではない。生きて、全力で生きて、楽しい思い出で埋め尽くす。辛い思い出もあるかもしれないが、それ以上の楽しい思い出で埋め尽くすのだ。

 そして自分の人生、「苦しいことも辛いこともあったけど、それ以上に楽しい人生だった」と納得できるようにする。


 同時に、僕と同じ死にたいと思った人間がいれば相談に乗ってやりたい。

 死にたいと語った相手がびびるくらいには親身に相談に乗ってやる。


「全力で困ってんだろ? 全力で相談に乗ってやるよ」


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