5話
朝食に森の果実をいくつかもらい、旅の準備を整える。
狼たちの住処には、宝物庫も奥にあり、盗賊や密猟者から奪った金品や物資が蓄えてあった。
そのなかから、ソレイルたちは最大限の用意を整えてくれた。
この世界の通貨をいくらか。
まだ着れる上等な服。
宝石類など換金できるもの。
最後に、護身用にナイフなどの小さな武器類を少し。
そうして、旅支度が整うと、ソレイルは、見送り前に『記憶の継承』を行うと言った。
「貴女には、残念ながら、この世界の知識がことごとく欠けている。
もちろん、アンバーにもフォローはさせるが、それでは危険だ。
特に人間どもは欲深く、排他的なものもいる。貴女が神と知らぬものも、気づいたものにも等しく警戒したほうが良い。
ゆえに、妾は記憶の継承をそなたたちに行おうと思う。よろしいか?」
「それをすると、この世界のことを知れるの?」
三咲が目の前に佇むソレイルに尋ねると、彼女はしっかりとうなずいた。
「妾の記憶の写しをそなたの頭に直接送るのだ。
この世界のすべてとは言わぬが、困らぬ程度には知識も増えよう。
そして、アンバー。お前には『人化』の術を送ろう。
お前は人に化け、ミサキ殿の近くに常に控え、よく仕えなさい。その働きに期待している」
群れの長の期待の言葉に、アンバーは感極まったように、ウォン!と元気よく鳴いた。
そして、三咲もアンバーも受け入れ、記憶の継承は行われた。
まず、ソレイルが前足を地につけ、何やらつぶやくと、地面に光る魔法陣が浮かび上がる。
手本として、アンバーが先に魔法陣の中に入り、ソレイルとおでこ同士をくっつけ合わせ、目を閉じる。
数舜、陣が強く光ったと思えば、もう終わったらしい。
拍子抜けするほど、あっさりとしたものだった。
「さて、アンバー。人化の術を使ってみなさい」
ソレイルに促されて、アンバーの足元にまた別の魔法陣が浮かび、その陣が宙をすべるように、アンバーを包み込む。
瞬きの間に、そこには、長い白銀の髪の女性が立っていた。
衣服を何も身に着けておらず、その悩ましい体がさらされている。
女性は琥珀色の目を数度瞬いて、自分の手足をしげしげと観察していた。
「いやいやいや、服着て!アンバー!」
三咲は、裸体であることを気にした様子のないアンバーに、さっき渡された服を押し付ける。
盗賊が民間人から奪ってため込んでいたのだろう。服の中には、上等な女物もあった。
「ありがとうございます、ミサキ様」
人間に化けたアンバーは美しく、三咲は朗らかな彼女の笑顔に思わず見とれる。
「意思疎通も問題ないようだな。
さて、次はミサキ殿の番だ。こちらに来て、陣の中へ。
アンバー、お前は準備を整えてきなさい。
まだ50年足らずのお前でも、人間がどのように暮らすのかは、さすがに知っていよう?」
「承知しました、長」
アンバーはさっと綺麗に礼をとって、洞窟の中に戻っていった。
その所作の見事さは、先ほど化け方を教えてもらったばかりとは思えないものだった。